第17話 戌が戌である意味
瞼は閉じている筈なのに、眩しいと思った。空調の音と時計の秒針の音、ピッピという控えめな機械音だけがやけに響く空間に、静かだなと思うと同時に「またか」と思う。
あまりの眩しさに、今日は自ずから瞼を開いた。
「あ!
累ではなく、慌てた様子の
それから何か、深く、長い夢を見た気がする。
「…べたい…」
「…だろ。…めだ」
次に閉じた視界で眩しさを感じた時は、随分と賑やかだった。
「だって、アヤメ、お腹すいた」
「だから、さっき食べただろ」
先ほどよりも幾分軽くなった瞼をゆっくりと持ち上げる。枕元でアヤメと累が揉めていた。知らぬ間に、随分と打ち解けたようだと、レイは他人事のように感じる。
「…る、さい」
レイはそこへ静かにするよう求めたが、口から出るのは空気だけで、ほとんど音にはならなかった。
「あ、レイ!起きた!」
「いつまで寝てんだ、ど阿呆が」
二人は静かになるどころか、会話の矛先をレイに向けて話し続ける。レイは静寂を求めることを諦めた。
「今…何、時?」
「二十二時だ」
戦っていたのは昼だったはずだから、それなりの時間眠ってしまったようだとレイは思う。
「ちなみにあれから一週間だぞ」
「…!?」
声にならない声で驚く。
「当たり前だろ。お前、体の中身も外身も結構死んでんだからな。寧ろよく生きていたと感心している」
「レイ、アヤメは心配したよ!」
アヤメがポカポカとベッドを叩く。その振動が地味に身体を痛めつけ、累の言葉をレイの頭と体は両方で理解する。
「あ、れ、なんで、アヤメ…施設、は?」
レイの声が漸く戻り出してきた。
「第三本部の人的被害でかすぎて、それどころじゃない。それにお前はわかってると思うが、こいつは桃だ。今回の件で桃の戦力も複数失ったこともあって、施設に送るか、まだ幼いが訓練場に送るか上が揉めてる。だからしばらくはまだここに居ることになった」
あの日、アヤメは眠りに落ちゆく意識の中で、レイが割った瓶の中身、KB-dng錠を服用した。多分、アヤメにとっては一か八かの賭けだった。だがアヤメは幸いにもその賭けに勝ち薬の力で睡魔から解放された。そしてそのまま近くに倒れていた名取と御堂の銃を手にして、背後から白鬼を狙っていた。
しかし銃にはユーザー認証によるロックが掛かっている。そうして引き金が引けずに呆然としていたのをレイが見つけ、自らの銃を投げ渡して声紋によるユーザー変更を行なったのだった。
「お前、こいつが桃だって、気づいてたのか?」
累がベッドを叩きつづけるアヤメの手を止めて尋ねる。アヤメは「こいつじゃない、アヤメだ」と口を尖らせて反論した。
「いや、俺も、正直賭けだったよ。でも、俺の身体が、何となくいけるって言ってた。だから、信じて、アヤメに託した」
「お前がずっと、こいつに懐いて尽くしてたのは、本能的にこいつが桃だってわかってたからかもな」
累はアヒルのような口をしたアヤメを宥めながらそういった。ふと、レイはそんなアヤメに違和感を覚える。
「累、お前、足…」
累はなぜか、車椅子に座っていた。痛む身体を何とか動かし視界の端で累の足を捉えれば、右足にだけブーツを身につけていなかった。さらに、軍服のズボンに厚みはなく、膝から下がストンと抜け落ちているのがわかる。
「ん?ああ、鬼にくれてやった」
「は?」
「お前が赤と青の鬼に襲われた時、俺のとこにも鬼が来た。他の申たちも応戦したが近接戦は不得手なせいで苦戦したんだよ。まあ俺の腕があれば、近接戦も問題ないが、俺が奴ら戦えば確実にお前が死ぬと思って、足半分でお前を救ってやった」
累は、足を失ったというのに笑っている。
「お前、俺に言ったよな。いつか自分が犠牲になって、誰かを守って死にたいって。なんかの犠牲の上に生きてくって、守られた側は思うことがあんだろ?」
レイは言い返す言葉が見つからず、ベッドに身体を預けて目を閉じた。それからゆっくりと話し始める。
「俺、寝てる間に夢見てた。はっきりと覚えてはないんだけど、何かを守りたくて、そいつと共に在りたくて、初めて生きなきゃって、死にたくないって思った」
累はそれだけ聞くと、満足そうに車椅子に背を預け「そうかい」と鼻で笑うようにして言った。
「あ、そうだ、レイは名取さんに謝らないと!」
黙って二人のやり取りを眺めていたアヤメが思い出したように口を開いた。レイが何故、という顔をすれば「アヤメと約束した」と強く言う。思考をぐるぐると巡らせて、もう随分と昔に感じる、遠征出発の朝の話を思い出した。
「名取さん、無事?」
「無事も無事、ピンピンしてるよ。あれだけやって全治三ヶ月」
「因みに俺は、義足の目処もたったし十ヶ月在れば戦える。お前は多分一年以上は無理だぞ」
「えー…」
そう言いながら、レイは多くの犠牲の中にも残ったものがあってよかったと思う。そんなことをぼんやりと考えていると、アヤメがスラスラと口を開く。
「アヤメもね、訓練すれば戦えるんだって。アヤメのお父さんとお母さんはもういないけど、あっちにはまだ、小さいころ一緒にいた人がいると思うの。私はその人たちのために戦うよ。そして、レイと一緒に戦いたい。レイはアヤメと一緒に戦ってくれる?」
「もちろん」
痛む手を動かして、レイはアヤメの頭に手を乗せた。この子を守り、この子のやりたいことを共にすると、そう決めた。
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