第13話 大切なものとの再会
各隊員たちは桃の指示で位置についていた。桃もそれぞれ高いビルの上に立ち、隊員を鼓舞して戦いに備ている。ただ二人、レイと名取を除いては。
「レイ、貴様は何をしにここへ来た」
「戦うためです」
「貴様を呼んだ覚えはないが」
「守るために戦いたい、俺は俺の意志でここに来ました。俺は、戦えます。お願いします。俺を使ってください」
名取の鋭い視線を真っ直ぐに見返し、レイは初めて名取に頭を下げた。
「群れ成した鬼相手に、貴様のような一匹狼気取りの戌は邪魔なだけだ」
「必ず役に立ちます」
「帰れ」
「嫌です」
「何度、命令違反を犯すつもりだ」
「すみません。…でも、お願いします」
名取がいくら睨もうとも、レイは引かなかった。二人の間には沈黙が流れる。作戦開始の時間まで、もう間も無くだ。
「…はあ。お前が私に頭を下げたのは始めてだな。隊の輪は最低限乱すな。危険な行為はするな。そして死ぬな。それが出来るのなら、守るために、思う存分に戦え」
先に折れたのは名取だった。背を向け、定位置に歩き出しながら力強くそう告げる。その言葉を聞いた瞬間、レイの血が異常なほどに滾った。戦わなければ、そう強く思った。異常なその熱を抱えたまま、もう一度深く頭を下げるとレイは配置につく。
「これより、目標の討伐を開始する!兎に角、貴様らの前に立つ敵を撃て!
名取の澄んだ力強い声が響いた。また、身体に熱が篭る。レイはその熱を感じながら、握りしめていた瓶から錠剤を取り出して、小さな一粒を口に含んだ。喉仏が静かに、そしてゆっくりと上下に揺れた。
「開始!!」
名取の声を受けて、レイが、戌たちが、一斉に飛び出す。地上で人と鬼が入り乱れた。レイは近くの鬼にナイフを刺しては引き金を引きつづける。
『道標を確認。カラー イエロー。注意』
しかし射線を鬼や人が遮り、なかなか満足に戦えない。それもそのはずだ、この人数で、この数の鬼を相手にするのはほとんどの人間が初めてだった。さらには普段は空から援護する酉隊が、ビルの上から銃を放っている。普段の連携が中々機能しない。
「木野、名取、お前たちのところの戌は引かせろ。戦場が混乱している。戦況が落ち着いたら再投入だ!」
「「了解」」
全体の指揮をとる御堂が指示を出す。指示を受けた桃たちが戌隊に指示を飛ばす。名取についているレイも勿論その指示に従った。近くの建物の屋上に飛び、戦況を見守る。
人と鬼の戦いはやや人が押しているようにも見えた。戌が銃を連発することで鬼の動きを止め、そこに申が追撃する。徐々に地面に伏せる巨体が増えてきた。だがしかし、まだ数は多い。
戦況を観察していたレイは、後方のビルでライフルを構える申隊の中に累を見つけた。薬の力で軽々とビル群を跳ねると、累の隣に立つ。
「おい」
「…は?なんで、お前がここにいる?」
突然の呼びかけに驚きの表情を見せた累の顔が、徐々に怒りに満ちていく。
「何って戦いに」
「はあ?お前、薬はどうした?」
「忘れず食後に飲んでる」
累は一度戦場に視線を戻し、手早く一体仕留めると激怒した。
「そっちじゃねえよ、ど阿保が! KB-dngの方だ」
「飲んだよ。あれなしでは、鬼と戦えない」
累は頭を抱えてため息を落とす。
「はあ…体調は?」
「すこぶる良い」
「戻ったら再検査だ」
「そのためにも、二人揃って戻らないとな」
「そのつもりだ阿保」
レイの肩を拳で殴り、流れるようにまた鬼を撃つ。
「ところでだ、俺は戦況を聞きに来た。酉隊が破られたってのはどういうことだ?」
「お前、そろそろ持ち場に戻れ」
「退避命令が出てる」
平然とそう告げるレイへのため息は、もはや累の呼吸の一環だ。
「ヘリで帰還中にこの群れを見つけた俺たちは、定石通り上空から応戦した。これまでのあいつらは、手の届かない場所は諦めるのか、殆ど攻撃してこなかっただろ?」
「ああ、そのはずだな」
「ところが、だ。赤鬼たちは一斉にあの金棒をこっちに投げて寄越しやがった」
そんな姿はなかなかイメージがつかず、レイは思わず「嘘だろ」と漏らした。
「どうも敵の大将の白鬼は、鬼にしちゃ頭が切れるらしい。ヘリから双眼鏡で見てた名取さんによると、白が何か指示してたみたいだ」
話している間にも敵の数は減っていた。しかし累の話を聞く限り、その白い大将を取らなければ安心はできないだろう。
「だいたい状況は分かった。持ち場に戻るよ」
「早くしろ」
口を動かしながらも、的確に鬼に撃ち込む累にレイは感心していた。累の狙撃の腕は随一だ。勿論、それをレイが口に出したことはない。
