第5話 王立図書館(1)
オーリー平原を抜けて一週間、ようやく王都が見えた。
王都というだけあって、遠くからでもその城壁の立派さが分かるほど。
しかし物流の集合点、王国の軍事と行政の中心地であるはずなのに、街道にはぽつぽつとしか人がいなかった。
王都の出入り口の前の兵士は厳戒な警戒態勢を取っている。
「止まれ」
兵士たちがユリアスを前に、槍を構える。
「なんだよ、いきなり」
「今は厳戒態勢につき、身体検査を行う」
「好きにしろ」
男たちに身体を触れられるのは気味が悪いが、仕方ない。
「これは何だ?」
それは、ユリアスの養父の絵。
「それは私物の絵だ。武器じゃない」
「お前……その琥珀……なるほど、スレイヤーか。仕事で王都に来たのか?」
「まあ、そんなところだ」
リシャールの剣も、しっかり
(あ、ヤバ)
そこで気付く。
リシャールの剣は闘技場で使っていた剣そのまま。つまり――。
「貴様、どうして柄に帝国の刻印が入っているっ?」
帝国という名前に、明らかに兵士たちの間に緊張がはしるが、リシャールは冷静に応じる。
「私は元々、サハラディーン王国の騎士でした。しかし帝国に囚われ、闘技場の闘士に無理矢理させられたんです。そこを、ユリアスに助けられたんです。その剣は脱走する際に持っていたものですから、私は帝国とは無関係です。――もし、疑うのでしたら、これはどうです?」
リシャールはおもむろに服の胸元を開けば、そこに刺青が刻まれていた。
刺青は、翼を広げた鳥を思わせるような形をしている。
帝国の奴隷につけられるものだ。
「なるほど……。分かった」
「分かって頂ければいいんです」
リシャールは受け取った剣を、鞘に収めた。
「じゃあ、入っていいか?」
「いや、まだだ。お前ら、どこから来た?」
「あっちからだ」
「あっち、じゃない。具体的な地名だ。どこを通ってきた?」
「……オーリー平原ですが」
「正直に言うやつがあるあ、バカ」
「え……。で、ですが……」
「あそこは、今、帝国に支配されている。どうやって抜け出してきたんだ?」
「王国軍の軍人のおかげだ。オタカルって猟兵だ。そいつの協力があって、無事に平原を抜けることができたんだ」
兵士たちは顔を見合わせ、「すぐに確認を取る。待っていろ」と兵士は街の中に入っていった。
一時間くらい待たされ、ようやく兵士が戻って来る。
「オタカルは知らないと言っている」
「そんな!」
あんな分かれ方をしたのだ。友好的な態度を取るなんてありえない。
兵士たちの間に、不信が渦巻く。
「オタカルの名で使い、攪乱するとは……。連行する!」
リシャールが、(どうします?)と目配せしてくる。
任せろ、と言ったユリアスは、首にかけていた琥珀を外すと、兵士に突き出す。
「何だ」
「これをスレイヤーの王都支部に届けてくれ。きっと支部長が俺の身元保証人になってくれるはずだ」
「なんでそんなことをしなきゃならんっ」
ユリアスはニィッと獰猛な笑みを浮かべれば、兵士たちはぎょっとした。
「いいのか? もし、スレイヤーに対して雑な取り調べて牢にほうりこんだって後で知られたら、王国は大陸中のスレイヤーを敵に回すことになる」
「……クッ。わ、分かった」
渋々と兵士は琥珀を受け取ると、さっさと立ち去った。
「そんな方法があったんですね。さすがはスレイヤーですね」
「連中に借りを作るようなことはしたくなかったが、仕方ない」
今度は先程のように待たされることはなかった。
戻って来た兵士の後ろには、うっすらと笑みを浮かべた二十代のピンク色のセミロングに、緑色の円らな瞳の女性が一緒にこちらへやってくる。
女性は髪を一房垂らし、そこに飾りを結びつけ、耳にはイヤリング。
ノースリーブの上衣に、太腿も露わなハーフパンツに革ブーツ。
首元にはスレイヤーの証である琥珀と、それとは別に火喰い鳥の描かれたメダル――支部長の証を身につけている。
女性は、虫も殺せないような可憐な笑顔を浮かべる。
「久しぶりね、ユリアス」
「ユージェニー。助かった」
ユージェニーから琥珀を受け取る。
「そっちのイケメンさんは?」
「リシャールと申します。ユリアスと旅をしています」
「へえ、バーガンディーの悪魔に連れなんて、すごいわねぇっ。どういう心境の変化?」
「バーガンディーの悪魔?」
「ユリアスの異名。本人は嫌がってるけど」
「俺はキメラだ。悪魔じゃねえ」
「ふふ。でもいきなり来たのね? 連絡をくれたら迎えを出したのに」
「お前らに用があったわけじゃないからな」
「あら。冷たいのね。約束したのに。――じゃあ、何の用なの?」
「図書館に用があるんだ」
「は?」
ユージェニーは、唖然とする。
「な、なんだよ」
「頭でも打ったの? あんたが、図書館とか……」
「って、熱を計ろうとするなっ。俺は正気だ。オヤジのことを調べに来たんだ」
「あー。そっか、残念」
「……すみません。約束とは何ですか?」
「うちの支店の運営を手伝ってもらうって約束」
「誰がンなことするか。運営になんて関わったら、知恵熱で溶ける」
「似合ってると思うけど? ま、頑張って。宿屋も用意してあげるから、図書館の用事が終わったらうちに寄って」
「ああ……」
「じゃあ、また後でねっ!」
やけにサービス精神旺盛なユージェニーを見送る。
「ユージェニーさん、いい方ですね」
「気を付けろ。あいつは見た目と違って狂暴な女だ」
「彼女も、スレイヤーですか?」
「今は現場から離れて、運営側だけどな。腕のいい錬金術師だ」
「なるほど」
「でー……王立図書館、か」
それらしい建物を探すが、あちこちに立派な建物があるものだから、全く見当がつかない。
「リシャール。王立図書館の特徴は?」
「さあ」
「知らないのか!?」
「ええ。実際、王都に来たのは初めてですので」
「……じゃあ、聞くか。おい」
目に付いた男の右肩に手を置く。
「へ!?」
「王立図書館の場所を教えて欲しい……」
「あ、ああ、お、お金はあげます! だから、許して……ぇ!」
「おい!?」
男は脱兎のごとき勢いであっという間に走り去って、見えなくなってしまう。
いきなり押しつけられた袋を開けると、そこには銅貨と銀貨がつまっている。
「マジかよ……」
「ゆすりと間違えられたんですね――痛ぁっ!」
「言うんじゃねぇっ」
「……いたた。それでは次は私がやりますね」
リシャールは、女性に声をかける。
振り返った女性は、リシャールを前にして、なぜか頬を赤らめた。
「少しお聞きしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか」
「は、はぃ……」
消え入りそうな声。
「王立図書館はどちらにありますか?」
「図書館でしたら、あちらです!」
「ありがとうございます」
「あ、あのっ。舞台の方ですかぁ?」
「舞台? ああ、役者かどうかですか? いえ。私はしがない旅人ですよ」
(なにがしがない)
女性の反応に色々と納得がいかない、ユリアス。
「そうなんですねぇ。ではお気を付けて、私の旅人様ぁ」
「ありがとうございます。……ユリアス、行きましょう」
「ケッ。結局、顔かよ」
「誰にでも得手不得手があるだけですよ」
「その余裕がムカツクぜ」
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