第19話 災害VS人間5

 会議室では、映写魔法で戦いを見ていたサイモン長官が叫んだ。


「さ、三人目の『暗黒七星』だと!?」


 さすがに誰も想像していなかった事態である。

 サイモン長官だけでなく、会議場にいる大臣たちも大きくざわつく。

 しかし。


「おやおや。あれだけの魔人をこの短期間で複数送って来られるとはね」

「ああ、やっぱり新しい『魔王軍』の空間移動魔法は、前回のものと根本的に違うらしい」

「厄介な話しねえ。アタシたちが魔界に行って魔族を滅ぼさないとなんてことにならないといいけど」

「ええー、それはホントに勘弁してほしいんですけど」


 ドーラもデレクもイザベラも、ついでにビビりのはずのマーガレットもどうにも落ち着いた様子だった。

 残る二人の英雄も特に焦った様子はない。

 サイモン長官そんな三人に言う。


「……ずいぶんと落ちついてますな。戦友が絶対絶命のピンチなのに」


 会場中の思いを代弁したサイモン長官の言葉に。


「問題ありません。アラン様は勝ちます」


 答えたのは七英雄でもマーガレットでもなく、アランの従者のメイド、ロゼッタだった。


「……なんだ君は。従者ごときに発言を許可した覚えはないが?」


「私はアラン様の従者なので、アナタごときに発言を許可される覚えはありません」


 相変わらず遠慮なく言いたいことを言うロゼッタに、サイモン長官の眉がひきつる。


「こ、この小娘……」


 しかし、こんな身分の低い女にいちいち感情を荒げては負けであると、一つ咳払いをして平静な感じを装って言う。


「……ふう。まあ、戦いというものを知らない使用人には現実的な戦況の分析は期待できんか。ワタシからすれば二人を相手にしていた時でも、なんとか戦っていたのは明白だ。もう一人加わってはさすがに」


「いや。そのお嬢ちゃんの言う通りだよ」


 そう言ったのはデレクだった。


「どうせ勝つのはアランさ」


「ほう、デレク殿。それは一体、何を根拠に?」


 サイモン長官としては、これに関しては実に真面目な戦況の分析であった。

 2体の『暗黒七星』を相手に、平凡なスペックでありながら真っ向から渡り合ったアランは確かに驚異的である。悔しいが、さすがは七英雄と言わざるを得ない。

 だが、それでも3体同時に相手にするのは無理だ。

 確かにサイモン長官はアランが戦場に行くまでは「何とかして自分たちだけで戦えるようにするための詭弁」を労していた。

 しかし、今回に関しては「誰が見てもそう結論付けること」を言っているに過ぎない。


「根拠? そんなの決まってるじゃないか」


 しかし、デレクの口から出てきたのは信じがたい言葉だった。


「アイツが『勇者』だからだよ」


「……はい?」


 意味不明の返答に、思わず間の抜けた声を上げるサイモン長官。

 それは会場にいる大臣たちも同じだった。

 しかし、デレクはそんな彼らに構わず言う。


「『勇者』ってのはどれだけ追い込まれても、最後は「勇気」を震わせて立ち上がって逆転する。どんな物語でもそうだろう? だからアイツは絶対に勝つ」


「な、なんだそのメチャクチャな理屈は!?」


「そうだねえ。メチャクチャだと僕も思うんだけどねえ」


 デレクはサイモン長官の否定の言葉を否定しない、どれどころか心の底から同意してくる。


「あの男ほど諦めの悪い人間はいないわね」

「そうだねえ。バカげた男だよ」

「だからこそ、アランさんが『魔王』を倒したと、私は思ってますけどね」


 他の英雄たちも誰一人、デレクの理屈も、それをバカバカしいと言ったサイモン長官の言葉を否定しない。

 デレクは楽しそうに、しかしどこか呆れた感じで言う。


「今に見てなよ。アランのやつが追い込まれて追い込まれてボロボロになったあとに『なにか叫んで立ち上がったら』アイツらは終わりさ。まあ要は、何事も『最後は気持ち』って事なんじゃないかな?」


