第5話 英雄召集3

 会議場に姿を現したのは一人の年老いた男だった。

 年齢は70歳近いだろう。大臣たちも含めて40代を超える人間のほとんどいないこの会議場では明らかに最年長である。

 オールバックにした長い髪と、長い髭はどちらも白髪になっており、その体は年齢のせいもあるだろうが細く、いかにも不健康そうであった。

 アランにはその老人の顔に見覚えがあった。

 サイモン・ローレック。とある組織の長官を務める男である。


「まったく、我々を差し置いてこのような会議を開くとは。七大国には常識のある人材が不足していると見えますな」


 サイモンはそう言いながら、会議場をつかつかと我が物顔で進んでいく。

 なんというか、これはあくまでアランの主観かもしれないが、動作や言葉の発し方といった全ての要素がいちいちねちっこい。

 老人は言う。


「『魔王軍』の出現とあらば、我ら『人類防衛連合』が先頭に立ち指揮を取るのが当然の事でしょう?」


 『人類防衛連合』。


 その名の通り、外敵から人類を守るために設立された人類全ての国が加盟している組織である。

 設立は80年前。

 当時人類は、激化し長期化する魔王軍との最終戦争に、それまでのように各国が自分の国を自分たちで自衛するという形式では間に合わなくなってきた。

 そこで設立されたのが、全ての国の力を一致団結させ魔王軍との戦争に対抗するため、当時の最高の頭脳や国の中心人物たちによって作られた組織『人類防衛連合』だった。

 その権限は凄まじく、緊急事態ともなれば各国の人員や資源をその国の国家元首の意思を無視して徴収できる。まさに人類の力を集結するための機関だった。

 『人類防衛連合』という仕組みは最終戦争においては非常に有効であり、それまで戦力や敵に対する情報もバラバラだった七大国や諸小国をまとめ上げ、効果的に『魔王軍』と戦うことができたのである。

 少なくともアランたちが活躍し、明確に形勢が人類側に傾くまでの75年間劣勢だった人類を持ちこたえさせたのは、間違いなく『人類防衛連合』の功績と断言していいだろう。

 しかし。

 25年前、戦いは終わってしまった。


 それにより『人類防衛連合』は最悪の利権団体に姿を変えることになる。


 喜ばしい人類の勝利と共に、人類防衛連合はその存在意義をなくすはずだった。だが、いかんせん当時の『人類防衛連合』は一国の大臣すら上回る最高のキャリアとしてエリートや権限を持つ貴族たちが、その内部の大半を占めるに至っていた。

 戦争が終わったからと言って、はいそうですかと解散しては彼らは所属先を失うことになる。

 だから彼らは「再び『魔王軍』のような人類全体を脅かす存在が来た時のために、備えておく必要がある」として、自分たちを存続させた。

 あとは言わずもがなというところだ。

 『起きそうもない戦争に備えることを目的とする団体』が腐っていく速度は、炎天下に放置した生魚よりも早かった。


(……まあ、とはいえ。権限のはく奪も制度上難しいしなあ)


 なにせ形式上では「各国家の上位に位置する組織」という位置づけにしてしまったのだから。

 さて、そんなありがたくも迷惑千万な組織の長官は。


「ゴホン」


 会議場のほぼ中央。七英雄たちの座る円卓の前まで進んで一つ咳払いをすると言う。


「まず、結論から言わせてもらえば、今回の戦争において七英雄含む七大国は後方支援に回ってもらい、『魔王軍』との直接対決は我ら『人類防衛連合』に一任させてもらう」


 会場から今日一番のどよめきが起こる。

 アランは頭を抱えた。


(……やっぱりか)


 来た時点でなんとなく予想はしていたが、正直当たってほしくない予想だった。


「サイモン長官、相手は『魔王軍』ですよ。ここは我々の力も総動員したほうが」


 アランは至極当たり前のことを言うが。


「それを決める権限は我々にある」


「……まあ、そうですね」


 『魔王軍』との戦闘が発生した場合においては『人類防衛連合』が「緊急事態宣言」を出せば、全ての指揮権を行使することができるのだ。

 これには最高権威である第一王国ですら逆らうことはできない。


「そもそも、これは当然のことなのだよ。我々『人類防衛連合』は人類を守るための組織だ。その庇護対象は、君ら七大国や七英雄たちにも及ぶ」


「……それは、まったくもってありがたい話ですね」


「はっはっはっ!! よいよい。それこそ力を託された者の使命というものだ」


(皮肉で言ったんだけどな……)


 とアランは内心呆れる。

 なぜこんなにも、サイモン長官が『人類防衛連合』だけで『魔王軍』と戦うことにこだわるのか?

