陽気な村(2)

 そんなはた迷惑な歓迎をなんとか乗り切り、ユリアンはリシャールを二階の部屋まで連れ帰り、ベッドに寝かせた。

 部屋は狭いが、文句は言っていられない。それになにより、野宿よりマシだ。

「おい、平気か」

「な、なんとか……」

 リシャールはおばさんたちからの接待がかなり応えたのか、茫然自失。

(ったく。世話が焼ける……)

「なあ、さっきの話だが」

「はい?」

「森に魔物が棲むって話だよ。他に何を知ってる?」

「森で人や商隊がたてつづけに消息を断つ事態が頻発しているらしいです」

「スレイヤーを呼ばなかったのか?」

「それは知りませんが、とにかく被害が多発したせいで、この街道ほとんど人が通らず、王都へは遠回りするようになったみたいです」

「それを知ってたら面倒事は避けてたぞ」

「スレイヤーなのに?」

 ユリアンは思いっきりため息をつく。

「金のない魔物退治は意味ないんだよ」

「でも、別の道はかなり遠回りになってしまうので、王都に到着するまでに一週間も行程が増えて……」

 リシャールは疲れたのか、すぅすぅと寝息をたてて眠ってしまう。

 呆れ果ててユリアンも隣の自分の部屋に戻り、ベッドに仰向けに寝転がった。

 目を閉じるがなかなか眠れず、何度か寝返りをうつ

 ギッ……。

 その時、床板の軋む音が廊下のほうから聞こえた。

 ギッ、ギッ、ギッ。

 小さな歩幅。

 足音を殺す、慎重な足運び。

 それが、ユリアンの部屋の前まで来た。

 リシャールなら、足音を殺そうとする必要はない。

 ユリアンは音もなく起き上がると、ベッドの下にもぐりこんだ。

 同時に扉が開けば、宿屋の女将が入って来た。

 右手には刃。

 女は、何の躊躇いもなく布団に刃物を突き立てる。

 ユリアンは女の右足を掴むと、引き倒す。

 ベッドの下から抜け出し、女を俯せの格好に押しつけ、刃物を取り上げた。

「ううぅぅ!」

 女はまるで獣のように唸った。目が血走っている。

「どういうつもりだっ」

 その時、隣の部屋の扉が開かれる音が聞こえた。

「くそ、なんなんだっ」

 自分の部屋を飛び出し、リシャールの部屋に飛び込んだ。

 と、そこにはつい数時間前まで夕食を勧めてきたおばさんが、リシャールに刃物を突き立てようとしてるところだった。

「悪く思うなっ」

 躊躇うことなくタックルを食らわせ、押し倒す。

「おい、起きろ!」

 リシャールの胸ぐらを掴んで揺さぶると、

「あ、ユリアン! 後ろ!」

 起きあがったおばさんの顔面めがけ肘鉄を見舞い、再び沈める。

「な、なんてことを!」

「そんなことよりここを出るぞ! 何かおかしいっ!」

 そこへ女将が部屋に入ってきて刃を手に襲いかかってくるが、包丁を弾き飛ばし、腹に蹴りを見舞う。

「女性ですよ!?」

「だから!? あのババアには顔面に肘鉄を食らわせたぞ。年齢差別かっ! 黙ってついてこい」

「あ、は、はぃ……」

 しかし、リシャールは立ち上がろうとして、バランスを崩す。

(薬を盛られてたのかっ)

 キメラであるユリアンには通じないが。

 部屋を出て階下を見れば、村人が一階に押しかけ、階段を上ってこようとしている真っ最中。

 ユリアンを見上げる彼らの目は、青白い炎を宿している。

 村人は出刃包丁やピッチフォーク、唐竿など手にさまざまな武器をたずさえていた。

 舌打ちをしたユリアンを部屋に戻ると、リシャールの右腕を掴み、窓を割って地面に降り立った。

「うわああああ! む、無茶をしないでください……」

「俺と一緒にいるんだったら、こらえろっ」

 村から出ようとするが、次々と村人に道をふさがれてしまう。

「悪く思うなっ!」

 右手をフェンリルに変え、村人の胸を貫く。それで終わりのはず、だった。

 しかし胸にぽっかりと空洞を作ながら、村人は構わず襲いかかってくる。

 腕を食い破ろうが、頭を潰そうが一緒だった。

 オォォォォォォ!

