狂熱

 それから僕は、おじさんにもらったCDを聴き漁り、学校ではたくさんの曲を頭の中で再生した。ディープ・パープルだけでなく、KISS、ブラック・サバス、アイアン・メイデンと何でも聴いたし、気に入った曲のギター・パートは口笛で吹けるようになった。もっともギターで弾けるかと聞かれれば、言葉に詰まるけれど。


「タブ譜の読み方を教えてやるから来いよ」


おじさんからの電話だ。「タブフ」と言われても何のことか分からない。まったくこの人は困った限りだ。僕は母親にせがんでおじさんのところに連れて行ってもらった。母親はトランクからギターケースを優しく取り出し、僕に手渡した。そのあと手のひらを頭にのせた。僕の頭を撫でたんだ。何年ぶりだろうか。


 煙草の煙で満たされた部屋に通されると、おじさんはノート・パソコンを真剣な顔で睨んでいた。僕に気付いていない。ヘッドホンからは爆音でニルヴァーナが流れている。肩を叩かないと気付かないだろう。


「おじさん」

おじさんはやっと僕に気付き、ヘッドホンを外した。

「ルイじゃないか。どうした?」

「このやり取り、もうやめない?」

僕は冷めきっていた。

「何しにきたんだ?」

「『タブフ』って何?」

おじさんはやっと思い出したらしい。

「ああ、話してたな。楽譜みたいなものなんだが、ギターの楽譜は簡単なんだよ。どの弦の何番目のフレットを押さえればいいか、数字で書いてある。リズムはいい。最初はCDに合わせて、ある程度弾けるようになったらメトロノームに合わせるんだ」

珍しく真面目な回答をもらったが、言いたいことがある。

「何で最初から教えてくれなかったの?」

おじさんは煙草に火を付けながら答えた。

「耳を鍛えるんだよ。耳でコピーできないヤツは、楽譜がない曲がやりたい時にどうするんだ?無様だ」

それから僕はディープ・パープルのバンド・スコアを見せてもらった。六本の線が平行に引いてあり、数字がふってある。僕が見つけた場所と同じだった。

「スモーク・オン・ザ・ウォーター、弾いてみろよ」

おじさんはギターケースに向けて顎をしゃくった。僕がギターを抱えると、おじさんは呆れ顔で笑っている。

「エレクトリックの華は、アンプにつないで初めて咲くんだよ」

僕のレスポールにコードを差し込み、アンプと呼ばれるスピーカーにコードの反対側を差し込んだ。スイッチを入れ、おじさんがつまみを時計回りにゆっくりと回す。僕は試しに一番太い弦をピックではじいた。アンプは爆音を吐き出した。

「おじさん、こんな大きい音を出していいの?」

「ああ、この部屋は防音なんだよ」

おじさんはどこか嬉しそうな顔をしている。

「初めて使うアンプがマーシャルっていうのは、感謝するべきだ。ひずませてやるから、スモーク・オン・ザ・ウォーター弾いてみろよ」

おじさんは別のつまみをいじり始めた。準備が終わったようで、僕をじっと見つめ始めた。


 僕は下手くそなスモーク・オン・ザ・ウォーターを弾いた。

 ひずんだ爆音は確かに僕を、ロック・スターに近づけた気がした。

 気が付けば何度も同じフレーズを弾いていた。


 レスポールは歌っていない。

 彼は叫んでいた。

 もう僕は、誰にも馬鹿にされない気がした。


おじさんはボリュームを絞り、僕の頭を撫でた。

「どんな気分だ?」

言葉にできない。

「それでいいんだよ。言葉にならないっていうのも、悪くない表現だ。お前はいい子だ」

僕はそのあとロクな会話もできず、おじさんの家を後にした。

 胸の高鳴り、というものだろうか。そんなものだけは確かに感じたんだ。

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