第43話 今と未来

「ば……かな……」

 その場で地面に倒れ伏すゲオルギウス。

 砕けたのは腕だけではない。

 人間、魔人族共通の生命と魔力の源である心臓がある、胸まで亀裂が走り砕け散ったのだ。

 よって勝負はあった。

「俺様のほうが……強かったはずだ、この……無敵の、俺様が……」

 腕から胸の大部分、体の三分の一を失ったゲオルギウスが息も絶え絶えに言う。

 ドーラはそんなゲオルギウスを見下ろしながら、本人も全身血だらけで右腕はひしゃげた状態で言う。

「……そうでしょうね。実力なら今のアタシより、アンタのほうが確実に上だったさね」

 でも、とドーラは続ける。

「人間は、大切な誰かを守ろうとするときに本来以上の力が出る。アタシが守ろうとしたのは、あそこでアタシを応援してくれた人たちだけじゃない。あの人たちがこれから紡いでいく『未来の命』も守るために戦ったのさ。それが『今』の気持ちよさのためだけに戦ったアンタとの差だよ」

 人を守るということは、その人たちが繋いでいく新たな命も守るということ。

 昔々、初めて人が生まれた瞬間から繋いできた命のバトンを、これから先の未来に繋げること。

 ほとんどが自然発生で生まれてくる魔人族には無い概念。

 『大切な誰かの未来のために』。

 『今』と『自分』のためだけに戦う者と、『人々』と『その先の未来』のために戦う者。その背負うモノの大きさの差が、単純なスペックの差を凌駕したのだ。

「アタシに勝ちたきゃ、生まれ変わったら守りたい他人の一人でも作ってみるんだね」

 冥途の土産に、とそんなアドバイスを送ったドーラだったが。


「はっ……クソくらえだぜ、クソババア……」


 ゲオルギウスは中指を立てた。

 最後まで傲岸不遜。

 あくまで唯我独尊。

 そんな『無法者』らしい態度を貫き通した暴虐龍は塵になって消滅した。

 魔力の発生源である心臓を失った魔人族の最後である。

 ドーラは呆れと肝心の同居したため息を一つついて。

「……ふん、最後までなかなか気合いの入った男じゃない。それはそれで嫌いじゃないよ」

 そんなことを言ったのだった。


   □□


「……おや?」

 戦いを終えたドーラ・アレキサンドラの目に、予想していなかった光景が飛び込んできた。

 なんと『死竜隊』の面々とグランドワイバーンたちが、黒い影になって消えていくのである。

 ドーラはこの現象を知っていた。

(同じだ……)

 絶滅戦争の時に、アランが『魔王』を倒した時に全ての魔人族が『魔界』に戻された。

 それと同じ現象が目の前で起きているのだ。

「……これは大事な情報かもしれないね」

 すぐに映写魔法を使ってアランたちに知らせよう。

 とはいえ、ひとまずこの戦いは勝利した……ということでいいのだろう。

「ふう……」

 そう思った途端、ドーラはバタンと砂の上に倒れこんだ。

 当たり前である。今のドーラはどこに出しても恥ずかしくないほど満身創痍なのだ。むしろ今まで立っていたことが驚異的であり不自然だった。

「もう一回勝てって言われたら、無理だろうねえ……」

 今回は十回に一回……いや、千回に一回の奇跡的な勝利だった。

 それくらい『真・暗黒七星』は強かった。

「頑張るんだよ、親愛なる戦友たち」

 ドーラは防壁から降りて駆けつけてきた衛兵たちに治療されながら、これから過酷な戦いに挑まなければならない戦友たちにそんなことを呟いたのだった。

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