 うなり声を上げ、村人達がユリアンたちめがけ押し寄せる。

 それをさらに押しのけ、吹き飛ばす。

「クソ、何なんだこいつらはっ!」

「い、糸が、見えます……」

「ねぼけてるのかよ、しっかりしろ!」

「違います。まだ、頭はぼんやりはしてますけど……村の人たちの身体から糸が伸びているのが、見えるんです。このままじゃ、じり貧になるだけです……っ。他に何も策がないなら、信じて下さい」

「幻覚だったら緩さねえからなっ!!」

 ユリアンは村人たちの頭上だったり、手足の付近を薙ぐ。

 と、それまでどれだけ肉体の一部を吹き飛ばしても動き続けていた村人が、次々と倒れはじめたのだ。

「ど、どうなってるんだよ……」

 倒れるだけではない。

 村人たちはたちまち腐肉となり、骨が剥き出しになり、まとっていた新品同然の衣服もボロボロな布きれに変わった。

「や、やったんですか?」

「……いいや。これを企んだ奴がまだだ! おい、いるんだろ! お前の手駒は全部、倒したぞ!」

 ユリアンが叫べば、突如として、地面から、人の形をした黒い影がぬぅーっと伸び上がったのだ。

 それは枯れ木のように痩せ細った、しゃのかかった黒いベールをまとった老婆。

 皮膚はたるみ、目玉のあるべき場所にあるのは、真っ暗な空洞。

「魔物!?」

「……つーより、魔族、だな」

 魔族と魔物――同じ異形の存在ながら、魔族は知性体だ。

 人語を解し、時に魔術を操り、魔物を使役する。

「よくもワシの策を破りおったのぉ。ヒャッヒャッヒャ! じゃがぁ、これで終わりじゃあああああ!」

 巨大な骸骨が襲い来るが、ユリアンは回避する。

「無駄じゃぁ! ヒャッヒャッヒャ!」

「!?」

 宙空にあったユリアンは突然、自分が何かに引きずり下ろされるような感覚を受けると、まっすぐ背中から地面に叩きつけられてしまう。

「ぐ……!」

 藻掻くが、身体が動かない。

 その間に、老婆が愉快そうな哄笑を響かせた。

「無駄よぉ! 無駄よぉ!」

 老婆が自分の口の中に両手を突っ込んで大きく口を開ければ、無数の触手が口から溢れる。

「若いオスは久しぶりじゃあ、イヒヒヒヒ!」

「お、おい、マジかよ!」

 どれだけ暴れても逃れようがない。

「――ユリアン!」

 リシャールが剣を薙げば、ユリアンの身体は自由を取り戻す。

「なぜ、お前にワシの糸が見えるぅぅぅぅ!?」

「そんなこと知りませんよっ!」

 リシャールは、ユリアン目がけ伸びる触手を断つ。

「ギイイイェエエエエエエエエエエ!!」

 紫色の血液が地面を汚す。

「お、おのれえええええええええええ!」

 発狂した老婆がリシャールめがけ突っ込んでくるが、次の瞬間には老婆の右腕がリシャールによって斬られ、そしてリシャールの姿は老婆の頭の上にあった。

 リシャールは老婆の頭めがけ、剣を何度も突き立てた。

「ヒギイイイイイイイイ!!」

 老婆は地面に突っ伏すと、その肉体はヂュゥゥゥゥ……と音を立てながら、黒い液体にに変わっていった。

「り、リシャール、助かった」

「ユリアン、さん……」

「平気か?」

「ま、まあ……」

 足下から崩れ落ちるリシャールの肩を間一髪のところで抱き抱え、木の根元に寝かせる。

「助かった。お前がいなかったら、ちょっとヤバかった」

「ちょっと、ですか?」

 リシャールは口元をゆるめる。と、その目がユリアンの肩の向こうを見るので、振り返れば、唖然とした。

「……家が……ない……」

 ついさっきまであったはずの家が綺麗さっぱり消えていた。

 幻――。

「全部、妖怪ババアが見せた幻影だったんだろうな……。ここはババアの巣だったんだ」

 ユリアンたちが宿泊した二階建ての宿屋もなく、そこにあったのは朽ちた墓石。

 ここにはそもそも、村が存在しなかったのだ。

「少し休ませてください」

「ああ、休め。見張りは任せろ」

「……すみません……」

 すぐに寝息が聞こえ始めた。

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