 デレクはそんな風に、投げやりにまとめたのだった。


   □□


 さて、そんなことが会議室で話されている間に、戦況は見事にサイモン長官や大臣たちが予想したような一方的なものになっていた。


「『ハンマーレイ』!!」

「『グレートエクスプロージョン』!!」

「『ライトニングフェザー』!!」


 水流の槌が。

 高熱の岩石が。

 稲妻を纏った羽が。

 三体の魔人の繰り出す高威力広範囲攻撃が次々にアランに襲いかかる。


「……くっ!!」


 さすがにこれにはアランも躱すのが精いっぱいで、反撃をする暇が全く見いだせずにいた。

 さらに深刻なのが、先ほど不意打ちで受けた雷撃のダメージである。

 ただでさえ兵士の平均程度しかないアランの体の機能が低下していた。そんな中動くため、当然先ほどよりも体力の減りは激しい。


「あははははは!! さすがにここまで有利になると、面白みに欠けるわねえ!!」


 そんなことを言いつつも、非常に楽し気なヘビーリィレイの高笑いが響く。


「ヒュー!! 人間の癖に、いい動きするじゃねねえの、あのオッサン」


 新たに現れた『暗黒七星』のサンダーボルトは、まるで祭りにでも来ているかのように軽い声で言う。


「トハイエ、我ラ三体ヲ前ニ、マダ生キテイルノハ驚愕ニ値スルガナ」


 そう。

 まったく反撃できる様子は無くても、少なくともアランは災害のごとき攻撃に晒され続けてもまだ生きているのだ。


「……言ったろう。絶体絶命は慣れていると」


 アランはそう言って死地で生き続ける。


 水撃が襲い掛かる。

 絶妙な技術で逸らす。

 マグマの塊が襲い掛かる。

 移動魔法を駆使して躱す。

 光速で雷が飛来する。

 攻撃を誘導して分身に攻撃させる。


 粘る。粘る。どこまでもアランは粘る。

 数分も経たずに終わると思った3対1の戦いは、いつの間にか十分以上経っていた。


「……はあ、はあ、っはあ」


 明らかにアランは体力が尽きかけている。

 しかし。


「えーい、しぶといにも程があるぞ!! なんなんだ貴様は!!」


「ああ……クレイジーだぜ、ホントに」


 状況だけ見れば圧倒的に有利なはずの魔人たちの方がどこか焦り出していた。

 なぜまだ生きている。

 戦闘技術が驚異的なまでに高いのは分かる。

 それでも、並みの兵士よりいくらかマシな程度のスペックでここまで生き残るのは異常である。そもそも、現状躱すのに精いっぱいで反撃の目はない。

 それなのに、極限の集中力を要する戦闘を続けられるというのがおかしい。

 普通はもう楽になってしまいたいと頭にちらつくはずだ。その瞬間に集中は乱れ、魔人たちの攻撃の餌食になるだろう。

 だが、目の前の男はそうはならない。

 未だその目は生気を失わす、こちらを真っすぐに見つめる。


「コレ以上ハ、モタモタシテイラレナイ。ヘビーリィレイ、サンダーボルト、アレヲヤルゾ」


 ボルケーノは二体の仲間にそう言った。


「へえ、あれか。おめえなかなかファンキーだなあ」


「止むをえんか……」


 そう言うと、ヘビーリィレイは手を天にかざす。

 そこに生み出される巨大な水の球。

 『グレートシックス』に止めを刺そうとしたときに使用した技である。


「くらえ下等生物」


 ヘビーリィレイは水の塊を上空に放つ。


「ハア!!」

「ヒャッハー」


 そこにボルケーノとサンダーボルトが最大威力のマグマと電撃を打ち込んだ。


「「「災害融合『スチームエクスプロージョン』!!」」」


 次の瞬間。戦場を衝撃と熱が覆った。

 衝撃と熱の正体は、熱と電気によって一瞬で蒸発した水分である。

 水蒸気爆発の威力は凄まじく、地面を抉り、建物を破壊し、木々をなぎ倒し、岩盤を砕く。

 戦っているうちに、他の兵たちとは離れた場所に移動していたため彼らに大きな被害は無かった。

 しかし。


「ぐっ!!」


 アランはその攻撃をもろにくらって吹き飛ばされる。

 今回の攻撃は防げなかった。というか、防げるわけがないものだった。

 まるで弾丸ような勢いで吹き飛ばされ何十メートルも吹き飛び、廃墟と化した建物の一つに突っ込んだ。

 ゴシャア!!

