いつものおじさんと生意気な少年たち

ある日おじさんが突然僕の部屋のドアを開けた。これ以上僕の感想を書くことは無粋だ。

「よう、スタジオ行くから用意しろ」

僕はため息をつきながら、ギターをケースに入れ、おじさんの車に乗り込んだ。


 珍しく楽器屋さんには人がいる。それも三人も。みんな怖そうなお兄さんだ。ブレザーの制服のネクタイをせず、十字架のネックレスを下げている人もいる。僕はおじさんの後ろにそっと隠れた。髭の店員さんはおじさんに呑気な声をかける。

「こいつらだよ」

今度はおじさんが溜息をつく。

「LINEは使うなと言っただろう?メールもやめろ。あれは仕事用だ」


 しばらくの面倒なやり取りの後、おじさんは十字架のお兄さんに声をかけた。

「お前らか。悪くない身なりだな」

「お前が入るのか?ガキなんか連れてくるなよ」

おじさんは首を横に振り、僕に向かって顎をしゃくる。お兄さんは僕を睨んでいる。ただおじさんが笑いかけると、お兄さんはいくらか力が抜けたようだ。不思議な笑顔だ。

「一度聴いてみろよ。多少のアラはあるが、悪くないサイド・ギターだ」

しばらく二人は向き合っていたが、おじさんの笑顔に負けたようだった。しぶしぶ階段を降りて行った。


 お兄さんたちは、それぞれ楽器をセッティングしている。準備を終えたところで、おじさんが声をかけた。

「何か聴かせてくれよ。一番自信があるやつだ」

三人のお兄さんたちは話し合うと、ネックレスをつけたお兄さんがギターを抱えたまま言う。

「ミスター・ビッグ、分かるよな?」

「ダディ・ブラザー何とかか?鬱陶しいタイトルだ」

「ああ」


ドラムがカウントを取ると、聴き慣れたイントロが始まった。完璧なイントロ。そう思っているとボーカル・パートがやってきた。そして歌が始まる。十字架のお兄さんは1オクターブ下げて歌っている。これが声変わりというものなのだろう。ハード・ロックは歌えないのだ。するとギター・ソロの速弾きをアレンジしながらも高速で弾きあげた。おじさんは頷いている。曲が終わると話しかけた。


「いいギターじゃないか。それだけ弾けるガキはそういないだろう?」

お兄さんは得意げだ。

「ああ。だからガキはいらないんだよ」

おじさんは呆れた顔になった。

「あくまでお前はギタリストだよ。いいリード・ギターではある。ただお前のギターにその最悪な歌声を合わせることは感心しないな。オクターブ下げたハード・ロックがどれだけ無様か分からないのか?」

黙ったお兄さんにおじさんは続ける。

「とりあえずこいつに歌わせてみろ。ついでに簡単なバッキングもさせる」

おじさんは外に出て、階段を昇っていく。帰ってきたときにはカタカナの歌詞がふってある手書きのタブ譜を持っていた。


「ルイ、これ歌えるよな?初見だがバッキングできるか?簡単にしておいた」


僕は不安だったので、小さく頷いた。

おじさんの声は柔らかだ。


「さあ、やってみろよ」


お兄さんたちが呆れている中で、僕はレスポールとDS-1をアンプにつないだ。


「下手だったら殺すぞ、クソガキ」


おじさんを恨んだ。僕は初めてなんだ。こんな怖い状況に立たせて、どういうつもりだ。

ドラムのお兄さんを見るとやはり怖い顔をしている。

するとカウントが取られた。


とにかく僕はダウン・ピッキングをとめず、必死でブリッジ・ミュートをしてバッキングに徹した。お兄さんのギターはやはり上手いし、格好良い。そう思っているとボーカル・パートがやってきた。


僕は精一杯歌った。初めて、バンドに入ったんだ。ミスター・ビッグのキーは余裕だった。ギター・ソロに差し掛かってお兄さんたちを見た。さっきとは表情が違う。ソロを弾く十字架を下げたお兄さんは、どこか嬉しそうだ。


「ギブソン使ってりゃそのくらいの音はなるよな」


三人は初めて笑い始めた。僕は迎えられたのだろうか。

「クソガキ。いくらか楽に弾けた」

僕は一歩、ロック・スターに近づいているのかもしれない。

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