第13話 緊急事態発生3

「あ、『暗黒七星』……」


 『人類防衛連合』の面々はヘビーリィレイのその言葉に息を飲む。

 実際に戦ったことはないが、情報だけは当然彼らも知っている。

 かつて人類を地獄に陥れた『魔王軍』の最高戦力たち。伝説の七英雄に討伐されるまで、彼らに滅ぼされた国は大小合わせて100を超える。

 指揮官は言う。


「ひ、怯むな!! 前回の戦争の『暗黒七星』たちはすでに七英雄に倒された。つまりやつらは最終戦争で猛威を振るった魔人とは別物だ!! 同じように強いとは限らん!!」


 その言葉に我に返った兵士たちが、二体に狙いを定めて一斉に大砲を放つ。


「……おめでたい発想ねえ」


 ヘビーリィレイがせせら笑う。


「『ウォールレイ』」


 そう唱えた瞬間、彼女の周りに浮いている雲から凄まじい量の水が噴き出した。

 水は二体を囲むようにして高速で循環しながら柱となって天まで上り、次々に襲い掛かる砲弾をいともたやすく弾き飛ばしてしまった。


「なっ!?」


 『人類防衛連合』の面々は、自分たちの誇る最新兵器がいとも容易く塞がれたことに、衝撃を受ける。

 だが、それで終わりではない。

 今度は溶岩男のボルケーノが手を『人類防衛連合』の方に向けた。


「……チャージ」


 ボルケーノの腕がみるみる膨張を始める。

 それはまるで今まさに噴火の時を迎える火山のごとく。


「『グレートエクスプロージョン』」


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 という、爆発音と共にボルケーノの右手が噴火した。

 いくつもの超高温のマグマに熱された巨大な岩石が、まるで豪雨のように『人類防衛連合』の面々に襲い掛かる。


「ぐああああああああああああ!!」

「がああああああああああ!!」


 そんなものが襲い掛かれば大惨事を引き起こすのは当然のことだった。

 空から降り注ぐ超高温に熱された岩石とマグマは、一撃で五十以上もの砲塔を破壊し、その爆発に巻き込まれた兵士を吹き飛ばした。

 かなりの指向性を持っているのか正確に砲塔に降り注いだのもあり、奇跡的に死者は出ていなかったが200人以上の兵が負傷した。


「じ、次元が違い過ぎる……」


 指揮官は呆然としてたった一撃で自軍に起きた惨事を眺めることしかできなかった。


「あはははははは、よっわーい!!」


 ヘビーリィレイは甲高い声で笑う。

 一方、ボルケーノはこれで用はすんだと右手を下げて『魔王軍』の兵たちに言う。


「コレデ、面倒ナ兵器ハ破壊シタ。後ハ、オ前ラデヤレ」


「へい!! 了解です。よーし、行くぞ野郎どもぉ!! 皆殺しだあああ!!」


 オオ!! と叫び声と共に一度引いていた魔人たちが一斉に再度前進を始めた。


「ひぃ!!」


 『人類防衛連合』の兵たちには、もはや先ほどまでの勢いはなかった。

 完全に隊列は乱され、頼みの遠距離攻撃武器は半分以上が破壊されたのだ。

 一応、魔石式単発銃は持っているが、これも隊列や大砲による援護があっての一方的な優位性を取れるものである。

 一発撃ってしまえば再装填の間に距離を詰められ、あとは真っ向から接近戦をするしかない。

 そうなれば、魔人との実戦経験の少なさがもろに影響してくる。

 距離を取れていたからこその安心感がなくなり、命のやり取りの恐怖が温室育ちのエリートとしてこれまで生きてきた『人類防衛連合』の兵士たちに襲い掛かる。

 そこからは一方的に魔人族になぶられるばかり……とはならなかった。


「はあ!!」

「てやあ!!」

「おおおおおおおおおお!!」


 浮足立ってまともに動けない『人類防衛連合』の中で、凄まじい働きをするものが3名いた。


「『グレートシックス』を舐めるんじゃねえぞ!!」


 模擬戦に参加しなかった、『グレートシックス』の三人である。

 『トップオブディフェンス』『トップオブマジックコントロール』『トップオブアビリティ』の三名の若き戦士は戦場を駆け回り、次々に『魔王軍』の兵士を打ち倒していた。

 模擬戦では七英雄に後れを取ったが、アランが評したように彼らはちゃんと強いのである。


「よ、よし。お前ら『グレートシックス』の方々に続けええええ!!」


 『人類防衛連合』の他の兵士たちも、体勢を立て直し反撃に転じる。

 戦況は再び人類側に傾いたように見えた。

 しかし、それはそう見えただけだった。

 なぜなら根本的な問題は解決していない。

 『暗黒七星』という絶対的な戦力を攻略できたわけではないのである。


「あーあ、見苦しいったらないわねえ。下等生物たちが無駄に勢いづいちゃって」


「恨ミハナイガ、邪魔ヲスルナラ排除スル」


 人類の善戦を見て、再び『暗黒七星』が動き出す。


「アナタは見てていいわよ。ボルケーノ」


 しかし、ヘビーリィレイは前に出ようとしたボルケーノを片手で制した。


「……イイノカ?」


「ええ。下等生物が見苦しすぎて自分でつぶしたくなったわ」


 そう言って、単独で『グレートシックス』の三人の前に進むヘビーリィレイ。


「……へへ、来たかよ」


 『グレートシックス』の一人が目の前までやってきたヘビーリィレイを見て冷汗を流しながらそう言った。


「正直、あたし勝てる気しないんだけど」


「って言ってもやるしかねえだろうよ」


