第26話 無敵の遊び人3

 その日の夜。

 第五王国王城の来賓用の部屋でアランは剣の手入れをしていた。

 アランの愛刀は、皇帝マーガレットから賜った直剣である。

 アランの魔力をしやすくなる魔術的な加工がなされており、定期的にメンテナンスをしなければその伝達率は落ちる。

 アランは剣を抜いてテーブルの上に置くと、鞘の方を手に取った。

 そして鞘の先端を持って引っ張ると、パコンと外れる。

 外れた部分に収納されているのが、魔法剣のメンテナンス用の魔法石である。

 アランはそれを手に取ると、剣の刀身を磨いていく。

 むらなく、力を入れすぎず、しかししっかりと磨かなくてはならないため結構難しい。

 しかし、アランの手つきは手慣れたものだった。

「二十年以上やっていなかった作業だけど、体が覚えてるもんだな」

 若い頃は毎日のようにやっていた作業だ。身に沁みついた動作は、そう簡単に忘れるものではない。

「……アイツに最初に手入れの仕方を教わった時は、下手くそすぎて怒られたくらいだったのにな」

 一人そんなことを呟く。

 ちょうどその時。

 コンコンとノックの音が響いた。

 ――アラン様。明日の予定についてのご報告があります。

 可愛らしくもしっかりとした声、ロゼッタの声である。

「どうぞ」

 アランがそう言うと、丁寧な所作でドアを開けロゼッタが部屋に入ってくる。

 こちらの様子を一瞥すると軽く頭を下げた。

 普段はもう少しくだけた所作なのだが、今は仕事モードなのだろう。

「愛剣の手入れの最中申し訳ありません」

「ああ、いいよいいよ。それで明日の予定だっけ?」

 アランがそう言うと、ロゼッタはすぐに頭を上げて報告を始める。

「はい。国王との正式な謁見は明日の12時からになります。その後は、軍務長官が是非アラン様にお会いしたいと言うことでしたので17時から会食の予定ですが、こちらは大丈夫でしょうか?」

「軍務長官ってことは、ああ、ランドのやつか。アイツには大戦の時に色々と世話になったからなあ。うん俺も久しぶりに話したい」

「かしこまりました。では、そのように伝えておきます……」

「……ん? どうしたロゼッタ?」

 ロゼッタはスケジュールの確認が終わったあとも、黙ってその場から動かなかった。

 普段であれば仕事モードの時は、惚れ惚れするくらいキビキビとすぐに次の行動に移るのだが……。

「あの、アラン様。一つ聞いてもいいですか?」

 口調が普段モードに戻った。

 仕事は別の個人的な話ということだろう。

「何でも聞いてくれ。お前に隠すことなんて公務の守秘義務事項以外無いぞ」

「そうですか……」

 なぜか少し頬を緩めるロゼッタ。

「ケビン様のことなんですが、あの戦績は本当なんですか? 別の人の記録と入れ替わってるとかじゃなくて?」

「ああ、そのことか……」

 まあ、今のケビンからは積極的に戦場に赴き、『魔王軍』の兵との戦いに明け暮れる姿は想像できないだろう。

「本当だよ。何度も同じ戦場で戦った俺がそれは保証する。昔のアイツはホントに頑張ってたよ。アイツ以上に『魔王軍』と戦ったやつはいないさ」

 だけど……と、アランは前置きして言う。

「今のケビンは、『頑張る理由』を無くしてしまったんだよ」

「頑張る理由……ですか?」


   □□


 同じ頃。

 王城の国王執務室では、夜分にもかかわらずケビンが仕事机に座っていた。

 いや、むしろ座らされていた。

「……ねえ、あんまり夜遅くまで仕事するのは体によくないと思うんだけど」

「誰のせいだと思ってるんですかこの馬鹿」

 ケビンは帰るや否や、蟀谷に青筋を浮かべた外務大臣に引きずられ執務室に監禁された。

 そして、溜まりに溜まった承認のハンコをひたすらに押していく作業が始まったというわけである。

「こんなのさー。君たちの判断で押しちゃっていいよー」

「そうはいきません。まあ我々も馬鹿に仕事を任せてられませんからなるべく大臣までの権限で処理できるものは処理してますが、どうしても国王に承認が必要なことはあるのです」

「……えー、めんどくさいなあ」

 やはり気怠そうにそんなことを呟くケビン。

 外務大臣は大きな大きなため息をつく。

「はあ、無きリース様を見習って少しは王として祖国のために尽力しようとは思わないんですかこの馬鹿は」

「うん、思わない」

 即答するケビン。

 ピキリと外務大臣の蟀谷に再び血管が浮かび上がる。

 しかし、ケビンは気にせず言う。

「だって、その国のために尽力したリースがすぐ死んだじゃったじゃないか」

「……それは」

 ケビンは今でもよく覚えている。

 20年以上経った今でも、リースとの記憶は目を閉じれば鮮明に思い出す。


 ■■


 ケビン・ライフィセット……いや、ケビン・クリフォードは少年時代、『無敵の遊び人』の名の通り自堕落に遊びまわっていた。

「いやあ、貴族の三男に生まれてラッキーだわ」

 第五王国の貴族の三男は家督相続が無く家からそれなりのお金を貰って過ごせるという遊んで暮らすには一番いいポジジョンである。

 ケビンはその特権を大いに生かし、昼間に起きて日が傾き始めるまでダラダラと過ごし、夜になれば飲み屋とカジノで遊び尽くすという自堕落のお手本のような生活を送っていた。

