第19話

「あんた本当にやりたい事無いんだね」母さんは、パンを手でちぎりながらそう言った。

「今の所はね」久し振りに母さんと、母さんの手作り料理で唯一美味しいと思える鮭の入ったクリームシチューを夕飯に食べていた。

「デカい図体して、心の方はセンチな所あるからね。誰に似たんだか」

「母さん以外に誰に似るっていうんだよ」

「ふーん」と母さんは何やら満足した様子になり「でもやりたい事があっても、無くても人間は悩むものよ。悩む事は悪い事じゃないしね。おろそかに生きなきゃそれでいいと思うわ」

 おろそかに生きるとはどういう事か理解できなかったので、僕は「よくわからん」と言った。

「そのうちわかるわよ」そう言って母さんは、美味しそうに、静かにクリームシチューを啜った。

 部屋に戻ると、スマホに吉井からの着信があったので、吉井に折り返し電話を入れた。話の要件は前回に話した、僕と吉井と篠崎と玉野の4人でどこかに行くという事だった。僕は正直篠崎に会いたくなかった。けれど仕方なく話を進めた。

 いや、本当は篠崎に会いたいのかもしれない。

 わからない。

 僕は以前より、自分の気持ちが掴みにくくなっていた。

「じゃあ、海でいいか?」吉井は言った。

「そうだな。玉野に聞かないと何とも言えないけど」

「じゃあ、聞いといてくれよ」

「わかった」

 吉井との電話を終え、僕は続いて玉野へと電話をかけた。

「あっ、先輩」電話越しの玉野の声は少し焦っているようだった。

「どうかした?」と僕は言った。

「いいえ、ちょっと猫と遊んでて、こら、メラニー」玉野は優しい声で猫を叱っている。

「猫飼ってたんだ?」

「言ってませんでしたっけ?」

「うん、犬は前に見たけど。あっ、そうだった。前に会った吉井と篠崎いただろ?今度海に行かないかって言ってるんだけど、どうかな?」

「いいですよ。でも水着あったかな?」

「あー、俺も無いかもしれない」

 競泳用の水着はあるけど、レジャー用の水着は、どこにしまったのかわからなくなっていた。

「先輩、一緒に買いに行きましょうよ」玉野は機嫌よく言った。

「そうしようか、いつにする?」

「じゃあ明日にしましょう」

「そうだな」

 あと色々と雑談し電話を終えた。また篠崎と会う事になる。玉野の事、吉井の事、まるで絵の具をまぜこぜにした子供の絵のような、なんの方向性もない気持ちだった。

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