第28話 無敵の遊び人5

「おい!! あとどれくらいだ!!」

「あと一時間ってとこですね。船の用意はちゃんと進めてるみてえです」

「よーし、いいぞ。へへ、手配書張られて町中追いかけまわされた時はどうなるかと思ったが、起死回生の発想とはこのことだぜ」

「さすがっス!!」

「ははは、よせよせ、もっと褒めろ」


 『ベリーベーカリー』では武器を人質に突きつけた海賊が、愉快げに話していた。

(……面倒なことになったわね。アラン様に迷惑が掛からなければいいけど)

 ロゼッタも人質の一人として、手と足を後ろで縛られて座らされていた。

 硬い床にかれこれ数時間座らされているので、いい加減足がしびれてきた。

 ロゼッタは武器を持っている海賊からは一番遠い位置に座らされているので隙を見て脱出できる可能性も無くはなかったのだが、こう足がしびれては無理だろう。

 狙ったかどうかは知らないが、上手く人質を逃がさない状況になっている。

「すまないねえメイドのお嬢ちゃん。ウチに来たばっかりに」

 同じ格好で縛られている女店主がそう言って謝ってきた。

「いえ、アナタのせいではありませんから」

 ロゼッタはこの状況でも比較的冷静だった。

 確かに怖いことは怖いのだが、現状海賊側の要求は素直に飲まれているらしく人質を殺しても何の得もない。

(それに、もうアラン様が私がいないことに気付いている頃だろうし)

 いつもアランの仕事開始30分前に朝食を持っていくのだが、その時間はとっくに過ぎている。王城で情報を集めれば人質事件に自分が巻き込まれていることを把握するのに、それほど時間はかからないだろう。

(というか私、自分が人質事件に巻き込まれてるって分かったら、アラン様が助けに来てくれることを疑ってないのね)

 そんなことを考える自分に場違いながら少し頬が緩んでしまう。

 まあとにかく、今は大人しく動かないことが肝心だ。

 しかし、残念なことにロゼッタのように冷静でいられる人間ばかりではない。

「なあ、アンタら喉乾かないかい?」

 女店主が海賊たちにそう言った。

「あん?」

「調理場の二段目の棚に、いいワインが置いてあるんだよ。せっかくだから飲んで行ったらどうだい?」

 海賊たちが調理場の方を一瞬見る。

 その時。

「だああああああ!!」

 女店主が海賊たちのリーダーのベッツに体当たりをかました。

「ぐお!!」

 不意を突かれて女店主共々床に転がるベッツ。

「さあ、皆!! 今のうちに逃げ」

「『雷属性第十魔法』!!」

 ボン、っと床に転がったベッツの手から炎の球が発生し、逃げようとした人質たちの足元に着弾した。

「なっ!?」

 驚愕する女店主。ベッツが魔法を使えることなど全く考えていなかったのだろう。

「へっ。昨日は披露する間も無くやられちまったが、これでも魔法の腕は『シルバーファング』随一だぜ? おら!! お前ら!! さっさと戻れ、黒焦げにするぞ!!」

 ベッツの怒鳴り声に大人しく従うしかない人質たち。

 逃げようとした彼らだが、危害が加わることは無いだろう。海賊たちとて人質がいなくなれば終わりである。

 しかし……。

「よお、女。なかなか気合い入ってるじゃねえか。気に入ったぜ」

 女店主は髪を掴んでベッツに引きずり起こされる。

「……まあ、この数いれば一人くらい減っても問題はねえわな? おい、やれ」

「へい」

 ベッツの言葉に、子分の一人がサーベル手に持ったサーベルを振りかぶる。

 女店主がギュッと目を閉じた。

(……まずい!!)