 という、人体から聞こえていいものではない激しい激突音と共に、アランが突っ込んだ廃墟が崩壊し瓦礫がその上に降り注ぐ。


「ふん。見たか下等生物が……ぐっ」


 その様子を見て、自らの勝利を確信したヘビーリィレイだったが、彼女自身もかなりのダメージを受けていた。

 それは他の二人の魔人も同じである。


「コノ攻撃は、敵味方ノ関係ナイ『完全空間包囲攻撃』ダカラナ」


「要は自爆攻撃みたいなもんだよな。俺らの体がアイツより頑丈だからやれる代物だぜ」


 ボルケーノとサンダーボルトも、衝撃でヒビ割れた体の裂け目から体液を滴らせながら言う。


「だが、それゆえに受け流すことも回避することもできないわ」


 そう『スチームエクスプロージョン』は、空間全体に高熱の水蒸を凄まじい勢いでバラまく技である。

 これならいくら技量があろうが躱すのも受け流すのも無理である。

 三体にとっては、この後の侵略行動のことを考えればここで必要以上にダメージを負うことは避けたかったのだが、背に腹は代えられないというやつである。


「……サテ、戻ロウ。思ッタヨリモ時間ヲトラレタ」


 あの人間は、あくまで身体能力的には並みの兵士レベルだ。

 あの勢いで吹っ飛べば助からないだろう。

 そう思い、三体はその場を去ろうとした。

 その時。


 廃墟の瓦礫がガラガラと動いた。


「バカな……」


 三体の魔人は信じがたいものを見る目でそれを見る。

 全身傷だらけのアランが、瓦礫の中から這い出して来たのである。


「あれを食らって生きているというの!?」


 ヘビーリィレイがそう叫ぶ。


「落チ着ツケ」


「そうだぜ。とっさに防御魔法を最大レベルで使ったんだろうが、見ろ」


 サンダーボルトは自らの鋭い爪のついた指を、アランに向けて言う。


「膝をついたまま立ち上がる体力もねえ。どう見ても満身創痍だぜ。攻撃はバッチリ食らってんだよ」


「そ、そうか。ならば、ワタシが直々に止めを差してやるわ」


 そう言ってべビーリィレイが雲に魔力を込めた。

 次の瞬間。


 アランの鋭い眼光が、三人の魔人を真っすぐに見据えた。


「「「!?」」」


 ゾワリ!!

 と三体の暗黒七星に悪寒が駆け巡った。

 体はボロボロで膝をつき、今なら子供でも倒せるんじゃないかというような有様なのに、災害を司る魔人たちは気圧される。


「……行かせるわけにはいかない」


 アランは息も絶え絶えにそう言った。


「しつこい……あまりにもしつこいぞ人間!! いい加減諦めろ!!」


「……諦めか。俺一人なら……そうだな。それもいいかもしれんな。なにせとっくに叶えたい夢は叶えてる。特に未練もないさ」


 だがな、とアランは続ける。 


「お前らを行かせれば……また『人類防衛連合』との戦線に戻り、今度こそアイツらを容赦なく全滅させるだろう……」


 アランは膝をついたまま落ちていた剣を手に取る。


「それを許すわけには……いかないんだよ。ロートルの役目は若い連中を守ってやることだからな……少なくとも俺はそう決めた」


 ……そして。


 ほんの十分ほど前に、『僧侶』デレク・ヘンダーソンの言った「その時」は訪れた。


 アランは立ち上がると剣の切っ先を敵に向けて言う。


「来い!! 魔人ども!! 貴様らに若い連中の未来と可能性は奪わせん!!」


「黙れええええええええええええええ!! 死にぞこないがあああああああああああ!!」


 ヘビーリィレイがそう叫ぶのを皮切りに、三体は再び災害レベルの猛攻をアランに向けて放った。

 アランは軋みを上げる体を精神力で無理やり動かして駆け出した。

 3体の災害に向けて、躊躇なく突っ込んでいく。

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