戦場の女たち(2)

 収容所は闇の中でも眩しいくらい篝火が焚かれ、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。

 周囲を大木を加工してつくった柵で囲まれ、扉は頑丈そう。

 敷地の中には、幾つものテントが設営されている。

 収容所と言っても即席に組まれたものだから、砦ほど警備が厳重というわけじゃない。

 防備の薄さを、警備の人数で補っているという感じだ。

 ユリアンとリシャールは様子を窺っていた丘を滑り降りると、収容所に向かって歩く。

 のんびりと近づくユリアンたちを、警戒に当たっている兵士が気付かないわけがない。

「おい、そこで何をしているっ」

 建物から怒号が響く。

「気にしないでくれ。腹ごなしの散歩をしてるだけだからな」

「ここは帝国領だぞ!」

「帝国領ってのは散歩もダメなのか?」

「そこを動くな!」

 兵士が引っ込んだかと思うと、扉がギィッと大きく開いて、兵士たちが外に出てくる。

「動けば、殺す!」

 槍や剣を構え、兵士たちが殺到した。

 どこぞの商人とでも思ったのか、全く警戒心がなかった。

 だから、拳を顔面に叩きつけるのは簡単だった。

「貴様ら!」

 兵士たちが向かってくるが、ユリアンたちはきびすを返して逃げる。

 本気で逃げればあっという間に撒けてしまうから、連中がついてこられるギリギリの速度で駆けた。

 案の定、兵士たちはかちだけじゃなく、騎兵まで繰り出してきた。

 このあたりでいいだろうとユリアンたちが立ち止まれば、あっという間に囲まれてしまう。

「もう逃げられんぞ! 貴様ら、ここで何をしている! 王国の間者か!?」

「だからー、散歩だって!」

「舐めおって。捕らえろ!」

 兵士たちが殺到するが、瞬く間に蹴散らす。

「ま、魔物か!?」

 ユリアスの右腕のフェンリルという獣、そして左腕が変化したスマイという蛇の魔物を目の当たりにして、隊長と思しき騎兵の男が目を剥く。

「ま、そんなところだっ」

 ニィッと笑った

「隊長を守れ!」

 立ちはだかる騎兵や歩兵も敵ではなく、一蹴した。

「魔物だー!」

「逃げろーっ!」

「リシャール、逃がすなっ!」

「もちろんですっ!」

 リシャールは乗り手を失った馬に跨がると、収容所に逃走する敵兵たちを次々と斬り伏せていく。

「よし、これであらかた片付いたな」

「オタカルを手伝いますか?」

「……ま、陽動の成果を見に行くくらいはいいだろ」

 ユリアスたちは夜陰にまぎれ、開け放たれたままの扉から収容所の様子を見れば、オタカルは五人の敵兵に囲まれていた。

「助けに――」

「待て」

 見守っていれば、オタカルは一人を銃殺し、向かって来た二人のうちの一人の攻撃を回避し、銃剣で脇を貫き行動不能にするや、もう一人に近距離射撃。

 さらに一人を銃剣で貫き、逃げようとする最後の一人の背中めがけ無慈悲に一発を撃ち込んだ。

「……強い」

「これじゃあ、帝国兵から行方を捜されるのは最もだな」

 と、オタカルの背後に忍び寄る影を見た。

(これくらいは、依頼の一環か)

 その影めがけ、フェンリルに変化させた右腕を伸ばし、打ち倒す。

 その音に、オタカルははっとして振り返った。

 ユリアスたちは悠然と近づく。

「オタカル、終わったみたいだな」

「……今のは何だ」

「邪魔をしたなら悪かった。ま、陽動も終わったし……」

「そうじゃない。今のは何だ? 腕が……」

 オタカルは表情を硬くしたまま言った。

「気にするな。それより女子どもを……」

「お前、魔物……いや、魔族なのか?」

「…………」

「答えろッ!」

 銃を向けられる。

「オタカル! いけませんっ!」

 ユリアスの前に、リシャールが飛び出す。

「リシャール、お前は何もするな」

「で、ですがっ」

 いいから、とリシャールの肩を押して、ユリアスは前に出た。

「俺は魔物か、魔族か? どっちも違う。俺はキメラだ」

「きめ、ら?」

「身の内に魔物を宿す……いや、寄生された人間」

「そんなものが人間なものか!」

 向けられた銃はプルプルと小刻みに震え、オタカルの呼吸が浅くなる。

「ここには囚われた人質を取り返しに来たんじゃないか?」

「その前にお前を殺す。俺の村は魔物に襲われ、家族や知り合いはほとんど殺されたっ!」

「月並みだが、俺を殺しても家族は戻らない。友人も」

「黙れっお前は人に仇をなす、怪物だっ!」

「オタカル、やめなさい」

 リシャールはじっと、オタカルを見据える。

「か、かばうのかっ」

 目力に、オタカルは気圧された。

「そうです。私は帝国に捕まり、闘技場に送られました。その時、ユリアスに救われたんです。あなたは誤解している。キメラは人間です」

「だまれ」

「……なら、話を変えます。もし殺し合いをするなら死ぬのは、オタカル……あなたのほうですよ」

「俺はこんな奴に負けないっ」

「では仮にあなたが、ユリアスを首尾良く殺せたとする。その時、仮に致命傷と言わないまでも、怪我を負ったら? もしそうなれば、囚われている人たちはどうなるんですか? 教会にいる女性たちは?」

「……っ」

「せっかく助けたというのに、再び帝国兵の手にゆだねようと言うのですか。よく考えなさい」

 重たい沈黙がその場に流れた。

 オタカルは銃を下ろす。

「オタカル、ありがとう。なら、救出にうつりましょう。三人でやれば……」

「触るなっ。俺ひとりでやる」

「しかし――」

「お前らの仕事は、陽動だ。つまり仕事はこれで終わりだ。持って行け」

 懐から投げたペンダントと折り畳んだ地図をリシャールに投げてよこす。

「オタカル。そこまでして大見得を切ったんだ。絶対に俺たちが助けた女どもを保護しろよ。もし傷つけたり、死なせたりしたら、俺はお前を探し出して殺すっ」

「言われるまでもないっ。それに、次合った時は俺がお前を殺す。魔物めッ」

「リシャール、行くぞ」

「ええ……」

 地図を広げれば、赤い線が引かれている。

 これがきっと安全なルートなのだろう。

「……ユリアス」

「何も言うな。こういうこともある。お前が落ち込むことないだろ」

「私が、あなたという人を理解しているとまでは言いません。しかしある程度知った上で、あのような物言いをされるのは悲しいんです」

「ああいう連中は世の中に腐るほどいる。馴れてるよ」

 ユリアスは前をまっすぐ見すえ、闇の中を歩き出した。

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