第27話 無敵の遊び人4

 翌朝。

 ロゼッタは早朝から市中に来ていた。

 大通りでは、すでに多くの店が開いている。

 ロゼッタはそのうちの店の一つに入る。ブルーベリーパイが有名な店だ。

「はい、いらっしゃい……あら?」

 恰幅のいい女の店主は、ロゼッタの顔を見て気づく。

「あなた、昨日ケビンさんと一緒にいた子よね?」

「ええ。実はパイをケビン様から分けてもらいまして。凄く美味しかったので、また食べたくて」

 それだけではなく、アランもかなり気に入っていたようなので、帰ったら自分で味を再現しようと思っているのだが……まあ、こういうことは言わないでおいた方がいいだろう。

「ふーん」

 しかし、女店主には分かっているようで、ロゼッタを品定めするように見る。

「……まあ、レシピは教えないけど食べていく分には文句はつけないわ。存分に味わいなさい」

「ありがとうございます」

 ロゼッタがそう言うと、女店主は包み紙にパイを包む。

 その間、ロゼッタは店内を見回す。

 早朝ではあるがそれなりに客の入りはよかった。

「……ここには人が多いんだ」

 ロゼッタの呟きが聞こえたのか、女店主が言う。

「外には人が少なったかったでしょうお嬢ちゃん?」

「え? はい、そうですね」

 町の規模や立ち並んでいる店の数の割には、外の人通りは少なかった。

 朝と言えばその日の日の出前に取れた新鮮な海の幸を求めて、多くの人が買いに訪れるものなのだが……。

「『魔王軍』の再侵略のニュースを知ってから、ちょっと治安が悪くなっちゃってね。皆あんまり外を出歩かなくなったのさ」

「あー、なるほど」

 戦争というのは外側の敵だけに怯えればいいものではない。

 むしろ直接の戦場にならない場所に住む者たちにとって脅威となるのは、世の乱れに乗じて悪事を働く国内の犯罪者である。

 しかし、女店主は。

「まあ、ウチのケビンさんがまたなんとかしてくれるでしょう」

 と明るく言ってのけた。

 驚くロゼッタ。

 これから戦争だというのに明るいのもそうだが、なにより。

「ケビン様を、信頼してるんですね……」

 そこが驚きだった。

「もちろんよ。普段はあんなだけど、ウチの王様はやるときはやるんだから。26年前もそうだったわ」

 女店主は四十代後半と言ったところである。つまり、当時はまだ若いながら大戦の時代を知る人だ。

 第五王国の中央部は絶滅戦争でもっとも被害の少なかった地域の一つである。

 その理由はもちろん、王女リースと英雄ケビンの尽力によるものだ。そのことを、この国の人々は分かってるのだろう。

「はい、ブルーベリーパイ。ここでは食べていかないんだろう?」

 女店主が綺麗に紙に包まれたパイをロゼッタに渡す。

「ありがとうございます」

 ロゼッタがそれを受け取ろうとしたとき。

 ドン!!

