闘技場(4)

「ここまでくれば平気だな」

 砦が見えないところまで駆け抜けたユリアンは足を止めた。

「あなたは……混合生命体キメラ、なんですか?」

「そうだ。あれを見りゃ分かるだろ」

 断言すると、リシャールは呆然としていた。

 キメラ。それは魔物をその身に宿し、使役する人間のこと。

 先程、闘技場で見せたのもキメラとしての能力だ。

(まあ、人間扱いする奴にあったことはないけどな)

 ただ、命知らずなスレイヤーになるには、これ以上の適正はない。

「これをやる」

 銅貨の詰まった袋から何枚かを取り出し、リシャールに手渡す。

「これで服なり短剣なりで身支度をしろ」

「どうしてここまで……」

「折角助けたのに、変質者として捕まったら、帝国兵を殺してまで助けた甲斐がなくなる」

「そうではなく……どうして、私を助けたのかと聞いているんです」

「そんなことはどうでもいいだろ。お前は助かった。それで問題ない。な?」

「待ってくださいっ」

 ユリアンが歩き出すと、リシャールが慌てて追いかけてくる。

 さすがにうんざりしてしまう。

「そんな姿で追いかけてくるな。俺まで変態に思われるだろ」

「……申し訳ありません。しかし助けられたままでは、私の騎士道が!」

(腰布一丁で騎士道もへったくれもないだろ……)

 ため息をつく。

「理由らしい理由なんざない。ただ単にそういう気分になったからだ」

「それだけで帝国を敵に回すようなことまでするとは思えませんっ」

「だからついてくるな。あとは勝手にしろ」

「……しかし私の帰るべき祖国はありません。サハラディーン王国は帝国に制圧され、故郷も戦火に……」

「そこまで面倒みていられるか」

 少し歩いてから、そうだ、と思い至る。

「聞きたいことがあるんだが、ちょっといいか?」

「ええ! 私に分かることであれば……」

 犬であれば、尻尾でも振っていそうな勢いで、リシャールが目を輝かせた。

「……この男を知ってるか?」

 懐から取り出した、父親の似顔絵を見せる。

「魔物、でしょうか?」

「どこに目をつけてる。人間だっ」

「………………人間であると仮定してですが、どなたですか?」

「俺のオヤジ。子どもの頃、いきなり姿をくらませたんだ。俺はオヤジを探す為に旅をしているんだ」

「なんと……」

「見覚えはないんだろ。じゃあ、これでお別れだ。礼はいい。今の質問でチャラだ」

「だから、待ってください! どうか、あなたの……お名前を聞かせて下さい!」

「ユリアン」

「ユリアン様」

「ただのユリアンだ」

「では、ユリアンのお父君を探すのを手伝わせて下さい!」

(お、お父君……?)

 上品すぎる言い方に、全身に鳥肌がたった。

 なにせ、オヤジといえば、烈火の如く怒り狂うか、不機嫌そうに黙っている姿くらいしか、ユリアンは知らない。

「そんな身体が痒くなるような言い方はよせっ」

「かゆく?」

 騎士団長と闘技場で言われてきたが、整った顔かたちはたしかに純真無垢そうで、騙されやすそうだ。

 道行く人々の視線がここまでくると、痛い。

「っ!」

 ユリアンは駆けだした。

 舗装された道を外れ、草原を駆け抜け、森を一つ突破した。

 とても常人では追いつけぬ道を取って、巻いたはず――だったが。

「待ってくださぃっ!」

(はあ!? マジか!?)

 身体中に木の枝やら葉をまとわりつかせながら、それでもリシャールはユリアンに追いすがってきた。

 まだ走ることは可能だったが、さすがに呆れる。

「まいても無駄ですっ。体力には自信があります。それに命を救われた恩義を返さないわけにはいきません!」

「分かった! 分かった! 降参だ!」

「本当ですか?」

「……マジでもう……本当に……」

「ありがとうございます!」

「……なんでお前はそんなに笑顔なんだよ……」

「それで、まずどこへ向かいますか?」

「まずは街だな」

「お父君の探索ですねっ!」

「その前に、お前の服だっ!」

 半裸の変質者と旅なんて、さすがにやっていられない。

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