第6話 『怪力聖女』
模擬戦は王宮内にある訓練場で行われることになった。
訓練場と言っても3000席以上の客席の用意された闘技場のようなものである。
急遽始まった模擬戦に、客席に座った大臣や話を聞きつけて見に来た王宮の職員たちは、非常に興味深々だった。
何せあの伝説の英雄たちが目の前で戦うというのだ。しかも相手は、内部は腐っているとはいえエリート軍団である『人類防衛連合』の精鋭だという。
どちらが勝つにせよ、これを見逃す手はないだろう。
「……ルールはこっちは一人欠席なんで、一対一の6本勝負でいいんですね? もし俺たちのほうが勝ったら、防衛作戦の取り下げお願いしますよ」
他の英雄たちと違い、一人だけ観客席の方にいるアランは隣に立つサイモン長官にそう言った。
「ははは、分かっておりますとも。全盛期を過ぎたあなた方で勝てれば……ですがな。せいぜい4本で勝負がつかないように期待してますぞ」
(……ずいぶん自信満々なんだな)
アランはサイモン長官の様子を見てそう思った。
『魔王軍』と戦った経験の無いサイモン長官は、実際に七英雄たちの戦いを見たことがない。そして、この老人の言う通りアランたちはすでに肉体的な全盛期は過ぎている。
だが、それを踏まえても英雄と呼ばれた者たちだ。
サイモン長官も事務所の奥で、流れてくる金を誰かの懐にこっそり流し込むことに注力していたとはいえ、話しくらいにはその強さを聞いていたはずなのだが。
「……お、こっちの一人目はドーラか」
闘技場を見ると、身長2mを超える筋骨隆々たる女、『聖女』ドーラ・アレキサンドラが中央に向けて歩いていた。
アランは苦笑いしながら言う。
「対戦相手が気の毒だな……さて、相手は」
「ふふふ、果たして気の毒なのはどっちでしょうかねえ」
サイモン長官は皺の入った顔を意地悪そうに歪ませる。
「見せつけてやれ。『トップオブ・パワー』ストロング・ガーフィールドよ」
サイモン長官がそう言うと、先ほどデレクに突っかかろうとした大男が前に出た。
□□
大男、ストロング・ガーフィールドはズンズンと足音を響かせながら前に出た。
「すー」
6歩ほど前に出たところで、大きく息を吸い込む。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
会場中に凄まじい咆哮が響き渡った。
『……ひぃ!!』
観客たちが悲鳴を上げる。
あまりの音圧にガタガタと窓ガラスが揺れた。
「ふう……さて、ぶっ潰してやるとするか」
ストロングはそう呟くと、武器を手に取って闘技場の中央に向かって歩いていく。
その武器というのがまた豪快で、先端に直系1mの鉄球がついたモーニングスターであった。
そして、闘技場の中央でドーラと向かい合ったのを見て、観客たちは呟く。
『で、デカい。英雄ドーラ殿よりも遥かに……』
ドーラはもちろん常人を遥かに上回る体躯だが、ストロングはそれと比べても遥かに大きかった。目測で230cm以上、体の太さや分厚さは常人の三倍はあるだろう。
「チッ、なんだ女かよ」
「おや? アタシが相手じゃ不満かい?」
「女なんぞ倒してもなんの自慢にもならねえからな。それも肉体的な全盛期はとっくに過ぎたババアときてやがる。興覚め以外の何物でもねえ」
「ほう……主張はともかく気合入ってるじゃないのさ」
ストロングの言葉に、ドーラの眼光は鋭くなる。
「そ、それでは試合開始じゃ」
デレクとイザベラに(無理やり)ジャッジを任されたマーガレットが、若干涙混じりに試合開始の合図をした。
と、同時に。
ストロングはその巨大なモーニングスターを振りかぶった。
「おいババア。これは警告だ」
そして、闘技場の床に思いっきり先端の鉄球を叩きつける。
ゴウン!!
という凄まじい轟音が響き渡った。
会場全体を大地震が起きたかと錯覚するほどの揺れが襲う。
『……お、おお』
そして観客たちは闘技場の方を見て言葉を失う。
コンクリートを金属で補強した闘技場の床に直系5mのクレーターが出現していた。
「女ごときに戦場で出る幕はねえ。大人しく家で皿でも洗ってるんだな」
ストロングは叩きつけた鉄球を軽々と持ち上げ直すと、その巨体からドーラを見下ろしながらそう言った。
□□
「ふふふふ」
サイモン長官は勝ち誇ったように言う。
「『グレートシックス』は戦闘における重要要素、パワー、スピード、防御力、魔法出力、魔法操作性、特殊異能においてそれぞれ『人類防衛連合』において最強を誇る者たちだ。ストロング・ガーフィールドのパワーは平均的な兵200人分のパワーを誇る、『人類防衛連合』最強の怪力を持つ男だ」
「……なるほどな、見掛け倒しじゃないってことか」
サイモン長官に言われるまでもなく、今の一撃を見ればアランにも相手の実力は分かる。
「確かに、これは強いですね」
サイモン長官が自信満々な理由も分かった気がする。
「そうでしょうそうでしょう。これこそが、対『魔王軍』を想定し常に力を蓄えてきた我々『人類防衛連合』の実力なのですよ」
アランの言葉に気を良くしたのか、声を高くして凄まじいどや顔をしながらそんなことを言うサイモン長官。
「……ええ、強いですよ彼は」
間違いなくそう言えるほどの逸材である。
しかし。
(今回ばかりは……相手が悪すぎるけどな)
と、アランは敵と向かい合う戦友を見て小さく呟くのだった。
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