第4話 英雄召集2

 ――マーガレットが「英雄召集」の勅令を出してから五日後。

 各国に送り出された使者たちは、滞りなく勅令状を英雄たちに渡し、彼らはそれに応じて第一王国にやってきた。


 そして今、場所は『白き皇国』の王宮にある最も大きな会議室。

 中央に備え付けられた円卓に、伝説の七英雄たちが座っている。

 会議室には他には勅令を出したこの会議の主催者であるマーガレットとアラン、アランのロゼッタをはじめ各七英雄の従者たち、そして第一王国の各機関の大臣たちが揃っていた。


「……これが七英雄の方々か。全員揃うとさすがに壮観ですね」


 環境大臣はそう言った。

 周りの大臣たちもその言葉にうなずく。

 元々若い頃から存在感の強かった者たちなのだろうが、25年という歳を重ねて全員40代となり、さらに存在感の重厚さと深みが増している。

 しかも、環境大臣は現在ちょうど三十歳になったところである。彼にとっては一世代上の、大戦争を終結させた英雄たちというわけだ。

 いや、環境大臣だけでなく、最終戦争で長生きできる人間が少なかったため、現在の国の中枢メンバーはかなり若い人間が担当していることが多く、二十代後半~三十歳までの人間が最も多い。

 しかも、公的な立場もアランのような田舎騎士団の中間管理職のモノではなく、そのほとんどが王族や国の中枢機関、大規模組織の長などメンツである。

 そんな英傑たちが覇気を隠す気もなく集結しているのだ。

 その威圧感たるやもはや語るまでもないだろう。

 

 さて、そんな周囲の人間が緊張した空気を漂わせる中、主催者であるマーガレットが口を開いた。


「皆の者。よくぞ招集に応じてくれた……と言いたいところなんじゃが……」


「さっそく、一人来てませんね」


 アランは苦笑いしてそう言った。

 アランたちは『七』英雄である。そして円卓にはマーガレットの座る席の他に、ちょうど七つの席が用意されている。

 そのうちの一つだけ、ポッカリと空席になっていた。


「も、申し訳ありません」


 そう言ってきたのは第一王国の外交大臣だった。

 陛下直々の命を遂行できずに、痛恨の極みといった様子である。

 アランはそんな外交大臣に言う。


「いいよいいよ。どうせ『遊び人』のやつのことだから、『めんどくさいからヤダ』とか言って、使者から逃げ回ってるんだろ?」


「……ええ、はい、おっしゃる通りです」


「……はあ、わらわ一応、皇帝なんじゃがなあ」


 頭を抱えるマーガレット。


「はっ、はっ、はっ!! あの男らしいじゃないのさ」


 豪快に笑ってそう言ったのは、円卓に座る七英雄の一人だった。

 シスター服を来た女である。

『聖女』ドーラ・アレキサンドラ。

 年齢は46歳。若く見えるマーガレットと違い、年相応に顔に皺は刻まれているが働き盛りの男たちがかすむほどに、その全身は活力に満ち溢れていた。

 なにより目を引くのが、その堂々たる体躯である。

 身長は二メートルを優に超え、その体には彫刻のごとき重厚な筋肉を搭載している。それでいて女性的な体のラインを損なっていないのだから、もはや芸術的で奇跡的なバランスの肉体美であると言うほかなかった。


「昔から変わんないねえ、ケビンのやつは」


 ドーラがそう言うと、第六王国の外交大臣が頭を下げた。


「すいません、うちの馬鹿が……あとで引っぱたいておきますので」


 こめかみに青筋を浮かべてそうんなことをいう第六王国の外交大臣。


(『遊び人』のやつ、仮にも国王なのに「うちの馬鹿」扱いされてるのか……)


 実に素晴らしい信頼関係を築いているようである。

 そんなことを思うアランだった。


「では、さっそく本題の防衛作戦について話し合おう」


 アランが目で合図を送ると、ロゼッタは会議場に備え付けられた白い壁に魔力を込める。

 すると、白い壁に『人界』の地図が大きく映し出された。

 これは『キャンパス・ファンタズマ』と呼ばれる幻影魔法を応用したマジックアイテムで、魔力を込めると事前に設定した映像を白い魔石の表面に投影することができる。

 ちょうど今、円卓に座っている七英雄の一人が開発したものだった。


「ここにいる皆も知っての通り魔王軍が復活した。となれば人類七大国が総力を上げて協力しつつ対策を立てなければならない。このことに異論のあるやつはいないだろう?」


 アランがそう言うと、他の七英雄たちは首を縦に振るかその場で楽しそうにニヤニヤと聞いているかのどちらかだった。

 つまり、皆現状は分かっているということである。


「だが今回、前回の大戦と比べて厄介なところがある。それが、敵の拠点がどこに出現するのか分からないところだ」


「ああ、なるほどね」


 そう声を上げたのは円卓に座るドーラとはまた別の女だった。

 『悪役令嬢』イザベラ・スチュアート。

 年齢は43歳。身長は170cmほど。

 一国の女王であり、その声音は威厳と艶めかしさを兼ね備えたまさに統治者然としたものだった。

 だが、彼女が他の英雄たちと並ぶと、違和感を覚える部分がある。

 あまりにも見た目が若すぎるのである。

 マーガレットも年不相応に若いがイザベラは異常というレベルである。

 皺の無い肌艶や、豊満さと張りと引き締まった曲線美を両立した健康的な肉体。

 切れ長の目と長いまつげが特徴的な大人びた妖艶な顔立ちのおかげで年相応の雰囲気を纏っているが、それが無ければ20歳と言われても全く疑問は抱かないだろう。


「まあ、そうよね。魔王城も無しに急に出現したって話だもの」


 イザベラがアランの言わんとすることを先取りして口にする。


「その通りだイザベラ。前回の大戦では魔族たちは125年前に出現した魔王城から『人界』に転移して兵力を増強してきた。『魔界』からの新しい物資や人員は全て魔王城を経由して運ばれてきていたんだ」


