第21話
昨日は夕方から雲が固まり、濃い色を呈していた。今日あたり一雨来るかなと思っていたが、ちらほらと小さい雲があるだけで、海水浴をするには申し分ない天気になった。みんなと行く向島の海水浴場にはバスが出ていた。吉井と篠崎とは海水浴場で待ち合わせになっている。僕はいつも玉野と待ち合わせをする鉄橋へと行くと、いつものように玉野はすでに来ていた。
「何分に来たの?」僕は言った。
「ついさっきですよ」
いつも玉野はこう言う。玉野は今日もパンツスタイルでボーイッシュな格好をしている。玉野とバス停まで歩き、バスに乗り海水浴場に向かった。
窓からは見慣れたしまなみ海道の景色が流れている。何の気なしにその景色を見ていると、玉野が僕の手をそっと握った。玉野の方に目をやると、俯きはにかんでいる。そんな玉野を愛しく感じる。そう玉野の事を何とも思ってない訳じゃない。誰に言う訳でも強く思った。
すると玉野は突然「それにしても篠崎さんって美人な方ですね。クールビューティーって言うのかな」と言った。
僕は心臓に針を刺されたようにビクリとした。その反応が手を通して伝わったのでは無いかと思い、玉野の表情を探ったが、玉野はなんの変化も見せず、そのまま話を続けた。
「吉井さんも、スリムで爽やかだし、お似合いの2人ですよね」
「そうだな。俺らはデコボココンビだもんな」
「私は普通ですよ。先輩が大きいんですよ」
「へえ、クラスで玉野より小さい奴いる?」
「いませんけど・・・」
僕は笑った。
「笑わないでくださいよー」玉野はむくれた。
向島の海水浴場に着いて、15分程待っていると吉井と篠崎がやって来た。
吉井は黒のアイアンメイデンのロックTシャツに、白のハーフパンツを履いている。篠崎はマリンテイストのワンピースを着て、白のサンダルを履き、髪を頭の上で一纏めにして、普段見せないおでこや輪郭や首筋をあらわにしている。その姿は無垢な少女のようだった。
僕らはプレハブの更衣室に、男女別に入り、早く着替え終わった僕と吉井は、すぐさま走って海へと向かった。素早く足をかけないと、火鉢の灰のような浜の砂で、足を火傷しそうだった。海の手前1メートルの所で、吉井は走る速度を更に速めて、そのまま海に向かいダイブした。大きな水しぶきが上がり、しぶきのかかったカップルは怪訝な顔をしたが、吉井は水を滴らせ、気にせずに笑っている。
僕と吉井は互いの背中に乗っかったり、意味なく相手の足を持ったりしてふざけていると、海岸からおーいと、僕らを呼ぶ声が聞こえた。見ると玉野と篠崎が手を振っていた。玉野はこの前選んだフリルの着いた白の水着を着ている。篠崎はネイビーカラーの服のような、ゆったりとした水着を着ている。そこから真っ白なすらっとした手足が伸びている。
「先輩、浮き輪を借りて来ました。遊びましょうよ」と玉野は自分の身長程あるバナナ型の浮き輪を見せた。どう遊ぶんだろうと考えたけれど、捕まったり、浮き輪の上でバランスを取ったりするだけで楽しく、僕は頬の緩みを感じ、一々はしゃぎ遊んだ。
こういう意味の無い事ではしゃげるのも、もしかしたら最後かもしれないと噛みしめ、水と太陽の恩恵を全身で享受した。すると2時間後にはヘトヘトになった。
砂浜で休憩中、吉井と玉野はトイレに行き、ふいに篠崎と二人きりになった。僕と篠崎は隣同士に座り、篠崎は吉井の持ってきたスイカ模様のビーチボールを抱えていた。互いに特に喋る事も無く、海を見ていた。それでも沈黙に耐えれなかったのは僕の方で、篠崎に「どう?勉強してる?」と聞いた。
「嫌な人ね。自分は受験しないからって」篠崎は海から目を離さずに言った。
「ゆるせ」
雲が太陽を隠し、吹いていた柔らかい風が、一気に冷ややかに感じられた。篠崎は「涼しい」と一言言った。
その横顔はやはり少し寂しそうに感じられた。
「清水君・・・」篠崎は静かにそう言った。
「何?」
「私・・・」珍しく篠崎が言い淀んだ。
「なんだよ」
「私、吉井君と別れようと思うの」
僕は意味がわからずに「えっ?」と聞き返した。篠崎は何も答えなかった。僕は真っ先に怒りのような感情が湧いてきて「なんでだよ」と篠崎に迫った。
「なんとなくかな」
「なんだよそれ。そんな理由、俺だって吉井だって納得しないぞ」
篠崎は僕の興奮などどこ吹く風で、何かもっと違う事を考えているようだった。
「別れるなよ」僕は言った。
「どうして?」篠崎は相変わらず静かに言った。
「吉井は・・・、良い奴だろ?お前の事も大事に思ってるし」
「友達思いなのね」
僕はその一言で、吉井への嫉妬や篠崎への捨てきれない思いなどが残像のように思い出された。
「お前が何を考えているか、わからない・・・」
「私は、私の好きなように生きてる。吉井君や、ましてや清水君の思うようには生きてないわ」
「意志は変わらないのか?」
「ええ」
「じゃあ、俺も好きなようにする。お前の顔はもう見たくない」僕は立ち上がって、更衣室の方へと歩いて行った。篠崎が一言「残念・・・」と言ったのが耳に入った。途中、吉井と玉野に会った。僕は2人に「ごめん、今日は帰るわ」とだけ言った。更衣室に入ると、ロッカーを思いっきり殴った。痛みで少し冷静になった。玉野には悪い事をしたと思った。頭が冷えたら謝らないといけない。でも頭が冷える目途なんて、今はまったく立ちそうに無かった。今日は全て上手く行くと思った。僕は玉野と、篠崎は吉井と、それぞれ生きて行く。そんな未来を見た気になっていた。それをいとも簡単に壊してしまった篠崎がゆるせなかった。でもそれはあまりにも自分勝手な考えだ。僕は自分自身にも腹が立った。
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