 『グレートシックス』の三人はそれぞれ自らの武器をヘビーリィレイに向ける。

 こうして向かい合っているだけでも、彼らは肌で感じている。

 目の前の雲に乗ったマーメイドがベースの魔人は魔力の密度と量が桁違いだということを。

 三人がかりとはいえ、勝てる可能性は限りなく低いということも。

 だがそれでも、やるしかないのだ。

 『人類防衛連合』は上層部の腐った組織である。

 ついでに言うなら、それに引っ張られて下の人間も腐っている。

 いつか来る『魔王軍』のような人類の敵との戦いに向けて日々訓練を……などというのはお題目で適当に形だけこなして、各国から吸い上げる人類防衛費の莫大な分け前で楽して裕福に生きる。そんなことを考えている人間ばかりだ。

 だが、『グレートシックス』に選ばれた彼らは違う。


「……そうさ。俺たちは本当にこういう日が来ると信じていた」


「そして、その時に人類の平和を守れるように」


「周りの連中がどんなに腐ってても、アタシたちだけは鍛えてきたんだから」


 そうだ。

 「人類を守る」というお題目を信じぬいて周りに流されずに鍛えぬいてきたからこそ、彼ら6人は『人類防衛連合』の中では圧倒的に強かったのだ。

 敵は強大だが、立ち向かわないわけにはいかない。


「……ほんと、鬱陶しいわね。どうせ瞬殺されるのに」


 ヘビーリィレイは心底うんざりしたようにそう言った。


   □□


「……ダメだ!! 戦っては!!」


 会議室で戦況を見ているアランは、今まさに『暗黒七星』に立ち向かおうとしている『グレートシックス』の面々の姿を見てそう叫んだ。


「サイモン長官!! 今すぐ俺たちの待機命令を解除してください」


 ここまで、さんざんサイモン長官に好き放題やられても、声を張り上げるようなことがなかったアランが急に叫んだことで、その場にいた全員が驚く。


「そ、そういうわけには。この戦いは我々『人類防衛連合』が……」


「そんなことを言ってる場合か!!」


 ドン!!

 と、アランはデスクを叩いた。

 ビクリ、とサイモン長官が首を縮める。


「『暗黒七星』が出てきたんだぞ!! あの三人は弱くないがまだ勝てる相手じゃない。このまま放っておけば間違いなく殺される!!」


 当然彼らだけではない。

 『グレートシックス』の活躍で何とか保っている形勢は、あっという間に『魔王軍』に傾くだろう。

 その後に待っているのは悲惨極まる一方的な虐殺だ。

 そんなことは、誰の目から見ても明らかなはずなのに。


「えーい!! ならん、ならんぞ!! 貴様らは待機だ。これは誇りある我ら『人類防衛連合』の戦いである。まだ兵は十分に残っている。負けたわけではない!!」


 サイモン長官はその現実を受け入れない。

 実際の戦場を経験したことがないからこその楽観か、それとも金と地位の亡者としての執着がそうさせるのか。

 だが、どちらにせよ。


(……ふざけるなよ)


 アランはサイモン長官に歩み寄ると、その胸倉を掴み上げた。


「ぐっ、何をするアラン殿」


「そこまで無能か貴様は!!」


 アランの一喝がビリビリと会議場中に響いた。


「よく見ろ!! あそこでは人が死んでいるんだ。俺やお前のような後は枯れていくだけじゃない、可能性に満ち溢れた若い命がだ!! その重大さが分からないのか!!」


「……ぐっ、ほ、誉れある『人類防衛連合』の兵たちは、そんなことは気にしない。むしろ、名誉ある戦死と喜ぶだろう」


「なら、お前が最前線で剣を振れ!!」


 アランはサイモン長官を床に放り投げる。


「ぐあ」


 会場の床を転がり、うめき声を漏らすサイモン長官。


「俺は行くぞ。最前線にな」


 アランは無様な老人に背を向けると、剣を手に取り会議室から出て行こうとする。


「い、行く気なのかアラン!?」


 そう言ったのはマーガレットだった。


「連合規約の違反は重罪じゃ。終身刑になる可能性もあるんじゃぞ」


「分かってる。だが、俺はもうこの前のような後悔をしたくない」


 そう、この状況は10日前に似ている。

 自分の救援が間に合わず、期待を寄せる若き騎士が命を落としたあの光景がフラッシュバックする。

 今も映像の向こうでは、若き命が『魔王軍』によって奪われようとしているのだ。


「ロートルの仕事は若い連中の助けになってやることだ。俺はそれを実行しに行く……それだけだ」


 そう言って、会議室を出て行こうとしたその時。


「……少し待ちなさい。アラン」


 そう言ったのは『悪役令嬢』イザベラだった。


「お前が止めようとするのは意外だなイザベラ。だが悪いが俺は行くぞ」


「行くのは構わないわよ。アンタが昔からスイッチはいると人の話を聞かないのは知ってる。だけど、ちょっとだけ待ちなさい」


「……?」


 どういうことだ、とアランが眉を潜めたその時。


 アランが開けようとしていた会議室の扉が外から開かれた。


「お待たせしました。イザベラ様」


 そう言って現れたのは、イザベラの従者であるセシリアだった。


―――

(あとがき)

3・19日(土曜日)発売の一巻の見本が届きました!!

最高にカッコいい感じに仕上がっていてテンション爆上がりです。

内容はカクヨム投稿分より先行する形になっています、書店で見かけた際は是非!!

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