第4話
次の日の放課後、学校の近くの本屋で参考書やビジネス書を立ち読みしながら、僕は僕なりに真剣に進路の事を考えた。正確には将来に着く仕事を、僕の資質と照らし合わせて選択するという事なのだけれど、図体がデカいだけで勉強もスポーツも人並みの僕にとって、出来る事は限られている。さらにネガティブな性格で出来る事を狭めているような気がする。吉井の言うように、一夏勉強に打ち込み大学に行き、色々な人と出会い、経験を積んだら不思議とやりたい事が見つかるのだろうか。大学の4年間というのは、分別のついた大人を変える程の価値があるものなのだろうか。
街にいる大学生らしき人を見ると、大体がはしゃぎ屋か、大学4年間をただ流れに任せ押し出されるように就職していく、一見、真面目そうな人達、そんなのばかりに見えてしまう。
僕は見ていた本を閉じ、それまでの自分の考えにうんざりし、あまり考えずに選んだ適職診断の本を買って本屋を後にした。
家に着いてコンビニで買った、から揚げ弁当を食べながらテレビを見ていると、Tシャツにスウェットのズボンを履いた母さんが、ドサリと何かのパンフレットをテーブルに投げ捨てるように置いた。
「何これ?」と僕は聞いた。
「予備校のパンフレット」
母さんは、40代に突入した自分の肌と戦う戦士のように険しい顔つきで、乳液で顔を照らし、美顔ローラーで顔のリフトアップをしている。
「見たらわかるよ」と僕は言った。
「行ったら?」
「どうして?」
母さんは、美顔ローラーを剣のように僕を指し「どうしてって、成績優秀とは言えないでしょ?」と殆ど無い眉毛をハの字にさせた。
「でも、まだ大学に行くかどうか迷ってるよ?」
「専門学校にでも行くの?もう迷ってる暇無いと思うけど?」母さんはそっけなくそう言った。
「それも何か違う気がする・・・」
「違う気がするって、じゃあどうするの?言っとくけどニートにだけにはならないでね。早く子育てから解放されたいんだから。そしたら、母さん今まで我慢してた自分の好きな事出来るんだから」そう言って母さんは、筋の張った白い華奢な腕を組んだ。
「うん・・・、就職しようかなって思う」
「就職?」と母さんは少し驚いたが、すぐに安心した表情になり「そう、それもいいかもしれないわね。でも大学に行ってもいいのよ?それくらいの蓄えはあるんだから」と言った。
「いや、多分就職すると思う。お金貯めて、それから色々考えて、必要なら大学や専門学校に行こうかなって」
「へー、ちゃんと考えてたのね。でも、もうちょっと頼ってもいいのよ?」
段々と上機嫌になっていく母さんを他所に僕は、今までの経験から「頼れば頼ったで、自分の事は自分でするものよって言われそうだしね」と言った。
「可愛くない子ね・・・」母さんは目を細めた。
「どうもすいません。それより今日アキは?」
「どうせ彼氏の所でしょ。最近毎日のように通ってるみたい。まあ、今回の彼氏は、帰りはちゃんと送ってくれるいい奴だから、それ程心配はしてないけど。それよりあんたも彼女でも作ったら?恋愛は人を育てるって言うしさ。アキなんて最近、私の手からすっかり離れて成長しちゃってるのよ?」
「俺が彼女作ったら、母さん寂しいだろ?」
「そんな事ないわよっと」母さんはそう言って、僕のから揚げを一つヒョイと手でつまんで口に入れた。
『就職』ついつい流れで、あまり考えてもいなかった事が口から出た。母さんの細い腕を見たせいか、心の中でボヤボヤと漂っていたものが、口から出るまでに綺麗に纏まったみたいだった。
就職、悪い考えじゃないと自分でも感心した。一度就職をして、もし自分のやりたい事が見つかったなら、大学や専門学校にでも行けばいいのだ。それでも決して遅くはないはずだ。
僕は肩の荷が降りたような安堵した気持ちになった。しかしそれは一瞬の事で、またいつものように、やりたい事が見つからなかったら一生やりたくもない仕事をしていくのだろうか、という不安に襲われた。でもそれはもう考えない事にした。今更だけれども、わからない未来の事をあれこれ考えて不安になるのは利口じゃないと思い、ひとまず僕は自分の進路に対して、空欄に鉛筆でチェックをするように区切りをつけた。
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