 ロゼッタは周囲を見回す。

 しかし、この状況に対処する手段は見当たらなかった。

 その時。

 バタン。

 と入口のドアが開く音がした。

 もしかしてアランが助けに来たのかと、ロゼッタはそちらの方を見たが……。


「あー、はい、タイムタイム。そこまでにしてくんないかねえ」


 聞こえてきたのは、まったくこの状況にそぐわない気だるげな声だった。


   □□


「あん?」

 海賊はサーベルを持った手を止めて、声のした方を見る。

 着崩した王衣、気だるげな立ち姿、やってきたのはケビン・ライフィセットだった。

「あーほら、君たちそこまでにして投降しなさいな……刑は軽めになるように僕も口添えしてあげるからさあ」

 ケビンはそう言うが。

「「ぷっ、ははははははははははははは!!」」

 海賊たちはケビンの姿を見て大笑いした。

「ははは誰かと思ったら、昨日の弱いほうの『英雄』様じゃねえか!!」

「なんだあ、お前? またこの『英雄殺しのベッツ』様にのされに来たのか?」

(メチャクチャ舐められてるわねケビン様)

 ロゼッタはそんなことを思う。

 しかしまあ、昨日のあの感じではしかたないだろう。

 正直ロゼッタも、来たのがケビンではなかったことを一瞬残念に思ったほどである。

 ……しかし。

(……昨日までの、どこか様子が違う?)

 見るからに気だるげな感じなのは相変わらずなのだが、なんとなく立ち姿から不思議な圧を感じる。

 そう……この前の会議の時に見た他の『英雄』たちから感じた、思わず頭を下げてしまうような覇気を。

「……ほんと、どいつもこいつも、大人しく隠居生活させてくれないもんかねえ」

 ケビンは小さく呟くと、両腰に下げた二本のハンティングソードを引き抜く。

 ロゼッタは目を見開く。

 両手に剣を持ち、ゆったりと手を下したその構えは自然体ながら全く隙を感じさせないものだった。

(もしかしたら……ようやく見られるのかもしれない)

 絶滅戦争で『神魔』を倒し、アランに次ぐ撃破数を叩きだした男の力が。

「……っ!?」

 海賊たちも昨日までとは明らかに違う雰囲気を感じ取ったようだ。

 慌てて、部下の一人が女店主にサーベルを突きつける。

「お、おいおい。忘れて貰っちゃ困るな。こっちには人質が」


「物騒なことはするもんじゃあないよ」


「なっ!?」

 いつの間にか目の前に移動していたケビンに驚愕する海賊。

(……速い!?)

 ロゼッタには、いや、その場にいた人間の誰一人としてその動きを捉えることができるものはいなかった。

 ケビンはサーベールを持った海賊の手を蹴り上げて、人質に向けられていた武器を弾き飛ばす。

「くそ!! 舐めやがって!!」

 三人で一斉にケビンに襲いかかろうとする海賊たち。

 彼らが実際に動き出すその前に……。

「……ふーん。袈裟切りに、足元へのタックル、その間に魔法攻撃か」

 ケビンがそう呟いた。

「「死ねやああああああああああああああ!!」」

 三人のうち、ベッツを除く二人の部下がケビンに襲い掛かる。

 一人は武器を斜め上に振りかぶり、もう一人はケビンの足元に飛びかかってきた。

 そして残る一人のベッツは。

「雷系統十三番……」

 後方から雷撃魔法を使うために魔力を練っていた。

(なっ!?)

 目を見開くロゼッタ。

 三人の動きは先ほどケビンが呟いた通りの動きだったのである。

「よっと」

 ケビンは完璧なタイミングで足元に飛び込んできた相手の頭を踏みつけて跳躍し、その勢いで剣を振りかぶっていたもう一人の顎を膝で蹴り飛ばす。

「ごぁ!!」

 脳を揺らされ、白目を向いた敵の手から振り下ろそうとしていた剣がすっぽ抜ける。

 ケビンはその剣の刃を自らのハンティングソードで、半ばのところから切断する。

 カキィィン!!

