第3話 英雄召集
再び起こった魔王軍の襲撃から三日後。
アランはロゼッタと共に王国の王宮に足を運んでいた。
(……この廊下も久しぶりだな)
アランはシンプルだが荘厳な歴史を感じる装飾の施された廊下を歩きながらそんなことを思う。
アランたちの住む王国は、正式には人類七大王国の一つ第一王国『白き皇国(ホワイトハイド)』という。
その名が示す通り、『白き皇国』は七つの王国の国王の中で唯一「皇帝」を名乗ることが許された王が統治する「権威の国」である。
他の王国が300年の魔族との戦争や自国の内部闘争などで、お家断絶や王族のメンバーが丸々すげ変わるなどを繰り返す中、唯一2000年以上同じ男系血統の直系を守り通してきた。
まさに人類最高の「権威」の象徴が住む場所。
それがこの王宮である。
「……だから、本当ならこの王宮は例え騎士団長であっても、おいそれと入ることができるものじゃないんだよな。まあ今回は非常事態だしアイツとは昔馴染みだから許可取れたけど」
「そうなんですか?」
アランの言葉に隣を歩くロゼッタが尋ねる。
「ああ。人類最高の権威に簡単に謁見できちゃったら、あんまりありがたみがなくなるだろ?」
権威と権力は違う。
実際の武力や経済力などによる物理的な統治力である権力とは違い、権威というのは象徴的な意味合いが大きい。
「なるほど……確かに私も長いことこの国に住んでますけど、皇帝陛下の顔を見たのは数回だけですね。年末の行事でスピーチしているのを遠目で見ただけですが」
「……ちなみにだけど、その時の印象ってどんな感じだった?」
「印象ですか?」
ロゼッタはあごに手を当てると、うーんとその時のことを思い出そうとする。
「……凄く綺麗な方だったと思います」
現在の皇帝は女性である。年齢的にはアラン様より5つ下くらいでもう38になるが、未だに人類7大国に知れ渡るほどの美貌の持ち主である。
「なにより、話し方や所作の一つ一つに威厳みたいなモノがあって。さすがは皇帝を務める人だなと思った記憶があります」
「……威厳かあ。俺も欲しいなあ威厳」
アランはそんなことを呟く。
一応これでも、騎士団長として部下から侮られ過ぎないように務めているのだが、実際のところここ十年くらいは思いっきり舐められっぱなしである。
戦争を知らない世代が増えていくにつれてそれは顕著だった。
戦友の一人からは「お前は人が好過ぎるし、部下の話を聞きすぎる。だから舐められるんだ」と言われたのを思い出す。
「威厳なんて無くても。アラン様はカッコよくて素敵な方ですよ」
「そうかい、慰めの言葉ありがとうな……」
威厳が無いことは否定しないあたり、やはりロゼッタは素直な女である。
「しかし、やっぱりアイツに対する印象って、皆そんな感じなんだなあ」
「?」
アランの呟きに、ロゼッタは首をかしげる。
もしかしたらこれから見る光景に衝撃を受けるかもしれない。
そんなやり取りをしている間にアランは国王の間の前にたどり着いた。
警備の兵士はこちらに気づくと頭を下げた。
「『ユニランド支部』騎士団長、アラン・グレンジャー様ですね。お待ちしておりました。陛下がお待ちです」
門が開かれる。
アランとロゼッタが王の間に足を踏み入れた。
すると。
「待っていたぞ。『英雄』アラン・グレンジャーよ」
威厳のある女の声が聞こえてきた。
王の間の奥に座るのは、白銀色の髪をした女だった。
身長は170cmを超える長身。手足も長く、スタイルは抜群。とりわけ紫色の王衣をキツく押し上げる胸元は、一目で世の男性たちを釘付けにする事だろう。でありながら、吊り上がった眉と、まつ毛の長い凛とした目元が美しさの中に思わず平伏したくなるような威厳を漂わせる。
これが、2000年続く最長にして現存する最古の正当皇族のトップ。
『白き皇国』の皇帝、マーガレット・ホワイトハイドである。
アランは膝をついて平伏する。
「お久しぶりです、皇帝陛下。ご壮健そうでなにより」
ロゼッタもそれを見て急いで頭を下げる。
「そのようにかしこまらなくても良い……お主とわらわは旧知の仲ではないか。楽にしてくれアラン」
「そうか……ならそうしよう」
アランは顔を上げて立ち上がる。
マーガレット皇帝は装飾の施された豪奢な椅子から立ち上がると、王座からゆっくりと下りてこちらの方に歩み寄ってくる。
「遠路はるばるよく来てくれたな。すでのお主からの情報は届いておる。魔王軍の復活とは本当に厄介なことになったものじゃ……」
マーガレットはアランの前まで来ると。
「本当に……やっかいなことになった……本当に……」
そして。
「ねえ、本当にどうしようアラン!! マジで無理なんですけどおおおおおおおおおおおおおおお!!」
と、思いっきりアランの足元に縋り付いて泣きだした。
「ようやく戦争終わってええええ、怖い責任とか取らずに済むようになったのにいいいいいいいい。うわあああああああ、どうせまた何百人も死人の出る作戦に承認のサインする毎日になるんだああああああああああああ!!」
