第44話 不思議な生き物

 第一王国『白き皇国(ホワイトハイド)』の王城前には、多くの兵士が緊張の面持ちで待機していた。

 彼らの多くは戦争が未経験。

 初めての知性のある敵との命の奪い合いがいよいよ目の前に迫っていることを実感し、あるものは戦う前から体調を崩して倒れ、またある者は少し目を離した隙に脱走したりもした。

 そんなわけで。

「結局、最初に招集した人数の半分になってしまいましたねアラン様」

 医療班として参加しているロゼッタはいつものメイド服に、いくつか防具を付けた姿で隣に立つアランにそう言った。

「……まあ、しょうがないことだろうな」

 アラン・グレンジャーは王城前の防衛の隊長を任された身として、彼らの様子を観察しながらそんなことを思う。

 平和な世界で生きてきた若者たちだ。

 自分たちの時代のように「男児たるもの人類のために戦って死ぬのは当然」と誰でも思っているような世界よりも健全だと思う。

「……むしろ残ってくれてた半分の者たちが、俺は頼もしいよ」

 平和な時代に育っても、恐れながらも残って立ち向かおうとする者もちゃんといる。

(ウィリアムを思い出すな……まあ、アイツの場合は恐れを知らないと言ってもいいくらいだったが)

 あの生意気な笑顔を思い出し、少し微笑むアラン。

 そんな時。

「第二王国より報告が入りました!!」

 一人の兵がこちらに向かって走ってきた。

 その手に握りしめているのは、他の国からの伝達書だった。


「『怪力聖女』ドーラ・アレキサンドラ様が、『真・暗黒七星』の一人を打ち破ったとのことです!!」


 おお!!

 っと、兵たちから歓声が上がる。

 先勝の報告に盛り上がる人々だったが、アランは渡された報告書を読んで気になった情報があった。

(『真・暗黒七星』を倒した後に、部下の魔人たちが黒い影になって消えた?)

 それはアランも知っている、前にベルゼビュートを倒しゲートを破壊した時に起きた現象と同じだ。

 そのことから推測できるのは……。

「おそらくだが、今度の次元移動魔法は『神魔』クラスの魔力を持った個体そのものをゲートに出来るようだな」

 つまり、一人倒した今でも最大六ケ所に出現ポイントが作成可能というわけだ。

 もちろん厄介なことに変わりはないが、逆に言えば『真・暗黒七星』を倒せば他の魔人は強制帰還させられるということだ。

 これは必要以上の犠牲を出さずに済むという面では希望だろう。

 ちなみに、報告書には『怪力聖女』が戦闘で受けたダメージで意識不明の重体、現在治療中という報告も書かれていた。

「あのドーラがな……」

 前回の戦争では比較的危なげなく勝ち続けた豪傑だったのだが、それがこれほどまでに苦戦するのだ。

 『真・暗黒七星』はやはり難敵なのだろう。

 兵たちはさすがは『七英雄』、『魔王軍』恐れるに足らず。

 と言った様子で盛りあがっているが、むしろ敵の強大さを改めて思い知ったと考えざるを得ない。

 その時だった。


 ――やはり、人間というのは不思議な生き物だな。


 突如、目の前の空間が歪み、一人の男が現れた。

 堂々たる体躯に芸術的なまでに整った冷酷さと気品を併せ持った双眸、そして『神魔』特有の僅かに残るベースとなるモンスターの名残の二本の角。

 『魔王』ベルゼビュートである。

 まさかの展開だった。

 敵の頭目が、こちらの本陣にたった一人で堂々とやってきたのである。

 これは言ってしまえば、全員でかかって倒してしまう好機ともいえるが……。

「あ、ああ……」

 先ほどまで、勝利の報告に盛り上がっていた兵士たちが、バタバタとその場で泡を吹いて倒れていく。

 彼が特に何かをしたわけでは決してない。

 ただ、その場に存在しているだけで放たれる超高密度の魔力と威圧感に、皆が耐えきれなかったのである。

 ベルゼビュートはそんな人間たちを軽蔑するでもなく、不思議な面持ちで見つめて言う。

「これほど弱い存在なのに、明らかに自力が上回る我々にいつの間にか我々に牙を突き立ててくる」

 そして、皆が倒れていく中で唯一『魔王』の魔力と威圧感に真正面から向かい合う男に言う。

「本当に不思議だ……そうは思わないか? アラン・グレンジャー」

「……ベルゼビュート」

 アランは宿敵を真っ向から見据えてそう呟いたのだった。

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