第7話 王珠の煌めき
「あんたたち盗賊はあした州城に送られる。そこで裁きを受けるんだ」
飯の時間も終わり、再び腕に縄をかけられたレーキを前にして、マーロンが言う。
──州城に送られれば、終わりだ。
レーキの
「……あんたをね。貰い受ける事にしたよ」
初めて、レーキの顔に動揺が浮かんだ。きゅうっと音を立てそうなほど、瞳孔が縮む。
「俺を、奴隷にすんのか……?」
「似たようなもんだね」
内心の動揺を押し殺して、レーキは唇を噛み締める。罪を犯したものが奴隷にされることは、この国ではそう珍しい事ではない。
だが、里親の元にいたあの苦しい日々の記憶が、奴隷と言う単語に
「あたしの言いつけは守ってもらうことになるし、あんたがやる事はそれこそ山のようにある。嫌だって言うならあんたは
「……好きにしろよ」
どうせ負けたのだ。口惜しいが生きてさえいれば、逃げ出すチャンスも巡ってくるかもしれない。内心に湧き起こる怒りを静かに眸にたぎらせて、レーキは唇を強く噛んだ。
「ならあんたは今日からあたしの弟子だ。レーキ・ヴァーミリオン」
驚いて見上げた、マーロンの唇が悪戯っぽく微笑んでいる。きれいに澄んだ碧眼に、慈愛深い色をたたえて、マーロンは笑っていた。
「……なっ!」
「あたしはね、弟子を捜しに来たんだ。この国に。天の王の託宣を受けたんだよ。南で最後の弟子が見つかるってね。それでグラナートを一巡りした」
言葉に冗談を言っている調子はない。あっけにとられて、言葉も出ない。レーキはぽかんと老天法士の顔を見つめた。
「あんたを初めて見た時、悟ったよ。ああ、この子だってね」
「……」
酷く混乱する。弟子? 天法士の弟子になると言う事。それはつまり……
「これを持ってごらん」
押し黙ってしまったレーキの、縄でくくられた手のひらに円いものが落とされた。
それは、見事な装飾枠に収められた珠だ。青い色をたたえた滑らかに美しい珠。それが、レーキの手に触れたとたんに赤いまばゆい光を放って、深紅の宝珠に変わる。
「なんだ?……これ……」
溜め息に語尾が消える。きれい。まるで、まるで──そう。お祭りのときの焚き火みたいな色だ。見ているうちに深く吸い込まれて行きそうな。珠の中心、もっとも色の深い部分で時折小さな光の粒が閃く。
それは本当に炎のように揺らめいた。レーキの鼓動に反応して光量が変わる。不思議な
「やっぱり、ね。見込んだ通りだ」
マーロンはとても満足げに呟いた。口もとが笑っている。
「……それは。
訳が分からなかった。言われてみれば、王珠の事は聞いたことがある。天法士が持つ不思議な珠で、天法士が死ぬとその珠も主人と運命を共にするという。
「その石は人が持つ天分に反応する。人はみんな天分を持っている。生まれるときに竜王様が授けてくださる力。それはレーキも知っているね?」
お前は悪い天分を持って生まれてきたんだ。いじわるい笑みを浮かべた養母が、レーキに言った言葉。でなきゃそんなに嫌らしい色の羽を持って生まれてくるはずがない。
レーキの顔から、表情が消えた。唇を結んで気もそぞろに頷く。
「本当はね、簡単な天法を使うことなら、どんな人にもできる。どんな人でも多かれ少なかれ天分を持っているから。でも、天法士になるためには才能と強い天分が必要だ。王珠はその強い天分に惹かれて光を放つ」
強い天分。レーキの手の上で、王珠は確かに光を放つ。それを見て、マーロンは笑っている。嬉しそうに。
俺が? 養母に悪いと言われた。俺の天分が?