「落ち着けお前!! 大変なのは分かったから!!」
「……」
ロゼッタが驚きのあまり口をあんぐりと開けて固まっていた。
□□
「……うう、ぶええ、グスッ。すまなかったな取り乱して」
ひとしきり泣き散らかした後、マーガレットはようやく落ち着いて冷静に話せるようになった。
「あの、鼻水が……よければ使ってください」
「うん、ありがとう」
ズビー。
っとロゼッタに差し出されたハンカチで鼻かむその姿には、2000の血統による威厳など微塵もなかった。
というか見た目が若い方なので38歳の年を重ねた女にも見えない。感情むき出しで泣きわめく様などは、もはや幼女と言ってもいいレベルである。
「あの……アラン様」
未だに困惑した様子のロゼッタ。
「まあ、気持ちは分かるが、コイツは10歳の頃からこんな感じだったぞ」
アランにとってマーガレットは、彼女が若き日に身辺警護も務めたことのある旧知の仲である。
先代の早死にで10歳で帝位についたマーガレットが、毎日のようにわんわん泣いていたのが懐かしい。護衛をしているんだか子守をしているんだか分からなくなりそうな日々だった。
「それで、その様子を見る限り、送った報告書には目を通してもらったみたいだな」
アランはマーガレットが落ち着いたのを確認すると、さっそく本題を切り出した。
「う、うむ。しっかりと確認させてもらったぞ」
マーガレットは改めて威厳のある女帝然とした声を出す。
まあ今更その声を出されて堂々とした態度を取られても、も先ほどまでの38歳児とでも言うべき姿を見ているので手遅れだと思うのだが。
「しかし、こうして本人が報告に来てもまだ半分信じられんよ。あの魔王軍が……」
「そうですね。本来魔界から人界に来ることは不可能なはずなので」
魔人族は本来別の世界である『魔界』に住んでいる。
人類の住むこの世界『人界』とは、空間的に繋がっておらず行き来することは不可能であった。
その本来不可能な世界移動を可能にしたのが、『魔王』ベルゼビュートだった。
125年前。ベルゼビュートは彼だけが使える空間転移魔法によって、魔界と人界を繋ぎ魔界の軍を『人界』に転送し侵略を開始した。
それが人類と魔人族の大戦争『ティタノマキア』。
魔王ベルゼビュートたった一人の力によって戦争は始まったのだ。
だが、これは逆を言えば「魔王さえ倒してしまえば魔人族たちは『人界』に来ることができない」ということである。
それどころか、転移先の世界に留まっておくには魔王の存在がこちらの世界にいることが必要らしく、アランが魔王を倒した瞬間にこちらに来ていた全ての魔人族が『魔界』に帰って行ったのである。
そして魔王しか使えない転移魔法は、魔王が死んだために使えなくなった。
マーガレットは言う。
「学者たちの研究の結果、世界転移魔法を使用できた魔王の存在はイレギュラー中のイレギュラーだということが分かっておった。じゃから、もう魔人族が『人界』に来ることはないと考えていたんじゃがな……」
「はい。ですが魔王が何かしらの方法で復活したというのであれば納得はいきます。まあ、一度確実に殺したはずの魔王がどうやって復活したのかは、それはそれで謎ですが」
ともかく、魔人族たちは再び『人界』を征服する移動手段を手に入れてしまったと、そういうことである。
「ともかく事態は急を要します。本日はマーガレット陛下にお願いがあってきました」
「……ものすごーく、嫌な予感がするんじゃが。まあ、申してみよ」
「皇帝の名のもとに、各地に散らばっている七英雄たちを招集してください。彼らと共に、魔王軍を迎え撃つための対策会議を行います」
「えー……」
アランがそう言ったのを聞いて、マーガレットは凄まじく顔をしかめた。
ロゼッタがアランに耳打ちして聞いてくる。
(あの、アラン様……なぜ陛下は台所から大量のゴキブリが出てきた時みたな顔をしているのでしょうか?)
「……まあ、個性的な連中だからな」
とはいえ、彼らとの連携は不可欠だ。
しかし、マーガレットは一つため息をつくと。
「やむを得んか……。分かった。召集の勅令を出そう」
「感謝します」
「よいよい。起きてほしくなかったとはいえ、人類の危機なわけだからのう。権威なんてものはこういう時に使わねばな」
そう言ったマーガレットの目には覚悟が浮かんでいた。
先ほどまであれだけ取り乱すほど怖がっていたというのに、仮にも10歳という若さで皇帝となった人間というべきだろう。
この女帝もまた、戦いの時代を生きた人間なのだ。
「ところで、わらわからも一つ提案があるんじゃが」
「ん? なんでしょう?」
マーガレットは凄まじく真剣顔で言う。
「わらわは会議の時、いなくてもいい?」
「ダメです。自分の名前で呼び出しといてそれはいかんでしょう」
「えー……」
マーガレットはまた心底嫌そうな顔をするのだった。
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