第34話 無敵

「……ん?」

 次々に襲い掛かってくるワイバーンたちを斧を振り回して返り討ちにしていたドーラだったが眉を潜めた。

 急に『死竜隊』たちが突撃を止め、ワイバーンの集団が道を開けたのだ。

 不審に思って見ると、ワイバーンたちが明けた道をゆっくりと一体の魔物が歩いてくる。

 ドーラに迫るほどの長身、野性的に研ぎ澄まされた肉体、邪悪な相貌から放たれる背筋の凍るような圧、そして存在しているだけで景色が歪むほど圧倒的な密度と量の魔力。

 何より全身を覆う龍の鱗と龍の尻尾は、限りなく人型でありながら魔人であるという証明である。

「『神魔』か……」

 最強ランクの魔人。

 かつての戦争では魔王ともう一人しかいなかった、怪物中の怪物。

 ドーラですら戦うのは初めてである。

「『真・暗黒七星』、『暴虐龍』ゲオルギウスだ。お前で暇をつぶしてやることにした」

 ゲオルギウスはポケットに手を突っ込んで、ゆらゆらと肩を揺らしながらこちらに向けて歩いてくる。

「なんだ。ババアだと思ったが、近くで見ると余計にババアだな」

「若さでしか女を見れないのは、本人が幼稚な証拠だよ?」

「よく回る口だ。ボケてはいねえみたいだな」

 その時、ドーラに向かって歩くゲオルギウスの前に首を切り飛ばされたワイバーンの巨体が転がっていた。

 首は切り飛ばされているとはいえ、大型建築物のごときサイズである。

 ゲオルギウスはポケットに手を入れたまま、軽く右足を上げると。

「邪魔だ」

 ワイバーンの死骸をドーラに向かって無造作に蹴り飛ばす。

 次の瞬間。


 凄まじい勢いでワイバーンの死骸が加速し、ドーラに向かって飛んできた。


「!?」

 ドーラは上体を横に振ってそれを躱す。

 ブオオン!!

 と、通り抜け様に風の音がする。あのサイズの物体が出していい風切り音ではない。

 驚くべきことに、ドーラの頭上を滑空していったワイバーンの死骸は、そのまま何百メートルもほとんど地面と平行に滑空。

 勢いそのままに『砂漠の正教国』の城壁に直撃した。


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 っと『砂漠の正教国』全体を衝撃が駆け巡った。

 ――な、なんだ!?

 ――地震か!?

 中にいる国王や兵士たち、そしてドーラの娘の出産を手伝っている医者たちに緊張が走る。

 まさか今の揺れが、何百メートルも先から道の石ころを蹴るような動作で蹴り飛ばされたモノが壁にぶつかった音だとは思うまい。それ程の衝撃だった。

「ほう……少しは気合いの入った奴がいるじゃない」

 ドーラは改めて目の前の魔人を見てそう言った。

 ……強い。

 分かってはいたことだが、間違いなく『絶滅戦争』で倒した旧『暗黒七星』よりも強い。

「あたりめえだろ。この世で俺様以外は全員雑魚だ。後ろの馬鹿どもも、お前も含めてな」

 そう言い切るゲオルギウス。

 まさに傲岸不遜が服を着て歩いているかのごとき態度と言い草である。

「だから、お前にハンデをやるぞババア」

 ゲオルギウスはドーラの前まで来ると、ポケットに手を入れたまま棒立ちになる。

「一発、俺に好きに打ち込んで来い。防御せずにくらってやる」

「!?」

 その豪快な戦い方に反して戦闘では冷静沈着なタイプのドーラだが、さすがに驚愕に目を見開かざるをえなかった。

「……何かの罠かい?」

「ババアが足りねえ錆びた頭使うな。俺様は無敵だからな。これくらいしないとお前と俺じゃあ勝負にもなんねえのさ」

「……」

 ドーラはそのゲオルギウスの声を『妖精の耳』で聞き分ける。

(……確かに何かを隠してる感じはしないわね)

 ドーラの前で嘘をつくのは不可能である。

 よほど特別な訓練を積んだものでもない限り、嘘をついている声というのは微妙に普段の声とは違うからだ。もっと言えば、嘘をつく時の心音の変化までコントロールできる人間はまずいない。

 同じ『七英雄』の『悪役令嬢最終形態』イザベラくらいのものだろう。

 だとしたら、気でも触れているのだろうか?

 ゲオルギウスとて先ほどまでのドーラの怪力っぷりは見ていたはずだが……。

 まあ、しかし打たせてくれるというなら、お言葉に甘えよう。

「気前のいい男は嫌いじゃないよ」

 ドーラはそう言うと、ハルバードを振りかぶって渾身の一撃を叩きこんだ。


 ドゴオオオオオォ!!!!


 と。凄まじい轟音が砂漠に響き渡る。


 ■■


 『砂漠の正教国』訓練教官リチャード(教官歴40年)は語る。

「ええ、はい。やはり聖騎士団の一員として戦うには、魔法だけではなく腕力も必要ですから」

 リチャードがいるのは「砂漠の正教国」の近隣にある岩山である。

 3kmに渡って続く広大で重厚な岩の壁は壮観の一言だ。

「『岩砕き』という原始的な訓練でして。このあたり一帯にある岩を自分の武器で叩き割るんですわ。もちろん最初は自分の手のほうがイかれます」

 リチャードが近くの岩肌を軽く裏拳で殴る。

 当然それではビクともしない。

「ですが、やっているうちに少しずつ硬い岩にも歯が立つようになってきて、訓練終了までには皆小さい岩なら砕けるようになります……え? ドーラ様はこれをやったのかって?」

 リチャードは笑って言う。

「ええもちろん。彼女が訓練の時に割った岩は実はもう見えてるんですよ」

 リチャードが後ろを振り返る。

 背後の岩山に、半径30mはあろうかという凄まじいクレーターができていた。

「これを当時16歳の女の子がやったってんだから、腰が抜けますよねえ……ドーラ様は『砂漠の正教国』歴代最強の戦闘聖職者です。私が保証しますよ」


 ■■


 ドーラの一撃で天まで届かんばかりの砂煙が上がった。

 大量の爆弾を一斉に点火してもここまで盛大に砂煙が上がることは無いだろう。

 まさに人間離れした恐ろしい怪力の成せる現象である。

 砂煙が晴れる。

 ドーラが振り下ろした地面に、かつて岩山に作ったのと同じ規模の巨大なクレーターができていた。

 しかし。


「な? 言った通りだろ?」


「!?」

 ゲオルギウスは全くの無傷。

 右肩と首の付け根にあれだけの威力でハルバードを振り下ろされたにもかかわらず。血の一滴すら流していなかった。

 それどころか、かすり傷すらついていない。

「俺様は無敵で、俺様以外は雑魚なんだよ」

 『暴虐龍』は凶暴な笑みを浮かべてそう言った。

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