第9話
次の日は久し振りの快晴だった。それでも結局、この時期は汗か雨かで濡れなければいけなかった。学校へと続く坂道を登り切り駐輪場で出会ったのは、玉野ミサだった。
僕は「やあ」と声をかけた。
玉野は笑顔で「この前の、雨の日以来ですね」と言った。玉野は笑顔が良く似合う。 僕と玉野は暫く駐輪場で、この前出来なかった近況報告などをした。
「あの、先輩は進路どうされるんですか?」玉野は落ち着きなく、手や足をくねくねと動かしている。
「俺は就職する事に決めたよ」
「えっ、どこにですか?」
「それは・・・、まだこれから決める所・・・」
我ながら無計画だなと恥ずかしくなった。
「そうなんですか。意外です。私、先輩なら優しそうだから教育関係が向いてるなって、自分で勝手に思ってて・・・」
「優しい?俺が?」
「はい・・・、何か変な事言いました?」
玉野は恐る恐るといった感じで、僕の顔を覗きこんだ。
「いや、優しいなんて初めて言われたからさ、自分がそういうタイプだと思っていなくて」僕はそう言うと同時に、頭のどこかにしまってある自分の記憶をめくってみた。けれど残念だけど誰かにそう言われた記録はどこにも書いていなかった。代わりに恐いや、何考えているかわからない、といった事が無数に書いてあった。
「ふふ、他人がいての優しさなんですから、私が優しいと言ったら、先輩は優しい人なんですよ」
玉野は柔らかく笑った。
「ありがとう・・・」と僕は少し照れて「教育関係か・・・、考えとくよ」と言った。
「はい」と玉野はにっこりと笑った。その笑顔にいつもと違う可愛らしさを感じ、僕はドキリとした。
玉野と別れ、自分の教室に入ると、僕の目は真っ先に篠崎を探していた。今日はまだ来ていないらしく、僕は自分の席に静かに座った。すると三池という特別親しくもないクラスの男子が僕の席にやってきて、馴れ馴れしく僕の肩を抱き、耳元で「夏休み楽しみだな」と言ってきた。
状況がわからない僕は「は?」と聞き返した。
すると三池は軽薄を絵に描いたような、のっぺりとした笑みを浮かべ「いやいや、吉井から聞いてるだろ?篠崎と本田と酒井の6人で沖縄に行くってさ」と言った。
それを聞くなり僕はすぐに吉井を探した。
吉井は窓際の一番後ろにある自分の席から、こちらを見て情けない笑顔を浮かべていた。
僕は吉井の席へと行き、吉井に詰め寄り「どういう事だよ」と言った。
吉井は縮こまり「それが、話せば長くなるんだが」と言った。
「話しなさい」
「それが、篠崎の奴、大学生のAさんと別れたらしいんだ。それでチャンスと思ってさ、思い切って昨日旅行に誘ったんだよ。じゃあ、まさかのオッケーが出てさ。で、それを横で聞いていた三池が俺も行くとか言い出して、すると話がトントン拍子で決まっちゃって・・・」そこまで言って吉井は手を合わせ「すまん」と謝った。
「いいよ。でも俺は行かないよ」僕は軽率な吉井に腹が立ち、冷たくそう言った。
吉井は「それは困る。お前が来なきゃ、三池みたいな奴がもう一人来るんだぞ。例え篠崎がいようが、そんな旅行には行きたくないよ」と自分勝手に言った。
「お前が自分の利益だけ考えて走った結果だろ?自業自得だ。俺も巻き込まれるのは勘弁だ」僕がそう言うと「どうかしたの?」と聞き覚えのある声が背中から聞こえた。
そこにはいつの間にか篠崎がいた。
「篠崎・・・」
僕は篠崎の目を見た。久しぶりに目と目を合わせた気がする。以前のように人を包み込む目であり、喧嘩の時のような怒りが無いように思えた。僕は少しホッとした。
「何かケンカしているように見えたけど?」
「夏休みの旅行の事でちょっとね・・・」と吉井は言いにくそうに言った。
「何?清水君、沖縄行きたくないの?」篠崎にそう言われ、僕は黙った。すると篠崎は何か良いことでも思いついたかのような表情で「そうだ。この前の喧嘩だけど、水に流してあげるよ。その代り清水君、旅行に来てよ」と言った。
「はあ?」と僕は困惑した。
「何?旅行に来なきゃ、卒業まで無視するよ?」篠崎は悪戯っぽく微笑んだ。
「そんな無茶苦茶な・・・」
「はい、決定。吉井君、後は任せた」篠崎はそう言って去って行った。
僕は吉井を睨み見た。しかしどうやら吉井も困惑している様子だった。
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