第三話 危険な香り
ちゅん..ちゅんちゅん...
僅かに小鳥の囀りが聞こえる。ああ、もう朝か。。。大学行かなきゃ。。。
ゆっくりと目を開けると、目の前にあるのはいつも寝ている純白のベッドの一部ではなく、茶色の土や枯葉だった。
そうだった。ここは家じゃない。俺は異世界に来ていたんだった。気づかないうちに寝てしまっていたのだろう。
慣れない寝かたをしたせいで所々痛む体を起こし、服についた土などはらう。
やっぱり野宿って最悪だと呟きながら樹洞の外に出ると、漆黒の闇は既に消え、世界は太陽の眩い光に覆われていた。
これほど太陽の光を嬉しいと感じたことがあっただろうか。光を全身で浴びるように両手を目一杯広げ、俺は太陽に感謝する。ありがとうございます。
意味がわからないと思うがこれは本当に心の奥底から湧き上がってきた感情だった。
正直、昨日の夜を経験するまでは太陽の光がこれほどまでに尊いものだとは全く思っていなかった。
なんせ家にいる時は全く外に出かけず、仕方なく外にいる時でさえ上から降ってくる光なんかに目も暮れず、下を見続けていたのだから。
俺は眠たい目を擦りながら今日一日の計画を考えることにした。最優先事項は水の確保だ。食料に関してはまだストックがあるので血眼になって探す必要はないだろう。
できればナイフや何かを入れる容器なども作っていきたい。もしかしたら危険な目に遭うかもしれないし、食料を全てズボンのポケットに入れ続けるのには無理がある。
そして、昨日森に入って進んだ方角をそのまま直進する。このまま進んで森を抜けらるかは定かではないがふらふらと迷い始めるのが一番危ない気がする。方向感覚を誤って、最悪、元の草原に戻ってしまうかもしれない。これが一番良くない。
俺はあらかた今日の方針を考えると再び歩き出した。昨日と違い、少しずつ森に慣れてきたので複雑な地形にも昨日ほど注意を向ける必要がなくなってきた。
しばらく木の実を採取しつつ歩いていると小さな川を見つけることができた。死ぬ前に住んでいたアパートの近くの川と水質が全く違うことはこの澄み切った水を見るだけでわかる。川底を埋め尽くしている砂利がここからでも見えるほどの透明感だ。
もちろんカップ麺の容器や空のペットボトルが浮いていることもない。
木の実だけで水分を取るのには飽き飽きしていたので、飲める水なのかは正直わからないが、一口救って飲んでみる。
うまい。水というのはこんなに美味しかっただろうか。甘いとか酸っぱいとか苦いとかいう味覚を刺激するものは感じないが、とにかくうまいのだ。身体がこれを欲していたという生命の息遣いを感じる。
俺は我を忘れて我武者羅に水を飲み続ける。飲みながら、ありがとうございますと朝、太陽に感謝したように水に感謝する。前の世界では水なんかには目も暮れず、炭酸飲料やコーヒー、ある程度歳を重ねた後は酒ばかり飲んでいた。
腹がたぷたぷになるほど水を飲んだので、座って一息着く。とりあえず川を見つけることはできたが、これからどうしようか。
森を抜けるなら結局ここをいつかは離れなければならない。それなら今すぐ進みたいところだが焦りは禁物。時間をかけてでもできるだけ準備をしてから出発するべきだ。
川の近くを拠点にすることにした俺はそこから数日、水を運ぶための水筒、食料を入れるための容器、ナイフなどを作ることに精をだした。
その間、夜は初日に見つけた樹洞になんとか戻り、そこで寝た。川からそこまで離れていなかったのは運が良かった。だが油断するとすぐに迷いそうになるので念の為、川から寝床までの道には目印として余った木の実を落としておいた。
数日後、ついに水筒、容器、ナイフが完成した。最高の出来とは言えないがサバイバル未経験にしては上出来だろう。火事場の馬鹿力のようなものだろうか。馬鹿力というよりは馬鹿技術だが。
初めにナイフを作った。近くを探索すると手頃な石がいくつか落ちていたのでそれらを持ち帰り、川辺の大きな石に何度も打ち付け、鋭利にしていった。なかなかきつい作業だったが、なんとかナイフのような形にすることができた。
そのナイフを使って竹のような植物を切り、水筒にした。木の実を入れる容器も同じように作ったので見た目は同じだ。木の実なら細長い筒のような容器でもそれなりに持ち運ぶことができる。
もう少し道具を用意したいという気持ちもあったが、なるべく早く森を出たいという気持ちを抑えきれず、俺は水筒に水を容器に木の実を限界まで入れ、川を離れた。
不安な気持ちもあったが、いずれはこうしなければならない。川を離れた俺は次の寝床として良さそうな場所を探しつつひたすら進む。
すっかり異世界の冒険者気分だが今の俺の見た目は正直滑稽だと思う。両手に竹筒を持ってポケットからカッコ悪いナイフが数本突き出ているからだ。リュックサックでもあれば一気にアドベンチャー感が出るんだがなあ。
歩き続けて3時間ほど経ってそろそろ腹が減ってきたので昼飯を食べることにする。
手頃な場所を見つけ座り、そろそろ味にも飽きてきた木の実を食べる。そろそろ他の食料も探さないとなあなどとぼんやり考えていると少し離れたところに何やら不吉なものがあるのを見つけてしまった。
足跡だ。それも巨大な。
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