第32話 アーメン
『魔界』は弱肉強食の世界である。
強い力を生まれ持った個体こそが正義でありルールである。
圧倒的な実力主義にして圧倒的な個人主義の世界だ。そのためほとんどの個体は単独で行動をする。
しかし、そんな『魔界』にも大きく分けて二つの集団が存在する。
それが『貴族(ノーブル)』『無法者(アウトロー)』である。
『貴族』特定の場所、例えば城やダンジョンといった所に住み着き、その中で厳格な階級と秩序をもって生活をする。
魔王城に住むベルゼビュートなどが典型例である。
一方、『無法者』は場所や階級に縛られず、一体の圧倒的な力を持つボスの元に他の魔人たちが集まることで集団を形成する。
基本的に『無法者』は単独行動する魔人たちと大差なく自由に勝手に暴れるだけであり、規模や組織力では『貴族』に及ばない。
人間の感覚で言えば『貴族』国家であり、『無法者』はチンピラの集まりである。集団同士の戦いになれば地の利も含めて『貴族』の方が優位なのは考えるまでもないだろう。
しかし。
『無法者』の中には魔界中の『貴族』たちを恐れさせる、イカれた連中が存在する。
それが『死竜隊(ヘル・ドラゴ)』。
地上を高速で駆け肉を貪るグランドワイバーンに乗り魔界全土を荒らしまわる最悪の『無法者』、最悪の快楽破壊集団である。
「「「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」」」
巨大なワイバーンに跨った、爬虫類系モンスターベースの魔人たちが『人界』の砂漠を駆けながら、天まで届かんばかりに哄笑する。
彼らは瀕死の人間を貼り付けにして飾ったり、奪った食料をむさぼったり、ワイバーンの手綱を握りながら女を犯したりしながら心底楽し気に砂漠を爆走する。
ワイバーンの口には人間の死体が咥えられていた。
言うまでもなく、これらは『ネクロポリス』の人々や物資である。
自治都市としては非常に豊かでそれなりの大きさがあったにもかかわらず、モノの数時間でこの破壊者たちに食いつくされてしまった。
「あーあー、しかし、人界のやつらってのは歯ごたえがねえなあ」
「だが、飯と女のアソコの締まりは最高だぜ!!」
「ハハハハハ!! ちげえねえ」
『死竜隊』の隊員たちはそう言って良心の欠片もなく笑う。
ボスであるゲオルギウスの信条は至ってシンプルである。
『とにかく破壊し、とにかく奪え。俺たちが気持ちよくなるために』。
彼らはそのシンプル過ぎる信条をひたすらに実行するのである。
隊員の一人が進行方向を指さして言う。
「見えてきたぞ!! メインディッシュだ!!」
彼らの前に現れたのは、砂漠の中にそびえ立つ円形の巨大な防壁とそれに囲まれた灰色の城。
第二王国『砂漠の正教国』である。
『死竜隊』の隊員たちは言う。
「ははは!! でけえケーキだ。食いごたえがありそうだぜ!!」
「行くぞ!! 野郎ども!!」
「「「ヤーハアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
グランドワイバーンの背中に尻尾で鞭入れさらに加速させる。
人類にとっては神が地上に降り立った場所として、宗教的な聖地であるその場所に、魔界の荒くれものたちの魔の手が伸びる。
「……さあて、ここはどれくらいの兵士を揃えてんのかな?」
『死竜隊』の幹部の一人が呟く。
先ほどの都市はハッキリ言って興ざめだった。さすがにもう少しマシな戦力を揃えているだろう。
そんなことを思っていたが。
「……!? 待て!! 止まれお前ら」
『死竜隊』の幹部は、全体に向けてそう言った。
隊員たちが一斉に手綱を引いてグランドワイバーンを止める。
「……どうした?」
最後尾からゲオルギウスが聞いてくる。
「お頭……それが……いねえんです」
「いない?」
「はい、誰もいねえんです!!」
幹部の魔人の言葉通り、すでにハッキリとその姿が見える程度には第二王国に接近しているが、兵士の一人として見当たらないのである。
「どうなってやがる?」
「諦めて国を捨てて逃げたんじゃねえのか?」
困惑する『死竜隊』の面々。
しかし。