 普通に考えたら『人類防衛連合』も七大国も七英雄の力も総動員して対処したほうが、いいに決まっている。

 ではなぜか?

 それは『人類防衛連合』という自分たちの利権団体を守るためである。

 『人類防衛連合』は現在、平和な世の中が続くにつれて段々とその存在意義に人々は疑問を持つようになってきたのだ。

 もちろん真面目に外敵の再侵略に備えて、必要最小限の予算で備えているのであれば存続の必要を唱える声も多かっただろう。

 しかし、実態は用途不透明の金……包み隠さず言ってしまえば連合役員たちの懐に入る金が、実際に再侵略対策に投じられているであろう費用を何倍も上回る始末である。

 不要論が叫ばれるのは、当然と言えば当然の帰結だろう。


(だからまあ……全部自分たちの手柄にしたいんだろうな)


 『人類防衛連合』だけで『魔王軍』を撃退したとなれば、それこそ不要論は消し飛ぶだろう。もしかしたら、今まで以上の権利や金が流れ込んでくるかもしれない。

 たとえそれが、全員で協力して戦うよりも人類が負ける確率が明らかに上がるとしてもだ。

 アランがそんなことを思っていると。


「ちょっといいかしら? 物資は七大国が届けるとして、明らかに人員が足りないと思うのだけれど?」


 イザベラがいきなり事の確信をえぐる質問を投げつける。


「守らなければならない範囲は広大よ? 『魔王軍』がどこから現れるのか分からない状況で対処するには、主要施設に集中的に人員を配置してもアナタたち『人類防衛連合』の常駐兵20万人では明らかに数が足りないと思うのだけど。最低でも6倍は必要だと思うわよ?」


 イザベラの圧倒的なド正論に。


「そこについては、高度に専門的な訓練を積んだ我らが防衛連合の精鋭たちが臨機応変に対処する」


 などと何の解決にもなっていない返答をするサイモン長官。 


「ぷっ、はっ、はっ、はっ!!」


 それを聞いて笑ったのは『僧侶』デレクである。


「何を笑っている」


「……いやいや、戦ったことのないやつは頭の中だけは無敵だなと思ってさあ」


 デレクの剃刀のごとき鋭利な皮肉に、サイモンが顔をしかめる。

 デレクの言う通り実は『高度に専門的な訓練を積んだ』などと言っておきながら、現在人類防衛連合に所属している人間のほとんどが実際に魔人族との交戦経験がないのだ。

 何せ、実際に最終戦争で『魔王軍』と戦った人間はほとんど戦死しており、今日まで生き残っていないのである。

 特に『人類防衛連合』の年老いた幹部たちは「魔王軍と戦わなかったから」生き延びて年功序列で昇格した者たちしかいない。

 目の前のサイモン長官などその最たる例である。大貴族の次男坊であり『人類防衛連合』の事務方仕事だけをこなして、いつの間にか最年長になり長官の席が回ってきただけの男だった。


「ふ、ふん、実践経験ばかりもてはやすとは愚かな」


 しかし、さすがは一切戦わずにこの地位まで上り詰めた男である。

 すぐさまその分厚い面の皮を顔面に貼り付け反論する。


「『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』。我々は前回の大戦のデータを収集し、日夜対『魔王軍』用の訓練に取り組んでいる。このようにして兵を分散しておけばしっかりと主要施設全てをカバーできる!!」


 そう言うと、サイモンはロゼッタを押しのけて白い壁に自分の持ってきた映像を映し出す。

 そこには先ほどと同じ『人界』の地図と、『人類防衛連合』の兵をどこどれだけに配置するかが記されていたが……。


(……これはひどい)


