第7話 『怪力聖女』2
「……」
『聖女』ドーラは少しの間、ストロングが作ったクレーターを黙って見ていた。
「ふははは。俺様の『人類防衛連合』最強の腕力に言葉も出ねえか女ぁ」
ストロングはその様子に、ドーラが今しがた見せつけた自らのパワーに呆然としているのだと思いそんなことを言う。
しかし。
「なるほどねえ……」
ドーラはそう呟くと担いでいた自らの武器、超大型のハルバードを地面に突き刺して手を離した。
「じゃあ、これは必要ないみたいだね」
「……なに?」
ストロングは眉を潜める。
その反応はストロングだけでなく観客たちも同様だった。
たった今、ストロングの超パワーを見せつけられたばかりである。それなのに自らの得物を手放すとは、どんな狙いがあるというのだろうか?
「心拍数と血圧が今、ちょっと上がったね。動揺してるのかい?」
「な、何を言っている?」
ストロングは確かに一瞬、敵の狙いが分からずに動揺したことを看破されて眉を潜める。
「なに、ちょっと人より耳が良くてね。そういう音でも聞こえるんだよ」
そういって不敵に笑うドーラ。
「ほら、さっさとかかって来な坊や」
そう言って、子供を手招きするかのように右手をひょいひょいと動かすドーラ。
その完全にこちらを舐めた動作を見て、少し動揺して気を削がれていたストロングのこめかみに青筋が浮かび上がる。
「後悔するなよ、ババアが」
ストロングはモーニングスターを振りかぶる。
手加減などする気は一切無い。自分のことをコケにしたこのババアが、これで死んでも知ったことではない。
そう言わんばかりに、轟音と共に鉄球が振り下ろされる。
対するドーラは素手である。
会場からは、ドーラの体が無残にへし折れる瞬間を想像した観客から悲鳴が上がる。
……しかし。
■■
第二王国『砂漠の正教国(アッシュサンクチュアリ)』。
その名の通り、砂漠地帯にある防壁に囲まれた国である。
今から約400年前にこの分厚く背の高い防壁が建設された理由は、この地帯が強い砂嵐が頻発することと、もう一つ。
単純に国を少し出ると、高ランクの危険なモンスターが出現する地域だからである。
防壁により国内は安全だが、一歩外に出れば砂漠を生息地にする巨大なモンスターに襲われる危険性は常にあった。
しかし。
ちょうど今から30年前から『砂漠の正教国』周辺の、モンスターによる被害はほとんど起きなくなった。
元『第二王国』国防司教、リンド・アルバート氏、現在62歳はこう語る。
「ええ、今でも覚えています。あの子の戦いを始めて見たときのことを。当時14歳の新米シスターでしたが、その頃から見上げるほど大きくてですね。決して人間には懐かないはずの巨大サイ、グレートライナーに乗って、これまた馬鹿でかいハルバードをもって、砂漠で最強のモンスター『デザートセンテピート』に向かって躊躇なく突進していったんですわ」
デザートセンテピートは40mを超える猛毒の肉食ムカデ型モンスターである。
出現自体は稀だが、軍隊であっても出現したのであれば「討伐は諦めて、とにかく逃げろ」と言われている程の怪物である。
まさに砂漠の王者。
『砂漠の正教国』の人々の間では、恐怖の代名詞である。
「……はい。一撃ですわ。ほんと一撃で真っ二つでした。私は開いた口が塞がりませんでしたよ。しかも、幸運なことにその少女は国のために働くというモチベーションが高かった。あの時からもう32年ですか……彼女が国の周りに出るモンスターを狩り続けてくれるおかげで、危険モンスターによる被害は年間通して数えるほどになりました。まさに、我らが聖女様ですなあ」
その少女の名は、ドーラ・アレキサンドラ。
『怪力聖女』と呼ばれる、人類最強の腕力を持つ女である。
■■
ガシィ!!
っと。
ドーラは振り下ろされた鉄球を、当然のように素手で掴んで止めた。
「なっ!?」
驚愕の声を上げるストロング。
目の前の光景を脳が信じられなかった。
自らの誇る超人的な力で振り下ろした斧。それを武器で受けるならまだしも、真正面から軽々と片手で受け止められたのだ。
「ぐっ……動かねえ」
ストロングが掴まれた武器を両手で引き戻そうとするが。
(なんだこれは……こんな腕力が存在していいのか?)
そう思ってしまうほど、ドーラの右手に掴まれた武器はビクともしない。
「なんで、アタシが武器を手放したか分かるかい?」
ドーラはそう言いながら開いている左手の拳を握る。
その太い腕に、ビキビキと縄のような血管と分厚い筋肉が浮かび上がる。
「素手のほうが手加減しやすいからだよ」
ドーラの強烈な左ストレートがストロングのボディに直撃した。
「ごばっ!!」
ミシミシミシィ!! と、あまり人体からしてはいけない音が響き渡る。
ストロングの巨体は闘技場の床を20m以上凄まじい勢いで吹っ飛び、ベコン!! と深々と壁にめり込んだ。
当然、立ち上がれるわけなどない。
会場中が唖然とする中、ドーラは片手に持ったモーニングスターを投げ捨てながら言う。
「……アンタ、軽いねえ。もうちょっと沢山飯を食うんだね」
□□
「……」
観客席ではサイモン長官が大口を開けて、呆然としていた。
「長官殿。そんなに落ち込むことはないですよ。アナタの部下はちゃんと常識の範囲内で強かったですから」
そう、本当に相手が悪かった。
「……馬鹿な、確かに『怪力聖女』の強さは聞いていた。だが奴はもう46歳だぞ!! 衰えるということがないのか!?」
「そのはずなんですけどね」
アランも少々呆れながらそう答える。
ドーラのパワーは全盛期と比べても全く遜色ないと言ってもいいものだった。
「ほんとアイツは規格外だな」
『怪力聖女』の力はいまだ健在。といったところか。
「……だが、まだ一敗だ。確かにドーラ殿は衰え知らずのようだったが、アナタを含め他の英雄がそうだとは限りませんからな」
「いやまあ、アレと同じレベルを期待されると困りますけど」
アランは普通に肉体の衰えを感じている。
それはドーラ以外の他の七英雄も同じだろう。ドーラだけは未だに現役バリバリで現場に出てモンスターを狩り続けてるからこその、衰えを感じさせない動きなのかもしれない。
そんなこと考えていると、闘技場の方では英雄側の次の対戦者が出てくる。
「……げっ」
思わずアランはそう声を上げた。
英雄側から出てきたのは非常に悪そうな薄笑いをを浮かべた男、先ほど作戦立案の際にひと悶着あった『僧侶』デレク・ヘンダーソンだった。
「……サイモン長官」
「なんだね、アラン騎士団長」
「悪いことは言わないんで次の試合だけは棄権しませんか?」
アランの言葉に眉を潜めるサイモン長官。
「何を馬鹿なことを……心理戦でも仕掛けて来てるのですかな?」
「そういうわけじゃなくて……いやまあ、いいです」
デレクと戦うのは単純に「危険すぎる」から言ったのだが、どうせ分かってもらえないだろう。
(いざとなったら、俺が止めに入るしかないか)
アランはため息をついたのだった。
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