「……俺……の……天分が強いから、俺を弟子に、する?」
「ああ。そうさ。あんたは天法士になるために修行をするのさ」
天法士は不思議な術を使う。大勢の人の尊敬を集める。頼りにされる。本当に偉い天法士には、王様だって頭を下げる。みんなに法師様と呼ばれる。
俺が? 夢想することすらなかったこと。黒い羽の嫌われ者。厄介者。捨てられっ子の俺が。
天法士になる。大勢の人に尊敬されて、頼りにされて、法師様と呼ばれて……
「俺が……?」
「あんたがね」
ぎゅっと王珠を握りしめた。いまやすっかり鼓動に同調していた煌めきが、早くなった。
「でも……俺の天分は……悪い天分なんだろ? だから、そんな……」
無理だ。なれっこない。自嘲気味の笑いで、自ら希望を砕く。期待しなければ裏切られることもない。唇が自然と、皮肉く歪んでいた。
「天分に良いも悪いもないよ。ただ強いか弱いか。それだけさ」
指先が白くなるほど、王珠を握りしめた。氷の塊を飲み込んだときのように冷たくしこっていた
「……俺が、天法士に?」
「ああ」
マーロンの言葉は、はっきりと自信に満ちていて。かえって、レーキは不安になる。
「……でも俺、盗賊だよ?」
「でも、子供だ。これから何にだってなれる」
「俺、本とか読めない……字だって知らない」
「これから覚えれば良い」
「……でも、俺、こんな黒い羽だよ?」
黒い羽を持って生まれてきたことが、こんなに恨めしいことはなかった。
羽のせいでひどい目にあってきた。だから、また、希望を抱いたってこの羽に奪われてしまうのだと。そう思った。
「だから? ヴァローナ天法院の制服は真っ黒さ。その羽みたいにね」
「……なん、で……?」
信じられない。たった一言で、全部片付けられてしまった。なんでも無いことのように。マーロンは続ける。
「ヴァローナでは黒は一番尊い色で、学問を表す色だからさ。だから学生も教師もみんな黒を着る」
違う。そうじゃない。どうして、そんなになんでも無いことのように言えるんだろう。
それは、マーロンが鳥人でないからなんだろうか。
「……鳥人の黒い羽は不吉なんだっ……だから、だから……」
「だから? 羽が黒かろうが白かろうがあんたは強い天分を持っている。天法士に本当に必要なのは才能と強い天分さ」
聞き訳のない子供を見るような目で、マーロンはくりかえす。だから? と。
訳が分からない。自分が固く信じてきた現実に、ひびが入った。固い石の土台に開けられた小さなひび。何もかもが変わってしまう。そんな予感がする。
「……俺、天法士になれる?」
「なれるさ」
初めて、レーキの顔に明るい色が指す。マーロンはしっかりと頷いて、そして微笑んだ。
盗賊たちが捕らえられた翌日。サンキニ村の人々の、嫌悪と好奇心の入り交じった視線に送られて、元盗賊の少年と老法士は村を出た。
マーロンは盗賊退治の報酬のかわりに、州城に送られるはずだったレーキをもらい受けた。それで、レーキの罪が償われた訳ではないが、彼は盗賊では無くなったのだった。
本当に、そんな報酬で良いのかと訊ねた村長に、マーロンは笑って言う。
「ああ。彼がこの旅一番の報酬さ」
マーロンは村人に、馬車を用意させた。一頭立ての、屋根もついていない荷馬車に、普段は鍛冶屋をしている御者が一人。
背負い袋一つ携えて、それに揺られること半日。
街道沿いで、十人ほどをいっぺんに乗せることのできる街道馬車に乗り換えた。
「正直、半分あきらめていたんだ。弟子が見つからないんじゃないか。ってね」
マーロンは、グラナート国をあてどなく
「運命だったんだろうね。あたしはあんたの強い天分に引き寄せられたんだ。綺麗な羽だ。レーキ。天分の強い者はね、良かれ悪しかれ他人と違う、印象的な外見をしてるんだよ」
確かに、人目は引くだろうとレーキは思う。真っ黒い羽と対照な白い髪。紅い隻眼に眼帯。
現に今だって。乗り合わせた人々は
身にまとったマントのおかげで、マーロンの王珠が見えない今はなおさらだ。
「あたしの家はアスールにあるんだよ。深い森の中の村のそのまた奥にある小さな家さ」
アスール。森の国だとマーロンは言う。国土のほとんどが深い森で覆われ、獣人が木の上の家に住んでいると。
「家の近所の村は、森を切り開いて出来た村だ。獣人はあまりいない。アラルガントの一族だけだ。彼らも木の上には住んでない。山羊を飼っていてね。うまいチーズを作る」
マーロンは、アスールにあるという名もない小さな村の話を聞かせてくれた。
これから、レーキが暮らすことになる村。マーロンの元で、修行することになる村。
レーキは異国に行ったことがない。養父母が生きていた頃は、村を出ることすらめったに無かった。
初めての旅。不思議と不安は少ない。強力な力を持った天法士と一緒にいるから? その天法士の目が優しいから? どちらでもあるのだろう。
レーキは、見たこともない遠い国へ思いを
お試し版、『六色の竜王が作った世界の端っこで』はここまででございます。
続きは
https://kakuyomu.jp/works/1177354055504544734
こちらでご覧くださいませ。
なお、お試し版は元作の第一章の終了までを、一部省略再編集してお届けしております。
六色の竜王が作った世界の端っこで「お試し版」 水野酒魚。 @m_sakena669
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