闘技場(3)

 ユリアンは街を出ると、砦を目指す。

 平原にそびえる砦で、物見櫓が特徴的だ。

 尖塔には太陽と月を組み合わせた意匠――サン・ルミニア帝国の国旗が、風を受けて堂々と翻っている。

 帝国は人間界においてと覇を競っている国家だ。

 王国と帝国は元々遡れば、同じ国家だが、幾度かの政変や内乱を経て、分裂して今に至る。

 砦に併設された闘技場には人だかりができている。

(魔物がちびるくらい怖いくせに、魔物と人間の殺し合いは好きこのんで見るんだな)

 性根の腐りぐあいに、呆れてしまう。

 帝国兵が闘技場を観戦したいと押しかける人々を剣をふるって追い返す中、ユリアンは人混みをおしのけて先頭に出た。

「最前列の席が欲しい」

「もう席はない。売り切れだ! 散れ! 散れっ!」

「これでもか?」

 ユリアンは銀貨を、兵士の手に握らせる。

 群衆を押し返していた兵士たちは顔を見合わせた。

「お仲間の分もだ。……どうしても見たい」

 そう言葉を重ねれば、兵士は頷く。

「……ああ、席一つくらいなら開けてやる」

 兵士に先導されて闘技場の客席へ。

「おい、どけっ! そこは予約が入ってるんだ!」

「ちょ、ちょっとここは私の席……」

「黙れ。それ以上ほざくと独房に押し込むぞ」

「へぇ……」

 顔を青ざめさせた客をどかし、ユリアンに席を譲る。

 会場はじっとりと汗ばむほどの熱狂に包まれていた。

 大人だけじゃない。子どもにいたるまで目を爛々と輝かせ、すり鉢の底にある舞台に目をやっている。

 舞台の東側と西側には鉄の扉があった。

「それではこれより、試合を開始する!」

 闘技場を一望出来る高所に、おそらくこの砦の指揮官であろう軍人が現れ、叫んだ。

 ワアアアアアアアアア!!

 東側の扉が開くと、会場の興奮は頂点を迎える。

 扉の中から現れたのは、手足に枷をはめられた男。

 大層なことに枷には鎖が伸びていて、四人の兵士がその鎖をそれぞれ掴みながら入城する。

 家畜のような扱いだ。

 男は腰まで伸ばした銀色の髪に褐色の肌。上半身裸で、腰布しか身につけていない。

「この愚かな男は、帝国に抗った末に亡んだサハラディーン王国の騎士団長、リシャール!この男は帝国の将兵に、閃刃のリシャールとして怖れられた。今日、その実力を目にしようではないか!」

 枷が外され、リシャールだけが舞台に残された。

 そしてもう一方の扉がギシギシと軋みを上げながら開けば、なんとも頼りない木製の檻に閉じ込められた二頭の獅子が現れた。

「まず最初に戦うのは、これまで闘技場で挑戦者を十人以上、食い殺している二頭の獅子! さあ、剣一本でこの獅子とどう渡り合えるか!」

 客席の警備に当たっている兵士が、舞台に腰に帯びていた剣を投げ入れる。

 リシャールはそれでも剣を握って構える。

 直後、獅子が檻を突き破って躍り出れば、ウォォォォォオオオ!とけたたましい声で吠える。

「やれやれ!」

「殺せぇ!」

 血に飢えた観客は食人鬼グールのように興奮する。

 リシャールは獅子と間合いを取りつつ、じりじりと下がっていく。

 獅子は低くうなりながら、どんどん間合いを詰めていき、一頭の獅子が牙を剥く。

 しかしリシャールを捉えることは出来ず、すれ違いざまにリシャールはその首筋を斬る。

 獅子は着地すると同時にバランスを崩して、横倒しになった。

 みるみる血だまりが広がっていく。

 観客にはただ斬りつけただけで獅子が倒れたと見えただろうが、ユリアンにはリシャールが確実に頸動脈を切断したことが見えていた。

 そしてもう一頭の獅子も同じ要領で打ち倒す。

 まさか呆気なく終わるとは思わなかったのか、観客たちが、

「おい、ふざけんな!」

「金返せ!」

 手近にあったものを舞台に向けて投げるが、リシャールは涼しいもので歩くだけで全てを回避してしまう。

「ご安心を! ここは帝国の誇る闘技場! これで終わるはずがないっ! さあ、お次の相手はこいつだっ!」

 再び西側の鉄扉が開き、次に現れたのは巨大な荷車。

 そこには、太い鎖で全身を縛り上げられていた巨大な魔物――二本首の蛇の魔物、ヒュドラだ。

 ヒュドラの力は首の数で決まる。

 二本首では、そこら辺の獰猛な獣よりも多少、力が強いくらいだ。

 しかしそれにしても、決して上等とは言えない剣、さらに腰布しかない状況で相手をするにはとんでもない奴であることに変わりない。

 鎖が外された瞬間、一本の首が兵士を食らえば、観客達は歓声をあげた。

 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 叫ぶだけではない。

 両足で床を踏みならしさえする。

 さっき見事な剣技を見せたリシャールだったが、鋼のように硬い鱗に包まれたヒュドラに苦戦を強いられていた。

 一方の首を相手にすれば、もう一方の首が背後に回るというコンビネーションに、リシャールは逃げるしかない。

 逃げるな! 戦え! 死ねぇっ!

(やっぱり闘技場にはクズしかいないなっ)

 舌打ちをしたユリアンは立ち上がった。

「おい、邪魔だ! 見えねえじゃねえか!」

 後ろからの罵声など無視してユリアンは客席から、舞台に跳んだ。

 突然の乱入者に、会場が湧く。

「そんなに面白いもんが見たけりゃ、見せてやるよ!!」

 ヒュドラの首の一本が反応し、大きく口を開け、ユリアンを丸呑みにしようとする。

 ユリアンがヒュドラの口めがけ右腕を突き出せば、右腕はたちまち蛇に姿を変え、それがヒュドラの口内に飛び込んだ。

 瞬間、一本のヒュドラの全身から無数の蛇の頭が肉を食い破り、突出する。

 怒声や罵声、歓声に包まれていた闘技場が、水を打ったように静まりかえった。

 ユリアンが頭の一つを潰すと同時に、リシャールが隙を突いてもう片方の頭を剣で串刺しにする。

 ギイアアアアアアアアア――――――ッ!!

 断末魔の雄叫びを上げ、ヒュドラは血だまりに沈んだ。

「そいつを捕まえろ!」

 指揮官が命じれば、両側の鉄扉が開き、帝国兵が殺到する。

「おい! ついてこっ!

 ユリアンは、リシャールに呼びかけ、駆け出す。

「おらおら! 殺されたくなきゃ道を空けろ!」

 ユリアンは右腕を突き出せば、それはフェンリルの頭部になって、兵士に殺到する。兵士たちはフェンリルのまとう青い炎に触れた途端、燃え上がった。

 それに怖れを成し、兵士たちは進んで道を譲る。

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