第14話 緊急事態発生4

「お待たせしました。イザベラ様」


 そう言って現れたのは、イザベラの従者であるセシリアだった。


「だいぶと遅かったわね」


「申し訳ありません。なかなかに往生際の悪い方々だったもので」


 セシリアが手に持っていた紙を受けとったイザベラは、それをサイモン長官に見えるようにして言う。


「ってわけで、第一王国に関しては指揮権が及ばなくなったわよ。長官殿?」


「そ、それは!?」


 イザベラが手に持った紙を見たサイモン長官は飛び出すのではないかと錯覚するほど目を見開く。

 その紙は『緊急時における、第一王国への指揮権限返還の宣言』が書かれたものであった。

 その名の通り、『人類防衛連合』が何かしらの理由で指揮を十全に取れなくなった場合に、各国に指揮権限を戻すための宣言であり、連合規定の22条に記載されている。

 王国側が『人類防衛連合』に申請するものであるが、実際にこの宣言を活用するのは不可能に近かった。

 なぜなら、宣言の発行には『人類防衛連合』の長官本人か、5人いる副長官のうち3人の署名が必要だからである。

 当然、自分たちの要の権限である有事の際の指揮権を返還することをよしとする人間など『人類防衛連合』にいるはずもない。よって、名目上一応書いてあるだけの規定であったが。


