第15話 災害VS人間
「……よかった。今回は間に合った」
敵の攻撃が直撃する寸前で、何とか三人を攻撃の範囲外に移動させることができたアランは思わずそう呟いていた。
「あ、アンタは……」
グリフィスがアランの方を見てそう呟く。
「お前たちの戦い、映写魔法で見ていたぞ。素晴らしい勇姿だった」
彼らは間違いなく、人々のために戦う将来有望な勇敢な戦士だ。
だからこそ今回は間に合ったことにアランは安堵した。ウィリアムの時と同じ失敗を繰り返さずにすんだから。
「立てるか……?」
「は、はい」
いつの間にか敬語になっているグリフィスに、アランは言う。
「お前たちは、他の戦闘に加勢してやってくれ……こいつらの相手は俺がする」
アランはそう言うと、ヘビーリィレイとボルケーノの方を見た。
二体の大型魔人は、凄まじい量の魔力を滾らせながら佇んでいる。
「……だ、大丈夫なんですか?」
「任せておけ。暗黒七星(アレ)なら倒したことある」
さらっとそう言ったアランに、グリフィスは息を飲む。
目の前にいるのが、七英雄であるということを改めて実感したのかもしれない。
「それよりも、他の連中を頼んだぞ、『人類防衛連合』の勇敢な戦士たち」
「……っ!! はい!! よし行くぞ、お前ら」
グリフィスのその言葉と共に、三人は混戦になりつつある『魔王軍』と『人類防衛連合』が入り乱れる場所に突入していった。
「……さて」
アランはその背中を見送ると腰に下げていた剣を引き抜く。
1mほどの装飾された直剣である。
ただの剣ではなく、装飾に見える部分は魔術的な加工が施されており、アランの魔力を通しやすいようになっている。
最終戦争の時代、アランが真剣に戦闘を行うときに愛用していたものだった。
「……アナタがアラン・グレンジャーね」
そう言ってきたのはヘビーリィレイだった。
「なんだ、俺のことを知っているのか?」
「魔界でアナタのことを知らないやつはいないわ。かつて魔王ベルゼビュートを破った『光の勇者』……」
ヘビーリィレイはアランの姿を見下ろしながら言う。
「でも、哀れなものね人間って種族は」
「哀れ?」
「25年の月日は寿命の無い私たち魔人にとっては大した時間の流れではない。でも、人間にとっては力と輝きを失わせるのには十分だわ。若さを失い、全盛期を過ぎた醜い姿、これから時間がたてばもっと劣化していく……あまりにも哀れだわ」
「まあ、そうかもな。いつの間にか老人になって、いつの間にか死ぬからな人間は」
「だから、アタシが今のうちに消してあげるわ」
「オレモ、加勢シナクテイイノカ?」
背後にいるボルケーノがそう問いかけるが。
「構わないわ。衰えた英雄ごとき、軽くひねりつぶしてあげる」
ゴォ!! っと。
ヘビーリィレイの全身から、膨大な魔力と殺気が溢れ出す。
同時に、彼女の周囲を浮遊する雲から水が溢れ出した。
(……来る!!)
アランは直剣を構えた。
「『ハンマーレイ』」
次の瞬間、凄まじい勢いでアランに向けて水が放たれた。
□□
水。
我々の生活に最も密着した物質と言っていいだろう。
水のイメージで我々が普段から持っているのは、柔らかく柔軟なイメージである。
どんな形の容器にも注ぐことができ、様々な汚れを包み込んで洗い流す。
しかし、それはゆっくりと接触した時に限る。
水面に全力で張り手をしてみれば、その凄まじい硬さが手に伝わるだろう。
我々の生命に欠かせない水は、一定以上の速度が出れば鉄すら切断できる凶器になる。
ヘビーリィレイの放つ『ハンマーレイ』の水の射出速度は時速にして1000km。岩盤すら抉り取るほどの、凶悪な物理兵器である。
「おっと!!」
しかしアランは長年の戦闘経験を活かして攻撃のタイミングと方向を先読みし、地面を蹴って躱した。
ゴシャア!!