 アランは開いた口が塞がらなかった。

 確かに全ての主要施設に一応兵は配置してあるが、あまりにも一か所一か所がまばら過ぎる。

 特に『ランドマーク地区』などは、一人頭1キロメートル以上の範囲で敵軍の進行を止めることになる。長官殿は歴史よりも先に、初歩の四則演算を学んだほうがいいんじゃないかと心底思った。

 討論に参加しているアランたちだけではなく、『賢者』や『村人』も心底呆れた顔をしている。


「……ふん。どうやら英雄諸君は我々の力を疑っているようですな」


 正気も疑ってるぞ。という言葉をアランはひとまず飲み込んだ。


「ですが、心配はご無用」


 サイモン長官が手を叩くと、また会議場に人が入ってきた。

 六人の20代前後の男女であった。

 しかし、ただの若者ではない。

 誰もかれも非常に若々しい肉体は鍛え上げられており、それぞれ得物を持っていた。

 身のこなし一つとっても、彼らが戦闘を生業とするものであること、そしてかなりの実力者であることが分かる。


「もはや七英雄は皆全盛期を過ぎ過去のものだ。彼らこそが『人類防衛連合』が誇る新しい時代を担う新たな英傑『グレートシックス』だ!!」


 サイモン長官が両手を広げてそんなことを言う。

 会場がざわめく。

 そのざわめきを見て勝ち誇った顔をするサイモン長官。


(いつの間に、こんな連中用意してたんだ……)


 アランはそんなことを思う。

 見た目は6人とも屈強そうでオマケに美男美女である。

 こうしてお披露目した時と並んだときのインパクトは大きい。自分たちの戦力を見せつけるパフォーマンスとしては申し分なかった。

 しかし、そんな空気を絶対に壊しに来る男がこの場にはいる。


「ところで、この雑魚たちは兵舎の便所掃除にでも使うのかい?」


 『僧侶』デレクである。


「なんだと貴様!!」


 デレクの言葉に『グレートシックス』の一人、丸太のような腕の太さの大男が一歩踏み出すが。


「まあ、待ちなさい。ストロング」


 それを止めたのはサイモン長官だった。


「それにしても聞き捨てなりませんな、デレク殿。我が『人類防衛連合』』の誇る最高の戦力を雑魚とは」


「はっはっはっ、雑魚は雑魚だよ。暗黒七星の連中の前にでも出したら3秒持たないでしょこいつら。それで俺たちの代わりとはお笑いだなあ。サイモンあんた、長官よりコメディアンのほうが向いてるよ」


 そう言って大笑いするデレク。

 敬意の欠片もないデレクの態度に、長官は怒りに震える声で言う。


「……ほう。そこまで言うなら、自分の身をもって『グレートシックス』の力を体感してみますかな?」


 サイモン長官は会議に参加している大臣たちにも聞こえるように言う。


「これより、我らが『グレートシックス』と七英雄の模擬を行うこととする!!」


「いやいや、勝手に決めないでくださいよ」


 アランはそう言ったが。


「おやおや、逃げる気ですかなアラン殿。いや賢明な判断ですな。ならば今回の戦争は黙って我々の指揮に従って貰うとしましょう」


「……そう来るか」


 正直、こんなところで争っている場合でもないのだが、とはいえこのままサイモン長官の作戦が通ってしまえば不必要な犠牲が出るのは明白だった。


「分かりました。やりましょう模擬戦。その代わり我々が勝ったら、『人類防衛連合』だけで『魔王軍』と戦う作戦は取り下げてくださいよ」


「ははは、いいともいいとも。逆に我々が勝ったら、全面的に協力してもらうぞ」


 アランがそう言うと、サイモン長官は「狙い通り」とでも言いたげに口元を歪めた。

 おそらく自分たち七英雄を皆の前で負かすことで、自分たちの有用性を示したいのだろう。

 だが……。


「知らないですよ、どうなっても」


 アランは戦いが決まった瞬間に、楽し気な笑みを浮かべたデレクの方を見てそう呟いたのだった。

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