「……バカな。なぜ三人分の署名が集まっているのだ!!」


 なんと、イザベラが手にもつ宣誓書には、確かにサイモン長官の知る副長官三名の字でサインがしてあった。


「まさか、脅迫したなイザベラ貴様!!」


「あら心外だわ。ただまあ、副長官たちの前で彼らの皆に知られたくない昔話をするように部下に伝えたけどね」


「それを脅迫というのだろうが!!」


 アランはイザベラのほうを見る。


「……感謝するイザベラ。それにしても、なんで宣誓書が必要になるって分かったんだ?」


 この宣誓書は事前に準備しておかないと副長官たちのサインを取ってくるのは不可能だろう。


「あら? 『人類防衛連合』の資金状況とかを見れば、簡単にこの程度の動き予想できるわよ」


 普通にできないと思ったアランであった。

 さすがは政略の怪物といったところか。

 とはいえ、これで第一王国は国王のマーガレットに指揮権が戻る。

 そうすれば第一王国所属のアランだけだが、戦場に向かうことは可能になる。


「さて、じゃあサイモン長官どの。ここに署名してもらおうかしら。『宣言が採択された場合は長官は直ちに署名をし、宣言を承認しなくてはならない』って決まりだものね?」


 イザベラはそう言うと、テーブルの上にペンを宣誓の書かれた紙を置く。


「ぐぬう……」


 サイモン長官は心底悔し気に顔を真っ赤にして歯を食いしばっていたが。


「……やむをえんか」


 そう言って、立ち上がるとゆっくりと宣誓書がおかれたテーブルに向けて歩き出す。

 そう、ゆっくりと。

 まるで、カメかナメクジの進行速度化と見まごうばかりの緩慢な動きで。


「何をしてるんだ、早くしろ!!」


 アランがそう言うが。


「いや申し訳ない。絶対なる連合規定にしたがって、すぐにサインをしようと思うのだがこうして年をどうも動きが遅くなりましてな」


 と、意地の悪そうな表情でそんなことを言ってくるサイモン長官。


「この期に及んで牛歩戦術だと……どこまでふざけてるんだアンタは」


「まさか、そんなつもりは全くありませんぞ。ただ、先ほどアラン殿に突き飛ばされたせいか全身痛くて痛くて、ゆっくりと動かざるをえんわけです。いやはや困った」


 ……この野郎。


「いいでしょう。それならこっちにも考えがあります」


「ぬ?」


 アランは一連のやり取りを楽しそうに見ていた、『僧侶』デレクを方を見た。


「おや? 僕にお悩み相談かなアラン?」


「デレク、ユニランド領の伯爵の農園で作られるワインがお気に入りだったな」


「そうだね。あの絶妙な渋みはなかなか他では出せないよ」


「市場に出回ってるものも十分に高級で高品質だが、実は一番出来がいいものはユニランド家の身内にしか振舞わないというのは知っているか?」


「……ほう」


「『ユニランドルビー』と呼ばれているんだがな。ジンジャー侯爵に頼んで4樽用意させよう」


「素晴らしい戦友を持って僕は幸せだねえ」


 デレクはそう言うと邪悪な笑顔をサイモン長官に向けた。


「な、なんだ。さっきから何を話して……」


「はい、署名ごくろうさま」


 デレクがそう言ったところで、ようやくサイモンは気づく。


「……はっ!! いつの間に!?」


 サイモン長官はいつの間にか、ペンを持ち誓約書にサインをしていた。


「で、デレク・ヘンダーソン貴様!! 『洗脳』を使ったな!?」


「感謝するデレク。マーガレット陛下、出動の命令を!!」


 アランに言われマーガレットは、皇帝らしい声で言う。


「アラン・グレンジャー騎士団長。至急『ミルドレット地区』の戦線に参加せよ!!」


「了解!!」


 アランは会議場を疾風のごとく駆け出して行った。

 王宮を出て、馬に乗ろうとしたその時。


「……急ぐんでしょうアランさん」


 いつの間にかついてきていた、『賢者』ノーマンがそう言った。


「転送魔法で『ミルドレット地区』まで送りますよ」


「おいおい、かなり距離があるぞ? こんな距離を転送できる魔法なんて」


「実はちょっと前に開発しました。と言っても一度に送れる人数は二人までですし、映写魔法と同じで龍脈的な繋がりがあるところにしか飛ばせませんが」


「……はは、さらっと凄いこと言うな相変わらず」


 さすがは現在ほとんどの戦闘職に着くものの間で使われている「テンプレート魔法」を開発しただけある。


「転送場所は戦場からは少し離れてますから、そこから自分で移動をお願いします」


「それなら、アタシも送ってもらおうかねえ」


 そう言ったのは『聖女』ドーラだった。


「『ミルドレット地区』についたら、アタシがアランを戦場のほうまで放り投げるよ」


「ああ、最終戦争の時によくやったあれか」


 全身に防御魔法を纏わせて、ドーラに行きたい方向に放り投げてもらうという豪快過ぎる高速移動方法である。

 まあ確かに自分で走って移動するよりは大分早い。

 アランはこの場にいるノーマンとドーラを、そして会議室にいるデレクやイザベラを頭に浮かべながら言う。


「思い出すな。魔王城に7人で突入した時のことを……お前らは本当に頼もしいよ」


「さあ、転送しますよお二人とも。防御用の魔力を纏うことをお忘れなく」


   □□


 『暗黒七星』ヘビーリィレイに相対した『人類防衛連合』は意外なことに、非常に軽微な被害ですんでいた。

 それはひとえに『トップオブディフェンス』、グリフィス・マクスウェルの活躍によるものだった。

 彼の得意とする防御魔法『オニオンシェル』は、一つ一つの防御力は高くないが消費魔力の極端に少ない魔力防壁を何千枚も重ねることでバリアを形成するものである。

 彼がヘビーリィレイの攻撃をなんとか凌いだからこそ、現在『人類防衛連合』に壊滅的な被害は出ておらず、他二人の『グレートシックス』も無事であった。

 しかし。

 その状態が決壊するのは時間の問題であった。


「はあ、はあ、はあ……」


 最高硬度のバリア連発し暗黒七星の攻撃を受け続けたグリフィスは、すでに魔力は尽き欠け満身創痍と言っていいほど全身ボロボロだった。


「はあ、ほんっと醜いわね。どうせ勝てないのに」


 ヘビーリィレイは全くの無傷でそう言った。


「くそおおおおおおおおおおおお!!」

「はあああああああああああああ!!」


 何とか一矢報いようと、攻撃に優れた『トップオブマジックコントロール』と『トップオブアビリティ』が攻撃をするが。


「無駄よ。『ウォールレイ』」


 ヘビーリィレイが乗っている雲から噴き出した水の柱が、二人の攻撃を容易く弾いてしまう。

 何度やっても、この水流の絶対防御を破ることはできなかった。

 同じ防御壁でもヘビーリィレイの方が明らかに防御力が高く、全く疲労を見せずに連発している。


「いい加減死んでくれないかしら……『ハンマーレイ』」


 ヘビーリィレイが二人を指さすと、周囲を浮遊する雲から凄まじい勢いで水が噴き出し襲い掛かる。 


「くっ!!」


 二人に水流が襲い掛かる瞬間。


「させん!!」


 立ちふさがったのはマクスウェルだった。

 『オニオンシェル』を発動し、水流のハンマーから二人を守る。


「ぐっおお!!」


 模擬戦では四方から連続で魔石式大砲をぶつけられても、一度たりとも破られたことがなかったマクスウェルのバリアだが、何千層にも重ねたバリアが見る見るうちに削られていく。


