王立図書館(2)
ドーム型の屋根の建物――王立図書館へ向かう。
屋根は緑で、壁は街並みの風景と調和するような白亜。
がっしりとした造りは砦を思わせる。
(オヤジの消息の手がかりが、さっさと見つかりゃいいけどな)
しかしそんな希望的観測は、図書館に入ると同時に、あっさり打ち砕かれてしまう。
「なんだこりゃ!!」
ドーム型天井に、ユリアスの絶叫が響き渡った。
「ちょっとあなた。図書館ではお静かにっ」
「あ、悪い……」
司書に怒鳴られてしまうが、そんなもの気にならないくらいの衝撃を受けてしまう。
壁を覆い尽くす本棚の数々。
一つの本棚に数十冊という本が隙間なくギッチリと並べられている。
「なんじゃこりゃ……。全部、本なのか?」
「そうです。智の殿堂というくらいですからね」
「こ、こんな場所で、オヤジの行方の手がかりなんて、どうやって探せばいいっつーんだよ……」
一つの本棚の本を読破するだけでも一生はかかる。
いや、一生かかっても本棚一つ毒はできるとは思えなかった。
「こういう時に司書という仕事があるんです」
そして、さっき注意してきた大きなメガネが特徴的な司書を呼び止める。
「本を探しているんですが。――ユリアス、あの絵を」
「あ、ああ」
「あら、この絵は……とても引き込まれますね」
「そうか? ただの黒い城だぞ」
「丹念に色々な絵を塗り込んでいる痕跡もありますね……。これはピカデリック調……いえ、この濃淡の付け方は、アーシャット、かしら……?」
「美術にお詳しいようですね」
「あ、すみません、私ったら……。それで、この絵を知りたいんですか?」
「実はユリアスのお父君の行方を捜していて、手がかりはこの絵なんです。お父君はこの絵を大切にしていたそうで」
「そうなんですね……」
「それで、この絵の作者が分かればと思いまして」
「でしたら、美術史ですね。二階南にございます」
「ありがとうございます。ユリアス、行きましょう」
ということで美術史の本の棚まで行くのだが、美術関連本だけでも、数百冊はあったのだ。
「……絵だけでこんなにかよ……」
「美術史ですから、絵だけでなく、彫刻や建築、音楽なども含まれているはずですが……ああ、絵だけでもかなりですね。宗教画に風景画、人物画……かなり細分化されています。ひとまず何冊か、適当に調べてみましょう」
二人して読んでみるが、細かい字を前にユリアスの目はすべりまくる。
「こんなん読んで、オヤジの手がかりなんて掴めるのかよ」
「その絵が誰の作品か分かれば、どこで手に入れたかも分かるかもしれません」
「俺の似顔絵を見せたほうがうまく……」
「それは最後の手段にしましょう。……ふむ、司書さんの仰った通り、様々な絵の技法が使われているようですね……。不思議な絵です」
「何が不思議なんだ?」
「この城の描き方なんですが、ピカデリック調なんですが、しかしこの崖の切り立った荒々しさはアーシャットという描き方なんです」
「それが?」
「普通、絵というのは描かれた時代の流行というものがあるので、それに即した描き方があるんです。伝統的なタッチは伝統に依拠することに意味があり、画期的な手法には伝統に囚われないことに意味がある」
「……もっと分かりやすく頼む」
「戦いで言えば、腕のたつ人間というのはあらゆる武器を使いこなせますが、その中でも
特に扱いやすい武器を用いますよね。それが身体に一番馴染むので。絵もそれと一緒です。描き方には無意識のうちにも統一感が出るものなんですが、これには明らかな技法のやり方に差が出すぎている。ピカデリックは今から百年前の技法ですが、アーシャットは八百年前です。戦いで言うと、棍棒と銃くらいの差があります。まるで別人の戦い方なんです」
「なるほど。じゃあ、別の人間が描いたんじゃないか?」
「いえ。この筆遣いを見てください。城と崖は、同じ人物が描いたものだと思います」
「……それはさすがに無理がありすぎんだろ。百年前と八百年前だろ?」
