第ニ話 森

今自分のいる場所が天国ではなく現実世界、それも異世界なのではないかと考え始めた俺はとりあえずここを異世界とすることにした。


ここが異世界かどうかは全くわからないが、目を覚ましてから30分ほど経過しているのに、救いの女神様や天使のような天国に出てきそうなものが現れる気配は全くない。


さらに空腹なども感じ始めていた。本来ならバスを降りて最寄り駅の内部にあるコンビニで菓子パンなどを買っている時間だ。


しかし、俺の体が生命活動を行っているということは生きるために何かをしなければいけないということを意味する。


正直、人生はつまらないと思っているし、生きていたって意味はないと思うが、飢えて死ぬことを選択するするほどの勇気もない。


幕末の志士や世界大戦の兵士たちなら自分の思想のためにそれぐらいのことをやる人もいそうなもんだが、こちとら平和ボケをしていると言われるほど平和な日本でぬくぬく暮らしていたんだ。そんな覚悟あるわけがない。


辛い思いもしたくないし、めんどくさいこともしたくない。かといって誰も助けに来てはくれなさそうだし、このままここにいても埒が明かないので、草原の向こう側に見える森へとりあえず向かうことにする。


森の中に人がいることは期待していないが、森を抜けて歩き続ければどこかの村や街には着くだろう。この際、自分が人見知りだとか、日本語が通じるのかなどということを考えている場合ではない。


この世界に人間という生物が存在していないという可能性もあるが。。。


そう考えるとゾッとしたが、その可能性についてはなるべく考えないことにする。


歩き始めて15分ほどしてようやく森の入り口に着いた。まだ辺りが明るいせいか、森から危険な雰囲気はさほど感じられない。


異世界の森なのでどんな生物がいるかわからないが、体力がなくなる前に街や村を探さなければいけないので背に腹は変えられない。


意を決してそのまま森に入る。


森の地形は映画でしか見たことのないようなものだった。


小さな段差やアップダウンがいくつもあり、また大きな木の根の表層部分が所々に這い出しているため油断するとすぐに転んでしまいそうだ。


地面はやや柔らかく、コンクリートジャングルを歩き慣れていた俺にとってはとても新鮮だった。


興味深いことに地形の騒がしさと対をなすかのように森の中は静寂に包まれており、俺はできるだけ転ばないようにそして足音を立てないように慎重に歩を進める。


無闇に音を立てるのは得策ではないだろう。


しかし、俺がここまで集中しているのはいつぶりだろうか。おそらく、大学入試以来だろう。あれはあれで大変だったが、今回は命がかかってる。


もう一回死んでるけど。。。


警戒しながら森を進んでいるといくつかわかったことがあった。


一つは森の中は俺が生きていた世界のものとさほど変わらないということ。


てっきり俺は巨大な昆虫や奇妙な植物で溢れているのではないかと身構えていただけにこれには少し拍子抜けしてしまった。


また、ゴブリンなど異世界を題材にした物語でしばしば登場するモンスターたちとの遭遇にも警戒していたが、ゴブリンなどは見当たらなく、代わりに見慣れない形のツノを持った鹿などを見つけた。


その鹿は俺と目が合うとすぐに去ってしまったが、後ろ姿を目で追ってしまうほど美しかった。


段々と森に慣れ始めると俺は食料を探すことに意識を向け始めた。敵を警戒するもの大事だが、水と食料を確保する必要もある。


だが、あいにく俺はサバイバルやキャンプの経験がほとんどない。しかもここは異世界だ。


あらゆる可能性を考えなければならない。


俺は頭を抱える。


死ぬ前の人生で見聞きした数少ない情報を総動員し、必死に考えた。


その結果、考え出した方針はこうだ。


極力、木の実を食べる。木の実なら一粒一粒がそこまで大きくないのでたとえ体に害があったとしても被害は最小限に抑えられるだろう。


またこれは非常に頼りない根拠だが、木の実を食べて死んだという人を聞いたことがない。ただ木の実といってもさまざまな種類があるだろうから一つ一つ自分の目で見て食べられそうか確認していく。


もう一つの方針はキノコは食べないということだ。これの理由は説明するまでもないだろう。


この二つのシンプルな方針のもと俺は食料を探し続け、2種類の安全そうな木の実をとりあえず集めた。


スーパーやコンビニに並んでいるもの以外を食べるのには抵抗があるが、空腹が限界に近づいてきていた。食べるしかない。


幸いなことに段差が多い地形なので座る場所を見つけるのには困らない。近くの一番きれいそうな段差に腰掛け、ズボンのポケットに入れた木の実を取り出す。


茶色のやや硬い小さな木の実とそれの2倍ほどの大きさの赤色の木の実。


まず匂いを嗅ぐ。両方とも大丈夫そうだ。


恐る恐るどんぐりのような茶色の木の実を一粒食べてみる。酷い味を覚悟していたが、驚いたことにそこまで悪くない。


食感もカリカリしていて、ピーナッツのようだ。


今度は赤色の木の実を試してみる。少し大きいので側面をかじる。おお、これも悪くない。


味はストロベリーに似ていて、少し酸味がある。そしてなんと水分が含まれている。

水の代わりとまではいかないだろうが、しばらくはこれで水分を取ることができそうだ。


その後もいくつかそれらをそれぞれ食べ、この二つの木の実は体に害がなさそうだと判断した。数ある実の中からこれらを選ぶとは我ながらいいセンスをしている。


さすがに満腹になるほどの量はなかったが、ひとまず栄養を補給することができた。


食べられそうなものを見つけて安堵したが、大人しく座っている場合ではない。段々と日が傾いてきたので寝床を探さなければならないのだ。


野宿なんて死んでもできないと死ぬ前は思っていたがもう死んでるし、今から歩き続けて偶然森の中で宿を見つけられるほどの豪運の持ち主でもないので野宿もやむをえまい。


暗くなっていく森の中で焦りつつも地道に寝られそうな場所を探した結果、ちょうどいい樹洞を見つけることができた。


豪運なんて持っていないといったが、自己評価が少し低かったのかもしれない。


その樹洞はそこまで大きくなかったが、体はくの字にすればなんとか寝られそうだった。


予想以上に早く寝床を見つけることができた俺は夜になるまでの時間を木の実の採集に使うことにした。食料はいくらあっても困らない。しかし、水をまだ確保できていないのが問題だ。赤い木の実に水分は含まれていたが、正直足りているのかわからない。村や街を見つけるまでは持ち堪えなければならない。


木の実を集めている間に辺りは段々と暗くなっていったので、早めに切りをつけ俺は樹洞に戻った。水は明日また探すことにした。


しばらくすると辺りは真っ暗になった。


だがその闇は想像の10倍以上の濃さの闇だった。


森の夜が暗いというのは想像していたが、これは想像以上だ。


まるで世界に自分一人しか存在していないような感覚。


昼に森の中を探索していた時も一人だったが、その時は特に恐怖や孤独は感じなかった。そんなの気にしている余裕はなかったし、外は明るかった。


しかし、こうして今一息ついてこの無限の深さがあるようにも思える夜の闇と向き合うと、一人でいるということがより一層強調され、不安や孤独が徐々に俺の体を蝕み始める。


無事に森を抜けられるのか?


村や街が見つからなかったら?


そもそも人間はこの世界に存在するのか?


etc....


考えないようにしていた不安までもが引っ張り出される。

気がおかしくなりそうだ。俺はスマホ中毒だったあの頃さえ恋しくなっていた。

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