第31話 『怪力聖女』VS『暴虐龍』1

 開戦の火蓋は、アランたちの予想に反して七大国以外の場所で切って落とされた。


 ――無所属自治都市『ネクロポリス』。

 『砂漠の正教国』の近くにある七大国に属さない自治都市の一つである。

 メインの産業は資源の輸出。砂漠から湧き上がる燃料を他国に輸出することで、数ある自治都市の中でも有数の資産を誇る。

 当然『魔王軍』が攻めてくるとなれば、七大国の属さない彼らも自衛のための防御を固めることになる。

 そして『ネクロポリス』の備えは、その豊かさに比例して相当なものであった。

「対魔人族砲塔50門配備完了!! 人類防衛連合製複合繊維戦闘服を着用した防衛兵2000人配備完了!! 全員に最新型の武具を装備させています!!」

 『ネクロポリス』の若い兵の一人が、所属する部隊の兵長にそう報告した。

 口元に髭を蓄えた中年の兵長は、うむ、と頷く。

「よろしい。我々は王国に属さない以上、自分たちで自分たちの身を守らねばだからな」

「とはいえ、これでは我が国に攻めてきた魔人どもが気の毒ですよ」

 若い兵は苦笑いする。

 確かに『ネクロポリス』に準備された各種兵器や人員の数は、一つの都市を守るのには過剰とも言えるものだった。

「ははは、よいことではないか。我々が『魔人族』どもを倒してしまって英雄と呼ばれるのも悪くない」

 兵長は絶滅戦争の時代にはまだ見習いで、あまり戦線に参加できなかった過去がある。

 もちろん戦争は起きない方がいいのだが、起こった以上は軍人として戦果を上げたいところだ。

 そんなことを思っていると……。


 突然にそれはやってきた。

 

「な、なんだあれは!?」

 見張りをしていた兵の一人が、西の方を指さして声を上げた。

 兵長は指さされた方を見る。

 砂漠の竜巻と見間違うほどの巨大な砂煙を上げて、悪夢がやってきた。


「ひゃはははははははは!! 前方になんか沢山建物の建物と沢山の人間はっけーん!!」

「あー、いけねえなあ。俺らの気持ちいいドライブの邪魔しちゃいけねえよ」


 地面を走る巨大な羽の無いワイバーンに乗る魔人族の集団が、自治区に向かって猛スピードで走って来ていたのである。

 驚くべきは魔人族たちの乗っているワイバーンのサイズ。

 どれも巨大な建造物くらいあった。それが数百もの集団になってこちらに突っ込んでくるのだ。

 兵士たちは一目で理解した。

 圧倒的に足りない。

 先ほどまで十分すぎるくらいの頼もしさを感じていた防衛兵器たちでは、勝負にもならない。

 『ネクロポリス』の兵たちは、呆然とするしかなかった。

 一方。

「お頭ぁ!! どうしてやりますかあ!?」

 ワイバーンに乗る魔人族の一人が、後ろを向いて声をかける。

 お頭、と言われたその男は言うまでもなく、全身に龍の鱗を纏う凶暴な目をした男、『真・暗黒七星』の一人、ゲオルギウスである。

  最後尾で部下にワイバーンの操縦を任せ、括り付けられた豪奢なソファーに悠々と腰かけるゲオルギウスはニヤリと笑って言う。


「壊せ。そして奪え。俺たちが気持ちよくなるために」


 その言葉に、ゲオルギウスの部下たちは歓声を上げる。

「「「ヤーハー!! 俺たちが気持ちよくなるためにぃ!!」」

「……た、大砲を」

 兵長がなんとか正気に戻って指示を出すがもう遅い。

 200を超える巨大なワイバーンたちが塀を蹴散らし、勢いそのままに国の中に流れ込んできた。


   □□


 もはや戦いにはならなかった。

 たった数時間で、それまで人々が平和に暮らしていた『ネクロポリス』は地獄と化した。

 建物は破壊しつくされ、あちこちで炎が上がる。

 人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。しかし容易く捉えられ、男は殺され女は犯されたあと殺されていた。

 そんな、阿鼻叫喚の地獄をゲオルギウスは悠々と歩く。

「壊せ壊せ」

 歌うようにゲオルギウスがそう呟くと。

「ヒャハハハハハハハハ!!」

 それに応えるかのように、魔人族が男を槍で突き殺してワイバーンに食らわせる。

「奪え奪え」

 またゲオルギウスがそう言うと。

「おらぁ!! もっといい声で喚けよお!! 俺たちがもっと楽しめるようになあ!!」

 また別のところで、魔人族の愉悦する声と犯されている女の悲痛な悲鳴が上がる。

(……ああ、いい)

 すごく気分がいい。

 ゲオルギウスはまるで素晴らしいオーケストラを堪能するかのように、目を閉じて人々の悲鳴を聞く。

「もっと派手に、もっと凄惨に、もっと気の向くままに。俺たちが気持ちよくなるのために」

 その時。

「貴様らあああああああああああ!!」

 建物の死角から、辛うじて生き残っていた兵長が滑車に大砲を乗せてゲオルギウスに突っ込んで来た。

「お頭!!」

 部下がそれに気づいて声を上げた。

「!?」

 ゲオルギウスも気づいたが、さすがにもう遅い。

 ドコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 と至近距離でゲオルギウスに大砲が直撃した。

「……はあはあ、どうだ魔人族め」

 兵長は息を上げながらそう言った。

 すでにほとんどの兵士は倒され、国は完全に崩壊している。だがせめて一撃、この蛮族共に一矢報いてやろうと実行した決死攻撃である。

 しかし。


「……ハエでも触れたか?」


 ゲオルギウスは直径1m以上ある大砲の球を片手で受け止めていた。

「なっ!?」

 兵長の顔が一瞬で驚愕と絶望に染まる。

 今打った大砲は人類防衛連合製の対魔人族用の最新型である。火薬の代わりに起爆性の魔法石を使うことで、威力を何倍にも向上させたものでその有効性は二週間前の襲撃の時に十分に証明されたていたはずである。

 少なくとも、元『暗黒七星』の魔人たちはこの砲撃を『防御』したと報告されている。

 つまり、まともに受ければダメージになる威力はあったということだろう。

 だが目の前の男は、この超至近距離で平然と片手で受け止めてしまったのだ。

「馬鹿が。俺様は最強で、俺様以外は雑魚なんだよ」

 ゲオルギウスが手に軽く力を込める。

 すると。

 バキッィ!!

