第20話

 次の日、10時に待ち合わせの場所である鉄橋に行くと、玉野はすでに来ていた。大きく英字がプリントされた白のTシャツに、ジレを羽織り、短パンを履いている。頬にチークを付け、いつもよりしっかり化粧しているが、童顔のため失礼だが子供が大人びているように見える。

「先輩、就活はどうですか?いい企業見つかりましたか?」

 僕らは福山市のショッピングモールまでバスで行こうと思い、歩いてバス停まで向かっていた。

「実際どんな企業でもいいんだよね。工場でも営業職でも」

「もう、大学っていう選択肢は無いんですか?」

「今からやりたい事が降ってくる事が無い限りね。まずこのまま就職してお金を稼ぐよ。お金があれば、時間もある程度は買える訳だし、人生立ち止まる時に役に立つ」

「あーあ、勿体ないな。私も先輩が行く大学なら行きたかったな。私はどうしようかな?」

「玉野はやりたい事ないの?」

「ありすぎて困ってます」

 玉野は照れ笑いを浮かべた。

「玉野の方こそ教育関係が似合いそうだけどな。保育士とかさ」

「本当ですか?私単純だから本気にしちゃいますよ?」

「本当だよ」

 玉野が保育士として働いている姿は簡単に想像できた。あと、同じく人の為に働く看護師や介護士なんかもよく似合っていた。

「じゃあ、先輩も一緒に保育士目指しましょうよ」

「なんでそうなるんだよ」僕は笑った。

「だって、その方が楽しいじゃないですか」

「楽しいか・・・」

「一人でするより、好きな人と何かする方がいいに決まってます」

「玉野といると、癒されるな」

「ははは、馬鹿なだけですよ」そう言って照れた玉野は手で顔を扇いだ。

「いや、強いんだよ」

 玉野はよくわからないといった顔をした。

 その後ショッピングモールで、玉野と一緒に水着を選び、フードコートでご飯を食べて映画を見た。

 そして夕方、別れ際になり待ち合わせ場所と同じ鉄橋で、僕は吉井の言葉を思い出した。

 僕は玉野の小さな肩を掴み、こちらに引き寄せ玉野の顔をじっと見つめた。玉野は最初焦った顔をしていたが、すぐに理解し、自ら目を閉じた。僕は玉野の固くこわばっている唇に軽く自分の唇を付けた。僕にとって初めてのキスだったが、星が降る事もなく、太陽がハートの形に見える事もなく、物凄くあっさりと終わった。何か手順を間違えたのかなという気持ちになった。玉野はというと、顔をりんごのように真っ赤にし、後ずさりし「これ以上は頭が爆発しちゃうんで・・・」と言って、僕の目を見ずに去って行った。

 僕は馬鹿みたいにまた、篠崎の事が頭に過り、篠崎とのキス、その先の事を妄想した。それは、玉野には決して言えない感覚だった。

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