2巻

第22話 災害VS人間8

「……一匹倒し損ねたか。やっぱり鈍ってるな」


 アランはそう言って目線を下に下げる。

 そして……。


「……はあ、はあ」


 残ったのは、右手と尻尾が切り裂かれたヘビーリィレイだけであった。

 なんのことはない。

 攻撃を受ける瞬間、他の二体が攻撃の範囲外に逃がしたのである。

 それでも、躱しきれずに下半身が半分のとこから持っていかれたようだが何とか生きていた。


(……さすがの生命力といったところかな)


 アランは相変わらずの魔人族のタフさに呆れる。

 しかし、当然もう戦う力は残されていないだろう。


「クソ!! クソ!! クソクソクソオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ヘビーリィレイは赤子のように叫び出した。


「なぜだ!! なぜ!! お前のような奴が……お前らのような奴がいるんだ!! お前らのような奴がいるせいで、私は……私たちは……」


「何のことはか分からないが、たぶん、さっきお前に殺された兵士たちも同じことを思ったんじゃないか?」


 アランはそう言うが。


「下等生物のことなど、知ったことか!!」


 ヘビーリィレイは聞く耳を持たぬという感じだった。


「そうか……じゃあな」


 アランは軽く直剣を振り光の魔力をヘビーリィレイに向けて再度放つ。

 無慈悲な光がその体を飲み込んだ。

 そして、光が消えた後には影も形も残らない……。

 ということにはならなかった。


 不意に現れた男がヘビーリィレイの前に立ち、光の魔力を弾いたのである。


 急に現れた男の正体をアランはよく知っていた。

 もっと言えば姿形だけでなく、光の魔力を真っ向から数十倍の密度の魔力をぶつけることで対抗できる魔人族など、一体しか知らない。


「……本当に生きてたんだな。『魔王』ベルゼビュート」


「光の魔力……懐かしいぞ。『勇者』アラン・グレンジャーよ」


 現れたのは2mを超える長身の男だった。

 人間で言えば二十代後半程。銀色にたなびく長髪、

 均整の取れた堂々たる体躯に精悍で芸術作品のように整った威厳のある顔立ち。

 見た目はほとんど人のそれである。ヘビーリィレイたちのように分かりやすく禍々しい見た目ではない。

 しかし、額にある第三の目と頭から生えた二本の黒い角、なによりその場にいるだけで景色が歪むほどの超高密度の魔力と存在感が、この男が人間ではないということを告げていた。


「……あっ、ああ」


 突如現れた自分たち『魔王軍』の絶対の象徴にして、最強の魔人族であるベルゼビュートに、ヘビーリィレイはひたすらに怯えるばかりであった。

 なぜ、強力な味方が来たというのに怯えているのか?


「勝手に『キャラクターゲート』を使用して人界への攻撃を始めるとはな。ワタシは貴様らには待機しておけと言ったはずだったが?」


「そ、それは……」


 言葉に詰まるヘビーリィレイ。

 どうやらヘビーリィレイたちは独断専行をしたようだった。


「悪いなベルゼビュート。先に二体『暗黒七星』を倒させてもらったぞ」


 アランがそう言うと。


「ふっ、相変わらずだなお前は……なに構わんさ」


 ベルゼビュートは最高戦力を二体も倒されたにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべる。


「こいつらは『暗黒七星』ではないからな」


「なんだと?」


 アランは目を見開く。


「正確には、元『暗黒七星』だ。アランよ魔人族には三つの階級があることは知っているな?」


「ああ」


 魔人族はその見た目と強さで三段階に分類される。

 第三階級『人魔(じんま)』。

 二足歩行型のモンスターに知性と強い魔力が宿った状態である。見た目はほとんど通常のモンスターと変わらない。大半の魔人はこれである。

 第二階級『怪魔(かいま)』。

 『人魔』よりも圧倒的に数が少ない。体は大きく、より禍々しくモンスターらしい見た目をしている。頑丈な体と強力な魔力を持つ。

 魔人族はこの二つの階級がほとんどを占める。

 しかし、極稀に異常種とも言うべき個体が生まれることがある。

 それが目の前のベルゼビュートのいる領域。

 第一階級『神魔(しんま)』。

 『怪魔』から一転して、見た目はほぼ人間である。ベルゼビュートの角や第三の目のように、ベースとなっているモンスターの一部が反映されているだけである。

 しかし、その戦闘能力はまさしく桁が違う。

 『神魔』の戦闘能力は少なく見積もって『怪魔』の10倍以上と言われている。

 ベルゼビュートは言う。


「今回、人界に再侵略を行うにあたり、余は幹部を再編した。徹底的な実力主義を掲げ魔界中の強者を集めた。そして集まった七体の魔人こそが新たなる絶望の星、『真・暗黒七星』!!」


「『真・暗黒七星』……だと!?」


「再会ついでに……一つ教えておこう」


 ベルゼビュートは一本指を立て、驚愕の真実を告げる。


「『真・暗黒七星』は、全員が『神魔』だ」


「!?」


 さすがのアランもこれには驚愕せざるをえなかった。

 前回の大戦では暗黒七星に『神魔』はベルゼビュートを含めて二体しかいなかった。

 それでも人類は絶滅寸前まで滅びかけたのである。


(……それが今度は七体か、とんでもないことになるな)


「まあ、そういうわけでな」


 ベルゼビュートはヘビーリィレイの方を見て言う。


「この者たちは実力競争に敗れて地位を追われた『元暗黒七星』だ。貴様ら七英雄に前の暗黒七星が敗れた後、仮でこの地位にいただけの……まあ、取るに足らん者たちだな」


 ベルゼビュートはそう切り捨てた。

 一人一人が災害の名を冠し、それに恥じない実力を見せた魔人たちを「取るに足らない」と。


「……なるほどな。大方、先に侵略を完成させて幹部に返り咲こうとしたってとこか」


 アランがそう言うと、ヘビーリィレイは顔を伏せた。

 どうやら図星だったような。

 それを見てベルゼビュートは言う。


「……なるほど。なぜこんな無意味な独断先行をしたのかと思ったが、それが理由か。相変わらず弱者の考えることは分からんな」


「そういうところも相変わらずだな魔王」


「ふっ。これでも前回貴様ら人間に敗れた反省を生かし、理解に努めようとはしているのだがな」


「……それでどうする?」


 アランは剣を構えながら言う。


「戦うか? 正直今の状態でお前とやり合うのは厳しいが、それでも負けてやるわけにはいかないぞ」


「ほう?」


 両者の間に緊張が走る。

 しかし。


「ふっ、やめておこう。そんな満身創痍のお前を倒しても意味がない。貴様へのリベンジは、万全のお前を倒してこそ成せるものだからな」


「やっぱり、そうか……お前はそういうやつだよな」


 前回死力を尽くして戦ったアランは知っている。

 魔王ベルゼビュートは生まれながらの絶対的強者であり、非常に気位が高い。


「お返しに、俺も一つ教えておこうベルゼビュート」


 だからこそ、そこに戦い方の余地がある。


「『封印石』は、七大国それぞれの王宮の地下に置かれている」


「……ほう?」


 アランの言葉を聞いた瞬間、ベルゼビュートは愉快そうな顔をした。


「クククッ、なるほど。必要以上の被害を出さないためか。よかろう、その挑発乗ろうじゃないか」


 ベルゼビュートは言う。


「その判断が人類の滅亡を招かないといいな『勇者』よ」


「そうはならないさ。俺と俺の戦友たちがお前らを倒す」


「ふっ。それでこそ25年前ワタシを破った男だ」


 ベルゼビュートがそう言うと、足元から黒い魔力が噴き出した。

 その闇が、ベルゼビュートとヘビーリィレイを飲み込む。


 ――貴様との再戦、楽しみにしているぞ。


 そう言い残し、ベルゼビュートはヘビーリィレイと共に姿を消したのだった。


「……ふう」


 アランはそれを確認すると剣を下す。


「『真暗黒七星』か……」


 アランはついさっき知った強敵の名を口にする。

 間違いなく前回よりも苦しい戦いになるだろう、早く帰って七英雄たちに情報を伝えねばらならない。

 その時。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 と少し離れた場所から歓声が聞こえてきた。

 『魔王軍』と『人類防衛連合』の戦いが行われていた方である。

 その声は人間たちのもの、恐らく戦線に戻った『グレートシックス』たちの活躍で『人類防衛連合』側が勝利したのだろう。


「だがまあ……ひとまずは、この勝利を喜ぶとするか」


 アランはそう呟いて剣を鞘に納めたのだった。


   □□


 『魔王城』。

 魔界に存在する最大の建築物であり、建設されている場所は凄まじいまでの瘴気が漂うため、弱い魔人族は近づくことすらできない。

 その中にある、大広間にヘビーリィレイは気が付けばワープしていた。

 隣に立つベルゼビュートが時空転移魔法を使ったのである。


「べ、ベルゼビュート様……」


 ヘビーリィレイは何か言い訳をしようと口を開いたが。


「ああ、よいぞヘビーリィレイ。正直、貴様らのことはどうでもいいのでな」


 本当に興味なしと言った感じで、ベルゼビュートはこちらに目もくれずに大広間の奥へ進んでいく。

 その時。


「よお。ベルゼビュート」


 一人の男が背後から現れた。

 ベルゼビュートほどではないが長身の男である。

 見た目はほとんど人間。長身で野性的な鋭い眼光を放つ男である。

 その体の至ることろには龍の鱗の斑模様があった。

 魔人族でありながら、人間にに近い見た目をした存在。

 ヘビーリィレイたちよりも上のランクに位置する『神魔』である。


「……ゲオルギウスか」


 呼び捨てにされたにもかかわらず気にした様子はなくベルゼビュートはそちらに視線を向ける。


「自分で呼んどいておせーよ。暇だったんで、すれ違った時にガンくれたやつらぶっ壊して遊んでたわ」


 そう言うとゲオルギウスは手に持っていた、四体分の魔人の生首を床に放り投げた。


「お、お前たち……」


 その首の主はヘビーリィレイと同じ、元暗黒七星の面々であった


「こいつら弱すぎて大して時間つぶしにもならなかったけどな」


 そう言って傷一つ付いていないゲオルギウスは、嗜虐的な笑いを浮かべる。


「構わん。弱いほうが悪い」


 呆然とするヘビーリィレイを背に、何事もなかったかのようにベルゼビュートとゲオルギウスは大広間の奥に歩いていく。

 大広間の奥には一台の長テーブル。

 左右に三つそして奥に一つ、椅子が置かれている。

 ゲオルギウスは左側の空いている席にドカリと座り込んだ。

 それを見てベルゼビュートは言う。


「さて、全員揃ったか」


 そこに集いしは、7体の凄まじい魔力を放つ『神魔』たち。


『暴虐龍』ゲオルギウス。

『遊戯神』アデク。

『孤高の剣聖獣』マスター・ユニコーン。

『究極スライム』アトランティス。

『邪骨王』グレイブ。

『虚構生命』ロキ。

 そして……『魔王』ベルゼビュート。


 一体一体が一国を滅ぼすほどの力を持った怪物たちが一同に会する様は、絶望的であり同時に壮観でもあった。

 ベルゼビュートは奥の席に静かに腰をかけると、厳かな口調で言う。


「では……戦争を始めよう」。 

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