「そうです。ちぐはぐなのに統一感がある。不思議な絵です。こんな絵を描ける人間はそうそういるとは思えません。様々な流派を描き分ける画家はいますが、これはそういうものとは別ですから……あの」
「ん?」
「お父君をどうしてそこまで探されるんですか? 突然、消えてしまったんですよね。ユリアンさんがどうしてここまでするのか、差し支えなければ教えてくださいませんか?」
ユリアンは少しため息をつく。
「バカオヤジは命の恩人だからな。――俺が八歳の頃だ。ガキの俺はキメラの力を制御できず、犯罪結社の地下闘技場で見世物として戦っていた。そこにオヤジが現れて、俺を助けてくれた」
「……そう、だったんですね」
ユリアスは笑った。
「お前がそんな辛気くさい顔する必要ないだろ。オヤジは俺の目の前で、俺をこき使っていた結社の連中を血祭りにした。そのやり方に――変な話だけどさ――見惚れたよ……。人殺しは見馴れてたはずなのに、その誰とも違ってた。すげえ、って思った。――で、俺は森でオヤジと暮らすようになって……。そこで生き残る術を学んだ。殺す術じゃない、とオヤジには言われた。オヤジからキメラの制御を、生き方を教わった」
「素晴らしい方、だったんですね」
「だから、そんな痒くなるようなこと言うなって」
「でも、ユリアス。お父君のことを話すあなたは、嬉しそうですよ?」
「うるせえよ。で、どうする。ちょっと休むか?」
「ユリアスが休みたいのでしょう。それもいいですが、ユージェニーさんのもとへ行きましょう。正直、本とにらめっこしているより、話が早そうです」
「せっかく、王都に来たのにか。もっとここで調べれば……」
「ここは情報の海です。今の私たちでは方角も分からず、溺れるだけです。しかしながら調べるべき
「その標ってのがユージェニーに聞く、か? 標なんて、キザな言い方しやがって」
「ふふ。――ちなみに、ユージェニーさんに絵を見せたことは?」
「ない。あいつとはたまたま幾つかの仕事が一緒だっただけだからな」
「なら、見てもらいましょう」
「……また借りが増えるな」
そうぼやきつつ、図書館を出た。
図書館の静けさを体験すると、外の騒がしさが心地よく感じられてしまうから不思議だ。 そして王都支部に向かう道すがら、人だかりに遭遇する。
「なんだありゃ」
「演説のよう、ですね……」
人だかりの中心にいるのは、フードの付いたローブをまとった、長い顎ひげを生やした老人。老人が木箱の上に立ちながら、大声でまくしたてていた。
「――今、我らが神聖なる王国は危機に
「そうだ、そうだ!」
「その通りだぜ、じーさんっ!」
聴衆が興奮の声を上げた。
「帝国はオーリー平原を占拠しているが、王は奪還しようともしないっ! 最早、ユピエル様は我らを見放した! その証が、ヴァルサの吸血鬼だ! ヴァルサの村を一夜にして荒廃させた魔物……王国はこれを討伐しようとしたが叶わなかった。彼の魔物は今も、虎視眈々と獲物を求めている。そして我らが希望、王国の守護神ハインツ将軍は貴族どもによって国境の片隅に遠ざけられてしまった! 最早、王国は、我らが手によってのみ復活させるより他ない! 皆よ、武器を手にせよ! 貴族どもを……愚かなる王を玉座より引きずりおろせ! 自分の国は自らの手で守るのだ!」
「おおおおおおおおお!!」
熱狂する群衆。
しかしそこに「何をしている!」「解散しろ!」と兵士たちが押し寄せる。
逆らう者もいたが、あっという間にねじ伏せられ、
「な、何をする!」
長広舌を披露していた老人もまた、あっという間に捕まってしまう。
周囲からは非難の声が上がるが、
「これ以上、この者に味方すれば、煽動、不敬、陰謀の罪の共犯になるぞ!」
兵士の一喝によって、群衆の勢いは瞬く間に下火になっていく。
「……王都は、とんでもないことになっているようですね」
「俺たちには関係ない。行くぞ」
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