 しかし、そんなある日。

 十六歳になったケビンは、兄に無理やり連れてこられた王城でのパーティで運命の出会いを果たすことになる。

 それが、第五王国第一王女リース・ライフィセットであった。

 各国に知れ渡る程のその綺麗な容姿ももちろんだが、憂いを秘めたその瞳にケビンはハートを鷲掴みされた。

 この子を笑顔にするのは自分だ!!

 と何の根拠もなくそう思った。

「一目惚れしました。僕が君を一生守る。結婚してくれ」

「……え?」

 当然、いきなり王女の前に飛び出してそんなことを言ったケビンは、周りにいた護衛兵たちに袋叩きにされたが、意外なことにリースからの印象はよかったようで後日、二人で会う約束をすることになる。

「ケビン、私は『戦争』を終わらせて、この国を平和にしたいんです」

 リースはそう言った。

 彼女は王族でありながら『魔王軍』との戦争の最前線で戦っていた。生まれつき体は強いわけではなかったが、魔力の資質は凄まじく高く三種類の属性魔法に適性があった。

 王族として、民の平和を願うものとして、戦える力を天から授かったものとして『魔王軍』を打ち破って第五王国に真の平和をもたらしたい。

 そんな優しい少女だった。

「なら、俺はそんな君を守って見せる!! 俺を君の部隊に入れてくれ!!」

 ケビンは勢いでそんなことを言った。

 正直、ケビンの住んでいる場所は魔族の襲撃が全然無かったので、民の平和がうんぬんにはこれっぽっちも関心が無かったのだが、とにもかくにもリースの気が引きたかったのである。

「……ふふ、面白い人」

 リースはぎこちなかったが、ほんの少しだけ笑った。

「分かったわケビン。一緒に、この国と民に平和をもたらしましょう」


 ■■


「……それで、ケビンのやつはリースのいる戦線に加わった」

「情熱的ですねケビンさん」

 アランの語る若き日のケビンに、ロゼッタは驚いているようだった。

「アイツは根がいい加減だからさ。逆に言えば無責任なくらい思い切りよく行動できるってことなんだよ……んでまあ、最初のうちは完全に足手まといだったらしいな、なにせダラダラ生きてただけの完全なド素人だから」

「まあ、そうでしょうね」

「でも、アイツはリースの気を引きたい一心で戦線に参加し続けた。そして戦いの中で『セーブ&ロード』の能力に目覚めてからは、ロゼッタの調べた通りだな」

 獅子奮迅の活躍で次々に魔族を撃退し、ついには見事『暗黒七星』の一角を倒して国と民を平和に導いた。

「そして戦争が終わってすぐ、共に戦う中で恋仲になったリースと結婚。自堕落に生きてた一人の少年は、見事自分の恋を叶えて英雄になった」

「……物語みたいな人生ですね」

 ロゼッタがそんなことを言った。

 確かにその通りだなと思う。できすぎなくらいの英雄譚だ。

「……でもな。エピローグは『二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ』とはならなかったんだよ」

「どういうことですか?」


「リースは、戦争が終わって一年で死んだ。もともと体が弱い中で戦い続けてたんだ。無理が祟ったんだろうな」


 ロゼッタが息を飲む。

「せっかく掴み取った『平和な世界』を、リースはたった一年しか過ごすことができなかった。ケビンのショックは……大きかったろうな。葬儀には俺も参加したが、涙も流さずに、ただ黙ってリースの亡骸を見つめてたよ」

「……」

 その時にケビンが呟いた言葉を、アランは今でもよく覚えている。


 ――リースはいったい、何のために頑張ってたんだろうねえ。


 自分が頑張って頑張って、手に入れた平和な世界。

 その平和な世界を、たった一年しか過ごせずにこの世を去ってしまった最愛の人。

 彼女のために頑張っていたケビンが頑張る理由を失うには十分すぎるだろう。

「……よし」

 アランは手入れを終えた剣を鞘にしまうと、カタン、とテーブルの上に置いた。

「まあ、俺もケビンの気持ちは分らんでもないからな」

「……アラン様」

 ロゼッタは何かを言いたそうに口を少し開くが、思いとどまったのかすぐに閉じる。

 そして、別の話題に切り替えた。

「それにしても、話を聞く限りケビン様の問題は根深いですね。どう説得すれば協力して貰えるのか……」

「ああ、まあ、なんとかなると思うよ」

 アランは軽い調子でそう言った。

 意外そうな表情をするロゼッタ。

「私にはそうは思えませんが……」

「大丈夫大丈夫。アイツは放っておいても参戦するよ。俺はあくまで直接協力の申し出を聞きに来ただけさ」

 ロゼッタはなんでそんなに自信があるのだろうといった感じで、不思議そうな顔をするのだった。 

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