バッキング

ガンズ・アンド・ローゼズの動画を初めて観た。ひどい衣装だ。何でこんな人たちに僕は虜にされたのだろうか。革ジャンの下にショート・パンツなんて暑いのか寒いのか分からないじゃないか。この歌っている人が、おじさんが言っていたアクセル・ローズって人なんだろう。長髪にバンダナを巻いている。髪を伸ばしてバンダナを巻くことには憧れるが、笑われるだけだろう。

僕はおじさんがくれたたくさんのバンド・スコアの中から、ガンズ・アンド・ローゼズのものを引っ張り出した。そしてそれを眺めた。動画で観たスラッシュとかいう人のパートは弾けないけど、簡単な方は弾けるようになったんだ。ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル。最高のイントロだと思う。僕はCDに合わせて、その曲を何度も弾いていた。


「よう」


突然の来客だ。おじさんが部屋に入ってきた。ノックするとかいうデリカシーはないのだろうか。僕だって年頃だ。

「定番だな」

 おじさんが笑顔を見せると、僕はどうでもよくなった。この人の笑顔にはかなわない。

「だいぶ弾けるようになったよ。簡単な方ならね。」

「ああ、サイド・ギターってパートだ。ハード・ロックなら大体その簡単なリフを延々と刻むんだよ。それをバッキングって言うんだ」

今日は僕の語彙に「バッキング」という単語が増えた。

「簡単で地味だが、音作りに凝ると退屈なものじゃない。ギタリストの腕の見せ所は速弾きだと思うだろう?音作りなんだよ」

僕は母親に買ってもらった小さなアンプを眺めた。「GAIN」と書いてあるつまみを時計回りに回すと、音が荒々しくなることは分かった。これが音作りなのだろう。少し腕が上がったってことだ。僕は得意げにおじさんに言った。

「このつまみを回すんでしょ?」

おじさんは声を出して笑った。この人が声を出して笑うのは二回目だ。僕は間違っているようだ。

「こいつをつなぐんだ。シールドも持ってきた」

ケーブルはシールドと呼ぶらしい。おじさんはシールドをギターから丁寧に抜き、煙草の箱をいくつか重ねた程度の小さな箱に、その先を差し込む。そして箱と僕のギターを、おじさんが持ってきたシールドでつないだ。おじさんがアンプのつまみと箱のつまみを簡単にいじる。

「踏んでみろ。こいつのスイッチは足で踏むんだ」

僕は壊れないか心配しながらスイッチを踏んだ。

「ガンズが好きなんだよな?スイート・チャイルド・オー・マイン、弾けるか?」

僕は頷き、いつものようにギターを弾いた。凶暴なギターの音にノイズが入らない。おじさんの顔を見上げた。

「エフェクターだ。こいつをつないで、音を作るんだよ」

また語彙が増えた。エフェクター。

「やるよ」

「いつも悪いよ」

「BOSSのディストーション。DS-1だ。階段を昇りたいんだろう?安物だから気にするな」

僕は少しためらいながら頷いた。おじさんは僕の頭を撫で、何も言わずに帰っていった。


「せめて使い方も教えてくれればいいのに」


おじさんに呆れながらも、心は高揚していた。「ありがとう」を言い忘れた。

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