と水流攻撃の斜線上にあった大砲に命中し木っ端みじんに砕け散る。
「金属製の大砲があの様とは、大した威力だな」
アランがそう言うと。
「当然でしょう。アタシたちは皆、何かの『災害』を司っている」
ヘビーリィレイは自分の周囲の雲に魔力を溜めながら言う。
「私は全てを押し流す水害の女王『豪雨(ヘビーリィレイ)』。たかが人間風情が災害に勝てる道理は無いと知りなさい」
ヘビーリィレイは再び、『ハンマーレイ』を放つ。
アランはこれも難なく躱した。
(大した速度と威力だが、発射までのタメが長い。これなら)
「躱すのは難しくないと、もしかして思っているのかしら?」
「!?」
ヘビーリィレイがそう言うと同時に、追撃の『ハンマーレイ』が飛んできた。
「補助魔法『スタンダードワープ』!!」
アランがとっさに唱えたのは、僅か1mだけ瞬間移動する補助魔法である。
本来はもっと高レベルの移動用魔法を使用するための練習用魔法であるが、アランはこれをほとんど瞬時に使用できるよう徹底的に発動速度を磨き上げることで、戦闘時の緊急回避に利用していた。
僅か1m、されど1m。
アランはギリギリのところで水流のハンマーを回避する。
しかし、すぐさま次が。
それを躱せば次が。
次の次の次のと絶え間なく『ハンマーレイ』が襲ってくる。
「こんな程度、アタシにとっては通常攻撃。連射出来て当然だわ」
こんな程度といいつつ、一撃一撃が大地をえぐり岩盤を砕き木々を粉砕する凄まじい威力である。
「さすが災害の名を関してるってところか」
「当然。下等生物どもとは魔力の出力が違うのよ」
だがアランは恐れず、荒れ狂う水流の猛攻に突撃していった。
無駄の一切無い流れるような身のこなしで、豪雨のごとき攻撃を掻い潜る。
ヘビーリィレイまであと僅かというところまで迫ったアランは、襲い掛かってきた水撃を跳躍することで回避する。同時にひとっ飛びでヘビーリィレイに切りかかろうとするが。
「悪手ね」
空中では身動きが取れない。
ヘビーリィレイは素早く『ハンマーレイ』を射出した。
水撃はアランを正確に捉える。
しかし次の瞬間。
アランの姿は煙のように消失した。
「な!?」
驚きの声を上げるヘビーリィレイ。
その背後から。
「『スタンダードミラージュ』、2秒間だけ自分の幻影を作り出す魔法だ」
これも『スタンダードワープ』と同じ練習用と言われる超基礎魔法。こちらもアランは発動速度を極限まで磨くことで、一瞬にして使用できるようにしていた。
「くっ!!」
ヘビーリィレイはこの一瞬の攻防で、目の前の男の強さを理解した。
(……戦い方が圧倒的に上手い)
一連の攻防で、何も特別な魔法や身体能力を使ったわけでもないのに、あっと言う間にこちらの攻撃を掻い潜り背後を取られた。
ヘビーリィレイが振りむいて反撃しようとするが遅い。
アランは無防備なヘビーリィレイの背中に、容赦なく直剣を振り下ろした。
……がしかし。
突如ヘビーリィレイの足元から吹き上がった水の柱が、アランの剣を弾き飛ばした。
「……!?」
「ふふふ、残念だったわね。『ハンマーレイ』!!」
アランは攻撃を中止し、バックステップでその場から離れ水撃を躱した。
「……厄介だな。あの防壁」
「あれえ。もしかして、今の打ち込みが全力だったのかしらぁ?」
ヘビーリィレイは見下しをたっぷりと込めて言う。
「だとしたら、アナタがアタシに勝つのは絶対無理ね。『ウォールレイ』はオートでアタシの攻撃を守る絶対防御の盾よ。これを破れる威力の攻撃が出せなければ、アタシに傷一つつけられないわよ?」
□□
「あはははははは!!」
戦場にヘビーリィレイの高笑いが響き渡る。
戦いは一方的な展開と言っていいだろう。
なにせ、相手は自分の防御を敗れる手段が無いのだ。
つまりは一方的にこちらがなぶるだけである。
ヘビーリィレイは次々に水を射出し、アランを責め立てる。
アランはそれを見事にかいくぐり、ヘビーリィレイに切りかかってくるが。
「効かないわよ『ウォールレイ』!!」
アランの剣は何度やっても、水の柱の絶対防御に阻まれてしまう。
「『ハンマーレイ』!!」
反撃の水撃を、アランは無駄の無い身のこなしで躱す。
「……ほんと上手くよけるわね。いや、よけざるを得ないと言ったほうが正しいかしら?」
「……なんのことだ?」
ヘビーリィレイはこの数分の攻防でたどり着いたある仮説を口にする。
「魔王を破った『勇者』アラン・グレンジャー。アナタかなり全盛期から筋力も魔力も落ちてるわね。それこそ一般の兵士と大差が無いくらいに」
「……」
アランは答えなかったが否定はしなかった。
その様子を見て、ヘビーリィレイは自分の仮説が正しいことを確信する。
「さっきから、使う魔法も魔力消費が少ない基礎魔法ばかり。動きは洗練されてるんでしょうけど身体能力そのものは特別高いわけではない。さっきの『グレートシックス』とかいう連中の方が身体能力は高いくらいかしらね?」
「はあ……厄介だな」
アランは一つため息をついて答える。
「力任せのバカかと思っていたが意外とよく見てる。お前の言ってることはあってるよ。今の俺の魔力量や身体能力は平均程度でしかない。何とか技術で誤魔化してるがな」
「だからこそアタシの防御は破れないし、アタシの攻撃は例え一発でも受けきれないし耐えいきれないから躱すしかない……そうでしょう?」
そう、戦闘技術ではアランのほうが格段に上だろう。
ヘビーリィレイの自然災害のごとき攻撃を、当然のように躱して切りかかってくるのだ。
しかし、魔力と筋力の出力が違い過ぎて『ウォールレイ』を破れない。
加えて攻撃を受ける側に回った時も、防御したり迎撃したりする魔力と筋力がないからキッチリと躱すしかないのだ。
「そう。やっぱり哀れねえ人間って。弱く醜く老いていく。まあ、ワタシは弱者をなぶるのはそれほど嫌いじゃなくってよ」
ともかく、敵が自分にダメージを与えられない以上は、もう勝負はついている。
あとは相手が自分の攻撃を躱し損ねて敗北するまで、この一方的な戦いを楽しめばいい。
「……そうか」
しかし、そんな状況でも目の前の男は臆することなく剣を向けてくる。
「だが、それでも負けてやるわけにはいかないな。こっちは自分より相手のほうが強いなんてことは、いくらでも経験して来たんでな。何とかして見せるさ」
「その強がりがいつまで持つかしらねえ」
――――――
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