「それ以上は無茶よ!! グリフィス!!」


 『グレートシックス』の仲間がそう言うが。


「無茶でも俺はお前たちを守る!!」


 グリフィスはそう言った。


「覚えているか。入隊した頃のことを。俺は人類を守る英雄になる希望を持って、『人類防衛連合』に入った。だがすぐに気が付いた。同期も先輩も教官も上層部も、楽をして金と地位を手に入れたいだけの腐った連中ばっかりだった」


「潰れなさい、下等生物」


 ヘビーリィレイがそう言うと、水撃の威力がさらに増す。


「……ぐっ。だから、お前らとの出会いが嬉しかった。こんな中でも同じ志を持ってる人間がいるんだってな。この仲間といずれ七英雄すら超える英雄になってやろうと思ったんだ。暗黒七星のだかなんだか知らねえが、そんな大事な仲間を殺させてやるわけにゃいかねえんだよおおおおおおおおおおおお!!」


 グリフィスの叫び声と共に、バリアが膨張し水撃を弾き飛ばした。


「はっ……どうだ見たか暗黒七星。俺たちは『人類防衛連合』最強の戦士『グレートシックス』。この時代の英雄だ!!」


 ボロボロでありながらも、堂々とそう啖呵を切るグリフィス。


「……そうね」


「はは、そうだったな」


 その様子を見て、半ばあきらめていた二人も立ち上がる。

 三人の誇り高き人類の守り手は、その瞳に闘志を宿してもう一度強敵に向かい合う。


「……はあ、うざ」


 しかし、目の前の魔人にはそんな人間の熱い決意など心底不快なだけだったようだ。


「ウザすぎるから、ちょっと本気出すわ」


 そう言って、ヘビーリィレイが手を頭上に掲げるとその手に水が集まってくる。

 問題はそのサイズであった。

 直系は軽く100mを超えていた。しかもその水球を構成する水は触れるものを破砕するように高速で循環しているのだ。先ほどまで攻撃とは、明らかに同時に操作している水の量の桁が違う。


「……嘘、だろ」


 さすがにこれには、グリフィスも呆然とするしかなかった。


「ああ、ほんと不愉快だわ。こんな下等生物相手に、本気を出さなくっちゃいけないなんて……死になさい」


 ヘビーリィレイの右手が振り下ろされる。


「『メテオレイ』」


 同時に膨大な質量を持った水の塊が三人に襲い掛かる。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 という凄まじい轟音が響き渡った。

 あまりの威力に、余波だけで交戦していた『魔王軍』と『人類防衛連合』の兵士も吹き飛ばされる。


「あはははははははははははははははははははは!!」


 ヘビーリィレイは自らの一撃で盛大に抉れた大地を見ながら、愉悦にまみれた大笑いをする。


「跡形もなく消し飛んだみたいねえ。清々したわあ」


 確かに『メテオレイ』が命中した跡には、グリフィスたちは影も形も残っていなかった。

 だが。


「……よかった。今回は間に合った」


 その声は、ヘビーリィレイの背後から聞こえてきた。

 振り返ると、先ほど押しつぶした後の三人が無事のまま座り込んでいた。

 そしてもう一人。

 先ほどまでこの場にはいなかった、中年の男が立っていた。



―――――

(あとがき)

 重大発表!!

 ……というほどでもないんですが、出版社様から許可をいただいてアラフォー英雄一巻のセルフPVを作成しました!!

 七英雄全員の姿を見ることができるので、気になった方は是非ご覧ください!!


PVのURL

  ↓

https://www.youtube.com/watch?v=Sk5vFCc2d4k

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