第2話 旅は道連れ(1)
太陽が西の地平へと沈んでいく頃、そばの街へ入ることができた。
まずは仕立て屋に入る。
「はい、いらっしゃいませー!」
女将が揉み手で近づいてくる。
「こいつに合う服が欲しい」
「はぁ。奴隷さん、ですか?」
「いいえ。私はユリアンに救われた、リシャールと申します。騎士ですっ」
「お前は黙ってろ。とにかく、なんでもいいから頼む」
「あ、はい、かしこまりました」
というわけで、街に出ても目立たない服を手に入れることができた。
「やっぱり暖かいですね。服のありがたさが身に染みます……」
ふざけてるのかなんなのかよく分からないことを言うリシャールを連れ、次にユリアンが向かったのは酒場だ。
夜の入り口の時刻だが、すでに酒場は賑わっている。
煙草や汗、蜜酒のにおいで満ちていた。
酒場には色んな連中が立ち寄るから、情報収集には最適。
大陸のそこかしこの噂が広がっていく場所でもある。
旅芸人や商人、ユリアンのようなスレイヤー、出稼ぎ労働者などなど。
ユリアンはリシャールと並んでカウンターに座り、酒と食事を注文すれば、すぐに女中が運んでくる。
「おまちどおさまで~す!」
「ありがと。ちょっといいか。このおっさん、見たことあるか?」
ユリアンは自作の絵を見せる。
「………………え。これ、人?」
「やっぱり人には見えませんよね。ユリアン様のお父君なんです」
「お、おちち……? え、お父さん? あなたのお父さんって、動物かなにかなの?」
「この際、俺の絵がクソ下手だってことはおいといて、行方不明なんだ」
「さぁ……。よく分からないです」
「じゃあ、これは?」
ユリアンが次に見せたのは、真っ黒な城が描かれた油絵。
「うわ! なにこれ、キモ!」
「……それは城、ですか?」
「ああ。オヤジが大切にしていた絵だ」
「もー。そんな辛気くさいもの、見せないでくださいよぉ~」
「……すまん」
女中は気分を害して、さっさと別のお客のところへ行ってしまった。
「素晴らしい絵ですね」
「分かんのか?」
「絵に詳しいわけではありませんが、素晴らしい筆致だと思います。確かにさきほどの女性が言うように陰気くさくも見えますが、威厳というか、荘厳さというか……迫力があります。お父君がお描きに?」
「それも分からん。何度かこの絵の話を振ったけど、話してくれなかった」
「……双子の王の城」
「何か知ってるのか?」
「有名な童話ですよ。知りません?」
「いや……」
「母上が子どもの頃に、寝物語に聞かせてくれたんです」
明日生きるのに懸命だったユリアンには無縁の話だ。
「どんな話なんだ?」
「まだエルフやドワーフがこの世界の主役で、人間が影に生きていた時代のことです。とある村に双子が生まれた。双子は人類を導くため、エルフやドワーフとの戦いに勝利し、双子の兄が恩寵の王となった。王となった兄と従者の弟は黒曜石の城に住み、人々の上に君臨する。王になった者は、どんな願いも叶える力が与えられる。王になった双子の兄は、人間の栄華を願い、それが現実となって
「都合のいい話だな」
「あはは、ですね。昔話ですから。そして黒曜石の城こそ、先程の絵にあったもの……そう感じたんです」
「いや、それはないな」
「何故です?」
「あのオヤジが昔話に出てくる絵を後生大事に持つわけがない。絵なんてそれが一枚あるだけだぞ」
「そうでしたか……」
「ま、そんな簡単に情報が入ったら世話ないからな」
「旅ですが、目的地はあるんです?」
「いや。魔物を狩りながら、人のいそうな場所を訪ね歩いて……」
「では王都にある王立図書館へ行くのはどうですか? あ、もうすでに行かれました?」
「王立図書館?」
「叡智の殿堂とも言われている場所です。そこに先程の城、もしくはお父君の手がかりがあるかもしれません。少なくとも酒場で聞くよりは」
「そうか……。よくそんなことを知ってるな」
「誰でも知ってると思いますよ?」
「お前……なんか嫌な奴だな」
「そうですか? それより善は急げ、と言いますから、すぐに参りましょう!」
「そうだな。金なら、多少は残ってるし、な。金稼ぎに寄り道しなくても良さそうだしな」
「――ちょっと、いいかい?」
振り返るとそこには、中年の男がいた。
「あんた、スレイヤーだろ?」
中年男は、ユリアンの首にかけた琥珀を指さす。
琥珀には古ゲイル語で【侵されぬ信義】という
琥珀は人間が存在する以前の世界から存在する遺物。
結晶化した樹液の中には、まだ見ぬ知識が宿る――そういう伝承から、知恵の象徴でもあった。
この琥珀こそ、大陸中のスレイヤーを管理しているギルドが発行している、スレイヤーの証。
王国領だろうが、帝国領だろうが、これさえあれば料金の未払いにも対応してもらえたり、スレイヤーギルドの支部を利用できたりもする。
スレイヤーはどの国にも所属しない存在だから、ある意味、この琥珀は命綱でもあった。
「仕事か?」
「ああ。俺はイクール村のゾロってもんだが、実は仕事仲間のイスカってやつが、仕事場から戻ってこないんだ」
「迷子じゃないのか?」
「いや、そんなことない。毎日行き来してる道だぞ」
「心当たりがありそうな顔だな」
「ああ、実は村と仕事場への道すがらに、古代王国の遺跡があるんだが……あの辺りには夜、魔物が出るんだよ」
「それは大変ですっ。ユリアン、助けましょう!」
「善は急げ、じゃなかったか?」
「しかし困ってる方がいるんです。魔物相手ならスレイヤーの出番ですよね?」
「その仲間ってのは諦めたほうがいい。本当に魔物がひそんでいるなら命はないはずだ」
「そ、そう言わないでくれ。ほら、金ならちゃんと払う……っ!」
男は重たそうな布袋を差し出してくる。
布の口からのぞくと、銀貨が光っていた。
(……リシャールを助ける為にだいぶ、出費がかさんだからな)
「いいだろ」
「本当か!?」
「だが、仲間の無事は約束できない。死体くらいは連れ帰ってやる」
「あ、ああ……。分かった。それじゃあ、案内するよ」
ユリアンはカウンターに金を置き、立ち上がった。
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