 っと、鋼鉄性の球がまるでクッキー生地か何かのように砕け散った。

「……そんな」

 その場に膝をつく兵長。

 ゲオルギウスは、完全に戦意を喪失した男を指さして部下たちに命令する。

「壊せ、そして奪え」

「「ヤハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 一斉に襲いかかった魔人族たちに、兵長はあっという間にミンチにされた。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!」


 ゲオルギウスはどこまでも邪悪に笑いながら、再び地獄と化した『ネクロポリス』を歩き出す。

「壊せ壊せ、奪え奪え、俺たちが気持ちよくなるために……俺様が気持ちよくなるために」

 地獄に響くは、人々の絶叫と断末魔、そして魔人たちの歓喜の声。そこに色どりを添えるように、肉がぶつかる音とと肉がひしゃげる音。

 『暴虐龍』ゲオルギウスは、そんな地獄を心底楽しそうに闊歩する。

「さあ、前菜だ。存分に食らえよハイエナども。次の獲物は……もっとでけえぞ」

 そう言って『砂漠の聖教国』がある方を見つめるのだった。


   □□


 第二王国『砂漠の正教国』では、一通り防衛の準備が終わり、いよいよ戦争に向かう態勢が整ったところだった。

 そんな国内を、王妃でありこの国の軍部である戦闘聖職者部隊の総隊長ドーラ・アレキサンドラは歩いていた。


「ホントに戦うんだな……」

「なんだよ、ビビってんのか?」

「そりゃそうだろ。俺は死にたくねえ。お前はどうなんだよ」

「……まあ、そうだな。嫁もできたばっかりだしよ」


 武装した兵士がそんなことを言いながら歩いている。


「あんた、無事に帰ってくるんだよ」

「ああ、分かってるよ母ちゃん」


 通りに面した家の前では母親が心配そうに息子を送り出していた。

(……懐かしいね、この雰囲気)

 ドーラはそんなやり取りをする人々を見ながら、道を歩いていく。

 目的地は国で最も大きい病院だった。

 中に入り、厳重に警備されたある病室に足を運ぶ。

「あ、ママ!!」

 ベットに寝ている妊婦が、ドーラの姿を見て手を振ってきた。

 シーラ・アレキサンドラ。今年16歳になるドーラの娘である。

 もうじき出産を控えた不安な時期のはずだが、笑顔は非常に明るく元気そうだった。

 娘は昔から体は強くないが、元気と明るさだけは人一倍だった。

 むしろ、不安になっているのは……。

「はあ……魔人族の連中も、なにもこんな時期に襲ってこなくても」

 小柄で気の弱そうな男が、憂鬱そうにため息をついた。

 このいかにも心配性そうな男こそドーラの夫にして『砂漠の正教国』国王、モーリス・アレキサンドラである。

 ドーラの15歳下という年齢のこともあるが、優し気な整った童顔の持ち主であることが頼りなさそうな雰囲気に拍車をかけている。

「大丈夫よパパ。どんな敵が来たってお母さんがやっつけてくれるんだから!!」

 妊婦であるはずの娘が、元気づけるようにバンバンとモーリスの背中を叩く。

 ドーラはその様子を見て小さく笑う。

 そして。

「はあ、アタシもいい年なんだから、あんまり期待しないでおくれよ」

 そんな風に言ったのだった。


 娘や夫と一通り話した後、ドーラは病院を後にして戦闘聖職者部隊の作戦本部へ歩いていく。

「……」

 その表情は、家族の前で見せたものとはうって変わって真剣な顔である。

(……戦争か)

 25年経った今でも思い出す。

 沢山死んだ。沢山の人が涙した。

 戦争とはそういうものだ、戦いとはそう言うものだ。だから今回もそうなる。

 国を守らんと出兵した兵士は死に、息子を送り出した母親は泣く。娘のシーラとシーラから生まれてくる新たな命と同じ、望まれて祝福された命が死と悲しみに包まれる。

 それをドーラは耐え難いと思う。

 国を背負うものとして、少なくとも自分の国民たちには誰一人そんな思いはさせたくないと。

 だから、ドーラはあることを決めた。


『おやおや、さすがは『聖女』様。綺麗ごとをおっしゃる』


 などと、デレクから英雄会議の時に言われた言葉がまた聞こえてくるようだった。

(……悪いねデレク。アタシは一応聖職者なのさ。綺麗ごとの一つや二つ言ってみたくなるもんさね)

 作戦本部では、ちょうど徴兵された兵士に装備を支給しているところであった。

「おお、ドーラ様」

 戦闘聖職者部隊の幹部が、ドーラの登場に気付き敬礼をする。

「戦闘の準備は、やや遅れ気味ですが着々と巻き返しております。徴兵した国民たちの士気も比較的高く、これもドーラ様やモーリス様の人望ゆえかと」

 状況報告を始めた幹部にドーラは言う。

「そのことなんだけど……」

「なんでしょう?」

「ちょっと、作戦を変更しようと思ってね」

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