「馬鹿どもが、よく見てみろ」
ゲオルギウスが視線を送った先には砂嵐。
その砂嵐の中からこちらに歩いてくる、大きな人影が一つ。
「全く、大勢でドタバタと。うるさくってかなわないよ」
「一人だとぉ!!」
驚愕する『死竜隊』の面々。
そう、人間がたった一人、こちらに向かってゆっくりと歩いてきているのだ。
「……そう言えば前にアランのやつに、『お前は何でも自分でやり過ぎて後進が育たない』って言われたことがあったね」
その一人は黒いシスター服に身を包んだ、筋骨隆々たる肉体と2mを超える体躯の女。そして、その手にはその身の丈以上はあろうかという巨大なハルバード。
「全くその通りだよ……ダメな性分だねえホントに」
女は立ち止まるとよく通る低い声で名乗りを上げる。
「正教国戦闘聖職者部隊、総隊長、ドーラ・アレキサンドラ。アタシの国の民は誰一人として死なせない!!」
ドーラは巨大で長大なハルバードを軽々と持ち、自分の目の前の地面に向けて横に振りまわした。
ズジャアと、衝撃波で地面に一直線に線が引かれる。
「主の元に導いて欲しいやつから、この線を越えてくるんだね」
そう言ってハルバードを肩に担ぎ、たった一人で200体のグランドワイバーンの前に立ちふさがる。
「……!!」
一瞬のそのあまりにも堂々たる態度に、気圧された『死竜隊』の面々だったが。
「舐めてんじゃねえぞぉ!!」
隊員の一人がグランドワイバーンを走らせてドーラに突っ込んでいく。
ドーラは人間としては長身だが、当然巨大建造物並みのサイズを誇るグランドワイバーンとは比較にもならない。
代わりに体が大きい動物は必然的に小回りが効きやすいので、こういう場合は一度躱して反撃するのが普通だ。
しかし……。
ドーラは全く躱す素振りを見せない。
それどころかなぜか目を閉じていた。
「ははは、死んだわ。あの女」
『死竜隊』の幹部はそう言った。
□□
ちょうどその頃。
「……本当に大丈夫かなあ。ドーラさん一人に任せてしまって」
防壁の内側、『砂漠の正教国』国内では、国王モーリスが自分を警備する兵士に訪ねていた。
「まあ、あの方は言い出したら聞きませんからなあ」
ベテランの兵士は少し前に、ドーラとしたやり取りを思い出す。
「国民は皆不安がっているわ。アンタたちは国内の警備にあたって少しでも安心させてやりなさい」
作戦本部で集まった幹部や兵士たちを前に、ドーラはそんなことを言いだした。
ベテランの兵士は言う。
「りょ、了解しました。しかし、そうすると外での迎撃は誰が」
「アタシ一人でやるよ」
「……!?」
その場にいる全員が驚いたのは言うまでもない。
しかし、ドーラは王妃にして総隊長という軍部のトップ、さらに大戦を終わらせた『英雄』の一人だ。その決定に異を唱えられるものは誰一人としていなかった。
(……相変わらず滅茶苦茶なお方だ)
とベテランの兵士は小さく笑う。
そして、目の前で不安そうにしている国王に言う。
「心配は要りませんよ国王、アナタが一番分かっているはずです」
そう、この国の人間はみんな知っている。
「ドーラ様は言ったからには、やる人ですから」
□□
「潰れろや、雑魚虫があああああああああああああ!!」
叫びながらグランドワイバーンで突進してくる『死竜隊』の魔人。
そして、いよいよ目前までその超巨体が迫った時。
ドーラはカッと目を見開き、ハルバードを振り上げた。
ただでさえ太いその腕がさらに隆起する。
一閃。
切断とも叩き割ったとも取れるような轟音と共に、ドーラは一撃でグランドワイバーンを乗っていた『死竜隊』の隊員ごと真っ二つに切り捨てた。
左右に分かれたグランドワイバーンの巨体が、地面に倒れ二つの大きな砂煙を上げる。
飛び散る大量の血液が、まるで恵みの雨のごとく周囲に降り注いだ。
「お、おお……」
『死竜隊』の面々は、あまりの出来事に言葉を失う。
「アーメン」
ドーラはハルバードを肩に担ぎ直すと、開いた左手で十字を切った。
「……ほお」
ゲオルギウスはそれを見て、楽し気な笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます