第18話 災害VS人間4

「おのれ下等生物があああああああああああああああああああああああ!!」


 ヘビーリィレイの怒りの咆哮が響き渡った。


「我ら『暗黒七星』舐めるなよ!!」


 ここまでアランに全くまともにダメージを与えることができず、『魔王軍』最高戦力としての矜持が傷つけられたのだろう。

 凄まじい量の魔力を一つの雲に込める。


「ソレハ、オマエノ体ニモダメージガ」


「知ったことか。その前に倒せばいいだけよ」


 ヘビーリィレイの雲は凄まじいサイズまで膨れ上がった。

 その雲は天まで舞い上がり、戦場を覆いつくす。


「恐れおののきなさい、『マザーレイン』!!」


 雲から凄まじい勢いで水撃が発射された。

 攻撃の方法は『ハンマーレイ』と同じだが、水の速度が桁違いだった。

 しかし、いくら早くても直線的ならアランにとっては大差ない。

 いとも簡単に、アランはそれを躱すが。


「無駄よ。水は全てを押し流す」


 次の瞬間。

 まるで雨のごとく一斉に隙間なく、水の槍が降り注いだ。

 回避を許さぬ超範囲攻撃である。


 ドコオオオオオオオ!!


 とまるで同時に何万個もの爆薬が爆発したかのような轟音が響き渡った。

 範囲内全ての生物を貫き押しつぶす死の雨。

 まさに、ヘビーリィレイを象徴する必殺技といったところだろう。


「……忌々しい。これでもまだ生きているとは」


 アランはその中で、何とか生きていた。

 最も豪雨の薄い部分を見つけ、そこでバリアを使って攻撃を逸らしたのである。


「……はあ、はあ」


 しかし、さすがに今の豪雨を受け流すのはかなり体力を削られた。

 だが、そんなことは完全に頭にきてしまっているヘビーリィレイには関係ないようだった。ただひたすら、目の前でまだアランが生きているのが不愉快らしい。


「殺す!!」


 殺意と共に、再び魔力を雲に込める。


「ハハハ。コウナッタラコイツハ厄介ダゾ。果タシテ、ドコマデ体力ガ持ツカナ?」


「それでも、何とかしてみせるさ」


 そう宣言して、剣を構えながらアランは呟く。


「……諦めは生まれる前に置いてきたからな」


   ■■


 アラン・グレンジャーは『転生者』であった。

 この世界に生まれる前、文明が発達した世界の『地球』という星の豊かで平和な国で生きていた一人の男だった。

 科学知識などは記憶から抜け落ちていたが、アランは生まれた時から一人分の記憶を持っていたのだ。

 そんなアランが、前世の自分の記憶の中で一番印象に残っている場面がある。

 白いベッドに白い天井。

 そして全身に透明な管を通された老いた男。

 前世の自分が死ぬ直前。今際の姿だった。


(……これで終わりか)


 老いた男は、自らの心電図の音が小さくなっていくのを聞いて最後を悟った。

 薄れていく意識の中で、男は自分のこれまでの人生を振り返る。

 男は非常に普通の人生を送ってきた人間だった。

 少し裕福な両親の元に生まれ。

 普通に学校を出て。

 普通に仕事に就き。

 普通に年を取って。

 普通に病にかかった。

 そして齢八十二歳の今、特に何事もなく静かに息を引き取ろうとしている。

 そんな普通な、一人の人間だった。


「……ぁぁ」


 しわがれた口元から声が漏れる。

 これがこの男の生涯最後の言葉になるだろう。

 普通の人生をやりきった男が死ぬ前に、何を思い何を一人呟くのか?

 『自分なりによくやったと』平凡な自分の歩みに、満足して笑顔で行くのだろうか?

 しかし、そこで口にしたのは。


「こんなにも……こんなにも、後悔するのか……」


 そんな言葉だった。

 本当は男にはやりたいことが沢山あった。

 中学のころはプロ野球選手。高校と大学の頃は漫画家。社会人になってからは起業をして自分の会社を作ってみたかった。

 でも男はそれらから逃げてきた。

 親から野球の名門校に行ったらどうだと言われたことがあった。小さな賞だが書いていた漫画が受賞したことがあった、同僚に会社を辞めて一緒に起業しないかと言われたことがあった。

 人生の中でチャンスはいくらでもあったのに、男はとにかく安全な道を選んできた。

 困難や挑戦を避けて生きてきた。

 そのおかげでこうして平穏に長い人生を過ごせたのは間違いない。

 だが……。

 その選んできた堅実な道の代償が、今わの際で後悔となって男に押し寄せる。


(なんでワタシは……ずっと逃げて来てしまったんだ。一回しか……本当に一回しかない人生なのに……)


 老人の瞳から涙がこぼれる。

 今更になって「あの時、ああしておけばよかった」という思いがとめどなく溢れ出てくる。

 嫌だ。

 このまま、後悔したまま死ぬのは嫌だ。

 心は見苦しくもがこうとしても、老いた手足は動いてくれない。

 何もかも遅いのだと、残酷な現実を突きつけてくる。


(……誰でもいい。神でも天使でも悪魔でも)


 男は心から祈った。


(どうか、他には何もいらないから……どうかワタシに、もう一度自由に動く手足をくれ)


 もしも、もしもそれが叶ったなら。

 誓おう。

 次の人生では、その世界で一番困難なことに真っ向から挑戦すると。


 ――その願いが通じたのか。

 ふと気が付くと、男は自分の知らない世界にアランと名づけられた赤子として生を受けた。

 その世界では人類は『魔王軍』と戦っており、魔王討伐が全人類の悲願だった。

 ああ、これだ。

 『魔王を倒して英雄になる』。

 俺の二度目の人生は、これを達成するために使おう。

 アランはそう決めた。

 しかし、アランが生まれたのはスラム街。しかも、どうやら特別な生まれ持った才能を何か持っているわけでもない。

 そんな劣悪な環境だった。

 当然周囲の人々は「オマエが魔王を倒すなんて無理だ」と言った。


(知ったことか。今度こそ……後悔の無い人生を生きてやる)


 アランはスラムを何とか生き延びて、独学で文字を覚え騎士団に志願した。

 そして、入隊後は鬼教官が心配して止めに入るほどに誰よりも訓練に励んでいたアランだったが、そこにあの事件が起きる。


 属性適性検査での、まさかの全属性不適合である。


 教官や検査官たちはなんと声をかければいいか分からないようだった。

 しかし。


「ああ……」


 だが、アランにとってこの検査結果は福音だった。

 アランは分かっていた。

 前世の自分が困難な挑戦から逃げてきた理由。

 それは……中途半端に恵まれていたからだ。

 裕福で平和な国に生まれ、まともな両親の元に育ち、最低限のことをやっていれば豊かに生活することができた。

 そんな『安全な普通』を失うのが怖くて、自分は挑戦ができなかったのだ。

 だが、今の自分には何もない。

 スラムに生まれ、身体能力は平凡、そして魔法の才能に関しては「世界で一番無い」と今証明されたのだ。

 だから、アランは呟いた。


「ありがとう」


 と。

 ありがとう『今の俺』。

 こんなに初めから何もなかったら、もう前に進むしか無い。

 俺は何の躊躇もすることなく、この命を定めた目標に使うことができる。


 そして、アランは魔王を倒すために圧倒的な無茶を続けた。

 アランがやったことは単純だ。

 異常な訓練の量と密度。そして、あえて今の自分の実力では死ぬ可能性の高い戦場で戦い続けたのである。

 戦って強くなれば、またもっと危険で高レベルな戦場へ。

 普通は強くなれば一度腰を落ち着けて、ある程度安全を確保してから新しいレベルに挑戦するものだが、アランは安全(そんなもの)には目もくれなかった。

 周囲からは自殺志願者と言われる程だったが、アランとしては何のこともない。

 自分のような無才が魔王を倒せるようになるには、そういう命がけの戦場に立ち続け己を磨くしかないのだ。

 それで死んだとしても構わない。

 この命は『魔王を倒す』ために使うと決めたのだから。

 アランの明らかに無謀な戦いは、しかし、その異常な執念でいくつもの勝利を積み上げていった。

 当然、誰よりも最前線で己を磨き続けるアランは戦士としての実力を恐ろしい勢いでつけていった。

 それでも、もっと高いレベルへ。

 もっと危険な戦場へ。

 もっと、もっと。

 最強の魔人族、魔王の首にこの剣が届くまで。

 そんな鬼気迫る姿を見て、自然と人々はアランのことをこう呼んだ。

 『勇者』と。

 勇気ある戦士と。

 そして、アランの勇気と執念はその手に究極とまで呼べる戦闘技能を身につけさせ、ついに魔王をその手で倒し最終戦争を終結させた。


 七英雄で最も才能の無い男、アラン・グレンジャー。

 我の強い七英雄たちが、自分たちのリーダーと認める英雄の中の英雄である。


   □□


「死ねえええええええええ!!」


 ヘビーリィレイが次々と雲から水の槍を降らせる。


「『グレートエクスプロージョン』!!」


 さらにその攻撃の合間にもボルケーノが広範囲攻撃を叩きこむ。

 それに対し。


「はあ!!」


 アランは真っ向から挑む。

 水流を受け流し、マグマを躱し、絶妙なタイミングで距離を詰めて切る。


「ぐあ!!」

「ヌウ!!」


 残念なことに一撃の威力が高いわけではないため、致命傷にはならないが何度も切りつけられた二体の体は確実にダメージを蓄積していた。

 一方、アランは未だに一撃もまともに攻撃を受けていなかった。

 見事な受け流しの技術を駆使して、全ての攻撃をいなしていた。


「……はあ。はあ」


 しかし、その代償にアランの体力はみるみる削れていく。

 もはやこの戦いの要点は「アランの体力が尽きる前に二体を倒しきれるか?」というところにかかってる状態だった。

 しかし、歩く自然災害とも言うべき二体を相手に、そんな勝つ負けるかの勝負になっていることが脅威以外の何物でもない。


「平均的ナ能力値シカ持タズニ、我々ヲ、ココマデ追イ込ムトハ……」

「……どっちが化け物よ」


 アランがやっていることは単純である。

 敵の動きを経験と観察眼で先読みし、一切無駄の無い体裁きで流れるように動き、そこに「スタンダードワープ」や「スタンダードミラージュ』と言った基礎的な魔法を高速で発動することで敵を幻惑する。

 そして相手の隙を見計らって一気に踏み込み、攻撃に転じる。

 それらを一切集中を乱すことなく続けること。

 そんな白兵戦の教本に載っているような戦い方を、この男は極めつくしていた。

 『当たり前のことを当たり前にやる』たったそれだけで災害を司る怪物二体を真っ向から相手取っているのだ。

 なんという恐るべき戦闘技術と戦闘経験。

 もはや人類の限界点を実現してると言ってもいいだろう。

 明らかにまともな神経で身につくものじゃない。


 仮にこの男がまともに属性魔法を使えたら?

 若い頃の全盛期の魔力量と身体能力を持っていたら?


 そう思うと魔人たちは背ずじが凍る。

 アランは言う。


「一つ勘違いをしているが、俺は若い頃から、魔力も身体能力も特別高いわけじゃなかったぞ。年を取ってさらに落ちたのは間違いないがな……だからこそ」


 もはや芸術的とまで言える効率的な足さばきで、二体の魔人の攻撃を躱していくアラン。


「俺は『当たり前のことを圧倒的なレベル』でやれるようにしたのさ。このスペックの低さで最終戦争を勝ち抜くにはそうするしかなかったからな」


 剣撃の動きを一切乱すことなく驚異的な集中力で戦闘を続ける。


「人間は知識と訓練と経験でどこまでだって強くなれる。人の可能性を舐めるなよ魔人ども」


 次々に繰り出す剣撃が二体の魔人を切り刻んでいく。

 しかし、やはり問題は体力。呼吸がいい加減苦しくなってきた。


「……ふう。もってくれよ、俺の体力」


 アランがそう呟いた。

 その時だった。


 アランの足元に一本の黄色い羽が飛来した。


「雷帝駆けろ『フェザーボルト』」


「!?」


 アランの全く予想していなかった方向から、雷撃が飛んできた。


「ぐあっ!!」


 さすがのこれにはアランも反応しきれずに食らってしまう。

 くらいはしたが超人的な瞬時の判断で、全身にまとう魔力防壁を最高レベルまで上げため、威力をかなり減じることができた。

 しかし、そもそもアランの魔力防壁は強くないことと、攻撃の威力が凄まじいのもあり、アランは膝をついてしまう。


「ぐっ……」


(今の雷撃……かなりの威力だ。それこそ、ヘビーリィレイとボルケーノに匹敵するレベルの)


 アランのその見立ては正しかった。


「かっはっはっはっ!! 手間取ってるみてえじゃねえの、お二人さん」


 戦場に似つかわしくない、陽気そうな声が響き渡った。

 現れたのは黄色の鷲だった。サンダーイーグルをベースにした4m級の魔人である。

 黄色い羽に覆われた全身は常にバチバチと帯電してあり、大きな三白眼と巨大なクチバシは戦場にありながら愉快そうに笑っている。


「暗黒七星。光速の雷帝、落雷(サンダーボルト)。助太刀するぜ?」


――――

(あとがき)

 はい、というわけで三話連続投稿でした。

 さすがに進み過ぎたので次回からはペースを落とそうと思います汗(岸馬の作品は書籍を買ってくださる方のために、WEB版より書籍の方が少し先行するようにしています)。

 次回の投稿は来月を予定していますのでしばしお待ちを。

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