第11話

 期末テストに入り、クラスが慌ただしくなった。その熱気にあたって教室から距離を置きたくなった。昼休みに吉井と松田と校舎裏へ行った。エアコンが完備されていない学校で、この時期一番涼しいのが日の当たらないこの校舎裏だった。普段は不良たちのたまり場となっている。カビ臭く、側溝にはヘドロと一緒にタバコの吸い殻や、エロ本などが散乱していてかなり不快だ。けれど暑さと天秤に掛けると少しだけこの場所へと傾き、僕らはここへと流れついた。

「いいなお前ら、篠崎達と旅行だなんて」と松田が言った。

僕は結局旅行が楽しみになってきて、余裕から「お前も来たらいいじゃないか」と松田に言った。

「うーん、三池が来るんだろ?俺あいつ大嫌いだから、絶対喧嘩になるよ」と松田は苦々しい顔で言った。

その表情を見て僕は、二年の時、松田と三池が殴り合いの喧嘩をした事を思い出した。喧嘩の原因はよく覚えてないけれど、その時の松田の真っ赤になって怒る姿は僕の脳裏に焼き付いていた。

「それなんだよな。俺も三池は苦手なんだよ」吉井も言った。

正直僕も三池には関わりたくない。三池はとにかく打算的な奴で、結局は女とヤル事しか頭に無いような奴だった。

「清水と吉井と俺なら、絶対行くんだけどな」そう言って松田はため息をついた。

 勿論僕もその方が良いに決まっていたし、そうならないかと考えてみたが、あの遊びや女に人一倍貪欲な三池が、そうそう奇跡的に決まった旅行をキャンセルする訳が無かった。

「無理だろうな・・・」吉井は弱弱しく言った。

すると吹っ切れたように松田が「俺は勉強に打ち込むよ。夏期講習もあるし」と言うものだから、僕は「どこの大学受けるんだ?」と聞いた。

「俺はH大を目指してるんだ。親父も兄貴も、H大なんだ。だから俺もそこに入りたいんだ」と松田は笑顔で言った。

 僕は松田のその迷いのない姿が純粋に羨ましいと思った。

「おー、吉井、それに清水」声のする方に目線をやると、そこには三池と三池といつもつるでいる、色黒で坊主頭の高橋という不良がいた。

 高橋はいきなり「なあ、タバコ持ってないか?」と僕らに言った。高橋の目はくっきりとした二重で、いつも鉛玉のようにギラギラと鈍く光っている。

「持ってないよ」と吉井は言った。

「こいつらが持ってる訳ねえよ」と三池が笑いながら高橋に言った。

「そうなのか?おっ吉井、お前、夏休みに沖縄に行くらしいなー、俺も行っていい?」高橋は不気味な程の笑顔で言った。

「え?」っと、吉井は動揺した。

「おいおい、お前金ねえだろ」と三池は笑った。

「貸してくれよ」

「馬鹿、お前に3万貸してるの忘れたのかよ。まずそれを早く返せよ」

「じゃあ、君、名前知らないけど貸してくれない?」と高橋は僕に言った。

「貸せる金なんて無いよ」と僕は言った。

「なんだよ。つまらねえ奴だな。もうちょっとましな返し出来ないのかよ。笑いのセンス皆無だな」と高橋は僕に悪態をついて「なあ、こいつも沖縄に行く訳?」と三池に言った。

「ああこいつも行くよ。なあ高橋、こいつらにからんでもこれ以上面白くならないからさ、もう行こうぜ」

「なんだ?仲間意識か?いいねえお前ら、篠崎も行くんだろ?篠崎ってヤリマンだろ?ああ、でも性病持ってそうだな。それとそこの牛、お前は仲間はずれにされたのか?かわいそうに早く人間になれよ」そう言って高橋は壊れたおもちゃのように笑った。

 それを聞いた吉井が「あいつ・・・」と呟いたのが聞こえた。

松田も体に力を入れた。僕もいつでもこの糞野郎を殴れるよう、拳を固く握りしめた。

 でも予想に反して、高橋に一番最初に手を出したのは友人であるはずの三池だった。三池は高橋の頬を、校舎裏に響く程の手加減なしの右ストレートで殴った。

 僕達は驚いた。もちろん高橋も予想外の事で地面に倒れ込んだ後、暫く呆然としていた。

「は?なにすんの?」高橋は言った。

 三池は怒っているのか悲しんでいるのかわからない表情をしていた。

「お前喋りすぎなんだよ」と高橋に言って「お前らもう行け」と僕らを手で払った。三池と高橋が揉めている中、僕らは校舎裏を出た。

「おい、おい仲間割れじゃないか。三池の奴一体どうしちゃったんだよ」吉井は胸がすいたのか、まるでヒーローショーを見終わった子供のようにはしゃいでいる。

「篠崎に気があるんじゃないか?」と僕が言うと吉井の顔は一気に曇った。

「昔の三池なら、殴らなかっただろうね・・・」松田は静かに言った。

「あいつが成長したって事か?」吉井はあまり合点がいっていないようだ。

「さあ、何にしても、昔の三池なら一緒になって笑っていたと思うよ。でも今日の三池は高橋を殴った。それが成長といえるのか、どうなのかはわからないし、偉そうな事言えないけど、ただ、人間って自分が思う以上に、月日が経てば変わっていくものなんじゃないかな?」松田は言った。

 確かに松田が言うように、人間は考えや趣味趣向、味覚、さらに言うなら細胞だって一年経てば変わってしまう。言うならば別人になるのだ。三池は変わった。吉井も松田も変わるだろう。そして、来年にはそれぞれ違う道を歩いていく。

「せっかくだから、俺らも高橋を殴ったらよかったな」僕は言った。

「違いない」二人は笑った。

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