 しかし、ついこの前の『魔王軍』は突然第一王国国内に姿を現したものだった。


「つまり、今回『魔王軍』が使う転移魔法は、どこからでも現れることができるということだ」


 ようやく事態を理解した、大臣たちがどよめく。

 アランは話を続ける。


「一応来ないだろうと推測できる場所もある。原理的に次元転移魔法は魔力の濃度が濃い場所じゃないと機能しない。実際にこの前『魔王軍』が現れた地区も、国内では一定以上の魔力濃度があり、モンスターの発生する地域だった。モンスターを呼び寄せる魔力が少ない場所に作られる各国の中心部は、直接転移される可能性は低いと見ていいだろう」


 アランがそう言うと、ロゼッタがペンを使って魔力の薄い地域を赤く塗りつぶす。

 しかし、それはアランの言う通り各国の主要都市周辺や一部の地域であり、ほとんどの場所は『魔王軍』の出現ポイントの可能性がある場所だった。

 それを見て、会議に出席している第一王国の大臣たちのざわめきは大きくなる。

 誰が見ても守りづらい状況であることは明白だった。


「……なるほどね」


 一連の話を黙って聞いていた七英雄の一人が口を開いた。


「それで、どこの地域に死んでもらうの?」


 そう言ったのは『僧侶』デレク・ヘンダーソンである。

 年齢は41歳。第三王国の国王であり、常に歪んだ笑いを浮かべた男だ。

 デレクの言葉に英雄たち以外の参加者が一瞬静まり返る。

 そんなことを気にせずにデレクは続ける。


「僕の見立てだと、第一王国だと『ブラットレイ地区』『ガンザス地区』『ベルドルド地区』とその周辺はまず「切り」かな。特に生産拠点があるわけでもないし、兵を割く必要ないねえ」


 大臣たちがまたザワザワどどよめき始める。


「おいおい、賢明なる第一王国の大臣諸君何をざわついてるんだい? 戦争をする上での重要拠点……例えば第六王国にある食料生産拠点の『カザランド地区』や、第三王国の魔力触媒採掘場のある『ミルドレッド』地区に『魔王軍』が戦力を集中してきた時のことを考えれば、兵力の集中は当然だろ?」


 デレクは言う。


「そもそも、作戦会議なんてのは『どこにどう死んでもらうか?』を考えるためのものじゃないか。いやいや、僕自身もできることなら犠牲なんて一人だって出したくはないさ。まったく戦争ってやつは、いむべきものだねえ……」


 そうは言いつつも、デレクの表情は全く残念そうではない。

 むしろニヤニヤとしていた。これから数十万、数百万単位の命をどう犠牲にするかを考えるというのにである。

 『聖女』ドーラは言う。


「……そうやって人をモノのように簡単に切り捨てるところは相変わらずだね。デレク」


「おやおや、さすがは『聖女』様。綺麗ごとをおっしゃる」


「悪いとは言わないさね。ただ、アタシなら自分の力で全部守って見せる、ってだけの話しさ」


 この戦況を見て堂々とそう言い放つドーラ。


「……ふん、脳筋デカブツ女が」


 デレクがドーラを睨みつけ、二人の間に険悪な空気が生まれる。

 強者同士の殺気のぶつかり合いに、他の参加者たちは息を飲み、マーガレットなどに関しては青ざめて今にも倒れそうである。


(……相変わらず、我の強い連中だなあ)


 アランはため息をつくと言う。


「まあ、落ち着け二人とも。お前らが暴れたら王宮が瓦礫になる」


 続けて、アランは会場にいる人間全員に語りかけるように言う。


「ただ、デレクの言うことにも一理あるのは確かだ。これは戦争だからな。どうしたって見捨てなければいけない命は出る」


 アランの言葉を七英雄たち、また、数少ないながらも大戦争の時代を生きた年齢の大臣たちは否定しなかった。

 彼らは分かっているのだ。

 『魔王軍』と戦うということがどういうことか。

 デレクはそれを見て嬉しそうに言う。


「はっはっはっ。さあほら早く考えようよ。誰にどう死んでもらうかをさあ」


「……だが、今回はその綺麗ごとを実現するつもりだ。俺たちの力でな」


「……なに?」


 デレクが眉を潜めた。


「『封印石』を使う。やつらのプライドを利用してやるさ」


 アランのその言葉に、英雄たちとマーガレットは息を飲んだ。

 他のものは意味が分からずにキョトンとしているが、『封印石』がどういうものなのかを知る彼らにとっては、アランの考えはもう伝わっただろう。

 デレクは「ははは」と手を叩く。


「アラン、君はそういえば冷静なフリして昔から一番無茶苦茶な男だったねえ」


 他の英雄たちを見まわすと、彼らは頷いた。


「……決まりのようだな」


 実際失敗した時の被害は最大だが、被害を最小限に抑えるのにこれ以上の手はないはずである。

 大臣の一人がアランに聞いてくる。


「アラン殿、『封印石』とはいったい……」


 その時だった。


「勝手なマネはそこまでにしてもらいますかな」


 そう言って一人の男が会議室に入ってきた。

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