「累、死ぬなよ」
「お前より先には死なんと思うが」
互いに言葉を送い合い、別れる。レイは薬の効力が切れかかっているのを感じて薬に手を伸ばしたが、一番良く知る自分の身体がそれを「まずい」と言っている気がしてやめた。まだ多少残っている効力でも、速度は落ちるが持ち場までは難なく戻れる。戦場に向き直ったレイは「じゃあな」と挨拶を交わして屋上から飛ぼうとした。その瞬間、レイの目あるものが映る。
「ア、ヤメ?」
一点を見つめて動きを止めたレイに、思わず累の視界も向いた。二人の視線が積荷運搬用の車両から、病院着を着た黒髪の子どもがヨタヨタと降りているのを捉える。
「アヤメ!」
レイは血相を変えて駆け出した。その腕を、累が掴む。抱えられていたライフルが、支えを失いガランと大きな音を立てて倒れた。
「待て!一旦落ち着け、なんであの子がここにいる?」
「俺も知らない!でも、俺が出る直前、俺といたいってごねてた。それでたぶん、積荷に紛れて着いてきたんだ…」
無理に来るべきではなかったと、レイの頭に後悔が押し寄せる。
「来たしまったもんは仕方ない。とりあえず、あの子は俺のところに連れてこい。後方にいた方が安全だ。それから、持ち場に戻る前に名取さんのところに報告に行け」
「あ、ああ、わかった」
冷静に話を進める累に、レイも少しは冷静さを取り戻す。ビルの上、地面を駆け、レイは素早く車両に向かった。漸くたどり着いたところで、この危険な砂利の上を裸足で歩くとアヤメを捕まえる。
「アヤメ!お前、なんで来た!?」
「レイ、やっと会えた」
「ここは危ない、なんで着いてきたんだよ」
「行かなきゃいけない、気がしたから…」
アヤメを抱えて累のところに戻る。抱えられたままのアヤメは俯いてそう言った。それからは互いに無言で累のところを目指す。薬の効力が薄くなったせいか、息は上がり速度は随分と落ちた。首筋に汗を滲ませながら、ようやく辿り着いたレイは声をかける。
「累、アヤメをたの…」
しかし、少し目を離した隙に変化した戦場の光景に、レイは言葉を無くした。
「おい、大将のお出ましだぞ。最悪なもんと一緒にな」
累も笑っていたが、その顔には冷や汗が滲んでいる。
戌が全滅していた。正確には、退避命令を出された少数を除く、鬼と交戦していた戌が、だ。その無数の戌たちは地面に体を預け、鬼の巣窟の中に倒れている。
「緑鬼に白鬼…」
レイは目にしたものを思わず口に出した。戌が倒れたことで戦闘が停止した戦場では、音が止み、風が砂埃を払っていく。そのおかげで晴れた視界の先には、残り三十体ほどとなった赤や青の鬼と、同じく巨大な緑の鬼、それから白い、人ほどの背丈をした鬼がいた。
「累、俺、実物の白鬼を見るの初めてだよ」
「奇遇だな。俺も今日が初めてなんだ」
ヘリからも見えなかった白い鬼が、今目の前にいる。
鬼には赤、青、緑、白、黒の五種類がいた。数がもっとも多いのが赤で、赤はただ力が強い。次いで多いのが青で、青は火を吹く。緑は数は少ないが、近寄った者を眠らせる。ただしKB-dng錠の効果が高い場合はあまり影響がない。そして滅多に見かけないのが白と黒だった。こいつらは人に近い。力が弱い代わりに知能が高く、人の言葉すらも操った。記録が少なく定かではないが、人に精神的に干渉することもできるらしい。
「一見すると、本当にただの老人だよ」
累がそう溢すのも無理はない。長い白髪を風に靡かせ立つその鬼は、人のような肌色をしていた。そしてシワの多い顔でニヤリと不敵な笑みを作るその唇も人のそれと同じ形だ。ゆるりと見に纏う白の和服が風に靡いて、細く節の目立つ骨のような手足が覗く。それだけ見れば本当にただの老人だった。
ただこいつの額には、白く光る大きなツノが生えていて、ニヤリと笑って覗かせた口内には鋭い牙が存在していた。そして杖のように手に持っているのは、巨大な
レイは胸に抱いていたアヤメを累の隣に下ろすと、薬の瓶を取り出す。
「緑は居ないって話だったのに、どこから湧いて出たんだか。累、アヤメを頼んだぞ、俺は持ち場に戻る」
「任せろ。ついでにここから、あいつの頭撃ち抜いてやるよ」
レイが薬を口に運び、累が銃を構えようとした、その時。
「あ、ジジ!ねえレイ、ジジ、いたよ!」
そう言って、アヤメが笑った。指し示す指の先には、件の白い鬼が笑っていた。
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