 という音と共に、宙を舞う折られた刃。

 ケビンはそれを回し蹴りでベッツの方に蹴り飛ばした。

「え?」

 余りにも流れるような無駄の無い動きだったため、ベッツの反応が遅れる。

 ブスリ、とベッツの右の太ももに刃が突き刺さった。

「ぐお!!」

 しかし、被害はそれだけに留まらない。

「ああ、ほらダメだよ。雷系統の魔法使うのに集中乱したら。特に金属とか身に着けてると危険だ」

「しまっ!?」

 そう、ベッツの手の前には敵を攻撃するための電気が集まっている。

 しかし、突然の痛みなどで集中を乱して電気の収束が緩まった時。ましてや、自分の体に金属性の刃が突き刺さっていたらどうなるか?

 答えは明らかであった。

「ぐああああああああああああああああああ!!」

 バチバチバチバチイイイイイイイイイイイイ!!

 と、ベッツはケビンに叩きこむはずだった電撃を自分で食らう羽目になった。

(……凄い)

 ロゼッタは戦慄した。

 どれほどの達人でも、例えアランであったとしてもここまでの完璧な相手の動きの先読みは不可能だろう。

 しかしケビンにはできるのだ。できて当然なのである。

 なにせ、一度見てから戻ってくることができるのだから。

「……これが最強の固有能力『セーブ&ロード』」

 なるほど、これは確かに『無敵』だ。

「ぐっ……お」

 ベッツは自分の電撃を食らったにも関わらず、なんとか倒れずに踏みとどまった。

「タフだねえ君」

 ケビンはそれを見ると、足元に転がっているベッツの部下二人を剣の峰の部分に引っかけて、軽々とベッツの方に投げ飛ばす。

「へぶっ!?」

 部下二人の体を受け止めきれずにふらつくベッツ。

「『草原駆けるつむじ風、歌えや歌え』」

 ケビンの詠唱と共に右手に持った剣に、空気が収束していく。

 『無敵の遊び人』の得意とする属性魔法は風。

 有する特性は『拡散性』。風の魔力には放っておくと分散しようとする性質がある。

 だからこそそれを大量に一か所に押しとどめ、指向性をもって一気に開放すれば、あらゆるものを吹き飛ばす強力な武器となる。


「春風一番『アサツバメ』!!」


 ビュン!!

 と、ケビンの持つハンティングソードが横に振られた。

 次の瞬間、剣が纏っていた空気が一斉にベッツたちに向けて襲い掛かる。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 という風の音と共に、海賊たちは悲鳴を上げる間もなく店の外まで吹き飛ばされ、向かいの建物に壁突してようやく止まった。

「……はあ、やっぱり魔力使うと疲れるなあ。年だねこりゃ」

 ケビンはそう言って剣を鞘に納める。

 すると、表情が先ほどの戦闘体勢から気だるげな感じに戻った。 

 ちょうどそこで、ロゼッタと目が合う。

「あらま、ケビンの従者のかわいい子ちゃん。捕まってたんだ。災難だったねえ……知ってたらアランのやつ、真っ先に助けに行っただろうなあ」

「……ケビンさん。ホントに強かったんですね」

 ロゼッタがそう言うと、ケビンは。

「はは、まあ弱いとは一言も言ってないよ」

 と特に誇るでもなく笑って見せたのだった。


   □□


 そして、ちょうど同じ頃。

 場所は立てこもり事件の現場となった店から最も近場にある港から少し離れた海上に、一隻の大型の船が来ていた。

 国際海賊組織『シルバーファング』の主要海賊船の一つである。

 全長65m、60門ほどの大砲を備え総重量は1000トンを超える。

 国家であってもここまでのモノは数えるほどしか所有していないレベルの、超大型船である。

 そして500名を超える船員は皆、荒くれものであると同時に航海や海戦に必要な専門技術を身につけたスペシャリスト県兼戦闘員である。

 が、その超大型海賊船は突如乗り込んできた一人の男に、たった十数分で制圧されることになった。

「……お前たちがここに来ることは容易に予想できた」

 アラン・グレンジャーは甲板に倒れる海賊たちを、樽に座って見下ろしながら言う。

「ベッツたちの要求では海に出た後に確実に国の船にマークされて捕まるからな。だからこそ国も要求を飲みやすかったわけだが、海は海賊たちの庭だ。それくらいのことを『シルバーファング』の人間が想定できなはずはない」