 と店の扉が乱暴に開いた。

 そして、雪崩れ込むように見知った三人の男が雪崩れ込んでくる。

 先日の海賊たちだった。

 海賊たちは近くにいる客の喉元に武器を突きつけながら言う。

「おい!! 死にたくなかったら俺たちの言う通りにしろ!!」


   □□


 その頃。

 アランは王城の外れにある墓地に来ていた。

 白い十字架の建てたられたそれは、『自然と農業の国』の王族が代々眠る墓地である。

 その中でも一番海のよく見渡せる墓の前に一人の男が立っている。

 着崩した豪奢な王族の衣装と長身、遠目からでも誰か分かる。

「よう、ケビン。めんどくさがりのお前が、朝早くからご苦労だな」

 アランが手を上げて挨拶するが、ケビンは振り向かずに声だけで答える。

「……そうだねえ。ほんとだよ」

 そう言って、一輪の黄色い花を墓前に添える。

 呼吸すらめんどくさいとのたまうケビンだが、こうして毎日この墓に新しい花を一輪添えることだけは欠かさないことを知っている。

「アランはどうなんだい?」

「俺?」

「彼女のこと……忘れられたかい?」

「……まあ、墓参りの数が少なくなる程度には」

「そうかい。相変わらず前向きに生きてるねえ」

「……」

「……」

 二人の間に沈黙が流れる。

「申し訳ないけど……僕は戦わないよ」

 沈黙を破ってケビンはそう言った。

「もう一生分頑張った。元々下級貴族の放蕩息子だったんだ……我ながらよくやったよ」

「『神魔』を倒すために何度も死んだ男にそれを言われると、ぐうの音も出ないな」

 同じ時代を生き、大切な人の喪失という同じ経験をしているアランにはケビンの気持ちはよく分かる。

 しかし。

「でも、俺はお前が戦いに参加すると思ってる」

 アランはそう言い切る。

「いやいや、だからしないって……やめてくれよ。昔からアランが自信もって言ったことは実際にそうなることが多いんだから」

「いや、なるさ」

 アランは再度、確信の籠った声でそう言い切る。

「お前は、どこまで行ってもリースのために頑張ってしまうやつだからな」

「……なんだいそれは」

 ケビンはリースの墓を見つめてそう言った。

 その時だった。

「お話し中のところ、失礼します!!」

 衛兵の一人が、アランたちの方に駆け寄ってきた。

「ケビン様、実はお耳に入れておきたいことが……」

「んー、なに? メンドクサイ内容なら聞いても聞かなかったことにするけど、それでもいいなら聞くよ?」

 ケビンのあまりにも正直すぎる言い草に、衛兵は顔を引きつらせる。

 しかし、すぐに仕事の顔に戻り背筋を伸ばして報告を始める。

「ライドマーク地区の『ベリーベーカリー』で女店主他数名を人質を取った立てこもり事件が発生しました」

「!?」

 その言葉にケビンは目を見開く。

 アランはそれを見てなんとなく察する。

「昨日、パイをくれた女性の店か?」

「……そうだね」

 ケビンは普段の気だるげな声よりも、ワントーン低い声で答える。

「本来はこのくらいの事件でしたら、国王陛下には解決後に書面で伝えさせていただくのですが、犯人は先日ケビン様に報告いただいた外から来た海賊たちのようでして」

「ああ、アイツらか。懲りないな」

 アランは昨日の三人組を思い出しそう呟くと衛兵に尋ねる。

「それで、向こうの要求は?」

「四時間後に国外脱走用の船を一隻、近くの港に用意しろと」

 まあ、政府の要人を人質にしてるわけでもないからそれくらいが妥当だろう。

 人権意識の一番高い第六王国あたりならもう少し高い要求もできただろうが、この国で数名の国民の命をそこまで大きな要求との天秤にかけることは無い。

 ……のだが。

 アランの隣には、今の話を聞いて表情を険しくしている国の代表がいる。

 ケビンは王衣を翻して歩き出した。

「あ、ケビン様。どちらへ!?」

「……ちょっと野暮用がね」

 アランは去ろうとするケビンに声をかける。

「なんだケビン。放っておかないのか?」

 その言葉に足を止めるケビン。

「これからこんなことは山ほど起きるぞ。『魔王軍』との戦いが始まれば国は不安定になる。お前はそれを見てみぬふりをするか、頑張りたくないから見捨てることにしたんじゃなかったのか?」

「……」

 ケビンは少しの間足を止めたが……。

 しかし、黙って再び歩き出す。

 それを見てアランは小さく笑って言う。

「やっぱりお前は、リースのために頑張ってしまうやつだよ」

「……はあ、相変わらず面倒な男だねえ君は」

 ケビンは小さくそんな言葉を呟きながらその場を去って行く。

「お前も、相変わらず不器用なやつだよ」

 アランもその姿を見てそんなことを呟いた。

 そして。

「さて……じゃあ、俺はあっちを対処するかな」

 アランもそう言って、ケビンと別の方向に歩き出してその場を後にする。

 あっちとはいったい何のことだろうか?

 とその場に残った衛兵は首をかしげたのだった。

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