 ならば考えられることは一つである。

 ベッツたちには、港から出港しさえすれば国の船から逃げ切る算段があったのだ。

「つまり、元々港に近い場所で本艦と合流する予定だったってことだな。五時間ってやたらと長い船を用意するまでの時間も、時間を合わせるためだろう。まあ、このくらいならイザベラのやつじゃなくても予想できるさ」

「……うう」

 地面に転がる海賊の一人が呻くような声で言う。

「これが『光の勇者』、アラン・グレンジャー……ボスの言ってた通り……化け物じゃねえか……」

「ボスってまだグレッグのやつがやってるんだろ? アイツに今は大人しくしておくように言っておいてくれ。じゃないと俺が直接捕まえに行くぞ」

 アランはそう言って昨日手入れした剣を、海賊の目の前に突き刺す。

「ひい!!」

 まあ、これで脅しは効いただろう。

 これで海賊行為が少しでも大人しくなれば、『魔王軍』との戦いに集中できる。

 アランは、ふう、と一息ついて『ベリーベーカリー』のある方を見つめる」

「……今頃ケビンのやつは人質を解放した所かなあ」


   □□


 その日の夕方。

 ケビンは朝と同じ、リースの墓の前に立っていた。

 今日の朝置いた花は風で飛ばされてしまったのか、墓前には何も置かれていなかった。

「代わりといっちゃなんだけど」

 と、近くに生えていた小指の爪ほどの小さな花を摘んだ。

 そして、墓前にその花を置きながらケビンは、ケビンは墓の主であるリースの最後を思い出していた。


   ■■


 衰弱し、白いベッドの上に横たわるリース。

 全身から血の気は引き、目に生気は無く、ケビンのように生き死にの戦いを経験して来たものならもうすぐ目の前の人間の命の灯が消えるのは確信できてしまう。

 ケビンはそんな妻に寄り添うようにベッドの横に座り、そのやせ細った冷たい手を両手で包み込んでいた。

(……ああ無力だな。僕は)

 『セーブ&ロード』も、寿命での死には役に立たない。

 だからケビンにはこんなことしかリースにしてやることができない。

「……ねえ、ケビン。一つだけお願い聞いてもらえる?」

「ああ……君が望むなら、なんでも」


「ありがとう……じゃあ、この国と民をお願い」


 リースはケビンの手を力の入らない手でギュッと握ってそう言った。

「……うん、任せて。だから安心して」

「ありがとう、ケビン……ごめんなさい。アナタを一人にしてしまって」

 気にする事はないよ。

 と、ケビンは黙って首を横に振った。

 リースはそれを見ると安心したような、だけどどこか申し訳ないと思っているような、そんな表情を浮かべて静かに目を閉じたのだった。


   ■■


「……そうだよねえ。約束だったもんなあ」

 ケビンはリースの墓に向かって、一人そう呟いた。

 そして背後を振り向く。

「……それで、お二人はなんの用だい?」

 そこにはアランとロゼッタが立っていた。

「ロゼッタがお礼を言いたいらしいぞ」

 アランがそう言うと、ロゼッタが一歩前に出て言う。

「先ほどは助けていただいたのにお礼を言いそびれてしまって……ありがとうございました」

 深々と頭を下げるロゼッタ。

「ああ、いいっていいって」

 ヒラヒラと手を振るケビン。

「……なあ、アラン」

「なんだケビン?」


「参加するよ、『魔王軍』との戦い。すっごいめんどくさいけどさ」


 ケビンがそう言うと、ロゼッタは驚いたように口をポカンと開けた。

 一方、アランの方はニヤリと笑う。

「さすがは俺の戦友だな」

「その『予想通り、待ってました』みたいな顔、なんか嫌だなあ」

「はは、そう言うな。お前がいれば百万人力さ」

「どうせ僕より活躍する『勇者』様がなに言ってんの」

 アランとケビンはそんな言い合いをしつつも、ガッチリと握手を交わしたのだった。

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