12.へっぽこ召喚士の特訓



「召喚の条件は適応する属性を合わせて、召喚術を発動……って、わあ!」



 朝早くから第四部隊の獣舎は何やら騒がしい。獣舎近くの木々に止まっていた鳥たちは、ミアの声に反応して飛び立っていく。白い煙が彼女の足元から吹き溢れては、陽の光を取り込む窓の隙間から流れて消えていった。


 いつもとは違った気合いの入れようのミアに、魔獣達は朝食を頬張りながら、甘えられる隙を伺っていた。慌てふためく彼女の姿を見て、しばらくは様子を眺めるだけの方が良さそうだと、危険を察知して視線を朝食へと戻す。


 円卓会議の後、ミアはお荷物と言われたこの第四部隊に神獣を喚び出そうと、想いを密かに燃やしていた。周囲から投げられた部隊への不満を、どうにかして払拭したかったのだ。


 だからと言って、不得意な召喚術を簡単に扱える訳もなく、ましてや名のある有名な召喚士達ですら召喚出来ない神獣をミアの力で喚び出すことは到底不可能。


 そんな彼女の足元には黄緑色のカエルがゲコリと鳴いて現れた。そのまま顔面を目掛けて飛んでくるものだから、短い悲鳴を上げてバランスを崩す。



「いったあ……」



 後ろに倒れて尻もちをつくと、カエルは何も気にしてないように獣舎の外へと飛んで行った。ズキズキと痛む腰を摩りながら、失敗した魔法陣の跡を見つめる。



「魔法陣には異常なし。ってことは、やっぱり私の魔力の問題ね……」



 顎に手を添えながら自己分析を進めるものの、失敗した事実には落胆してしまう。


 だが魔獣達の食べ終わった合図の鳴き声に、溜息が漏れそうなるのを忘れて、綺麗に食べ終わった餌皿を回収する。美味しかったと尻尾を振るその愛くるしい姿に、自然と笑顔が零れた。


 例え失敗したとしても、この子達は笑わない。私の傍に居てくれる。


 温かい気持ちに包まれ、普段よりも念入りに口周りを拭いてやり、日課のフワフワブラッシングをしていれば、騎士達がぞろぞろとやって来た。


 今日も今日とて訓練に勤しむ彼らの距離感は、少し前には想像も出来なかった程に縮んだ。相棒の騎士の姿を見つければ、嬉しそうに喉を鳴らす。


 ミアに行ってきますの挨拶をするように、頬を擦り付けて檻の外へと出ていく姿は、いつ見ても頼もしい。



「今日も元気に頑張ってきてね〜!」



 彼らの後ろ姿を見送り、気合いを入れて檻の中の掃除に取り掛かる。頑張る彼らを見て、落ち込んでいる暇はないのだと、前向きな気持ちがミアの背中を押した。


 仕事中も頭の中は、召喚術の反復練習。反復といっても、まだまともに魔獣の召喚ですら成功していないミアには感覚的なものは一切分からない。


 ただ、ひたすらに苦手意識を向けていた感情を克服しないと始まらないと、まずは思い描くことから始めたのだった。


 皆だって一生懸命頑張ってるんだし、私だってやれる所までやってみなきゃね!


 至る所から引っ張り出してきた召喚術の書物と睨めっこしながら、仕事の合間を見て召喚術を繰り返す。


 神獣をいきなり召喚するのは、出来るわけがない。まずは召喚獣でもいいからと、ひたすらに術を発動させた。


 案の定、ミアの召喚術は魔法陣からは次々と煙が上がり、度々彼女の悲鳴も上がる。普通の動物ならまだ良しと出来たが、失敗して召喚したもの達には手で顔を思わず覆ってしまう。



「うう……また不発……」



 元々綺麗にされていたはずの獣舎は、ミアのお陰で煤で真っ黒になり、人面魚やマンドラゴラ、大きな唇を持った摩訶不思議な果物などで溢れかえる。


 魔獣達の訓練が終わる前に急いで片付け、よく分からないもの達はとりあえず冒険者ギルドに売り払った。人に害のあるものは召喚せずに済んだとほっとしつつも、意気込んだ気持ちが徐々に弱気な気持ちへと変わっていく。



「私が皆の足を引っ張っちゃってる。これだとお荷物は私だ……」



 藁が積まれた小屋の中でボヤきながら、顔から倒れ込むように藁の中へと飛び込んだ。粗方の掃除が終わった頃には、空はもう夕焼け色に染まっていた。


 傾いていく日を細めで見つめながら、無意識に零した溜め息に気づく。やると決めたことを途中で投げたりは絶対にしないが、お荷物になって皆の迷惑になることが怖い気持ちは拭えなかった。


 あの子達だって同じ想いをしていても前に進んだんだから、私だってやってみせる。あの子達の世話係……ううん、親として。


 戦うことをせずに怯えた様子で檻の中にいた魔獣達の姿は、もう何処にもない。共に過ごしてきた自分の子供のような魔獣達が大きく成長したのなら、ミアがやるべき事はただ一つ。



「信じなきゃ。皆を――そして自分を」



 自分が出来損ないだと話しても、ユネスは自分が成長しないわけないと言ってくれた。ユネスだけではない。他の騎士達も同じ思いでいてくれた。


 端から自分を信じずに諦めるというのは、彼らの思いを信じないというのと同じこと。それに気がついたミアは勢い良く起き上がると、魔獣達の夕飯の支度を手際良く行った。


 訓練から戻ってきた魔獣達は、ブラッシングを求めてやってくる。甘やかしながら、言葉は通じなくとも今日の出来事を話し、彼らをとことん褒めてスキンシップを図る。



「今日も本当によく頑張ったね!と〜っても偉い!」


「ふぎゅっ」


「みゅー!」



 褒めれば嬉しそうに喉を鳴らす魔獣達との、その時間が最高に幸せで、頑張る糧になるのをミアは一番良く分かっている。彼らから貰う温かい気持ちが、明日の自分に繋がるはずだと目一杯に愛情を注いだ。


 だが実際問題、頑張る糧があったとてすぐに成功は実らない。



「ゲホッゲホッ……!」



 目に染みる煙に咳き込みながら、流れていく煙に眉間にしわを寄せた。


 新しい朝がやって来て、気合十分なミアに襲いかかってくる忌々しい煙は何度見ても嫌気がさす。幸い、昨日の失敗から得た教訓として外で訓練をしていたお陰で、多くの煙を吸わずに済んだ。


 新鮮な空気を肺に送り込めたところで咳が落ち着き、大きな溜め息を零した。



「せめて煙だけでも、綺麗で可愛いものが召喚できたら嬉しいんだけどなあ」


『煙のみを召喚するバカが何処にいる』



 独りごちるミアに鋭い指摘が入る。声のする方を振り返れば、綺麗な真っ白な毛並みを靡かせながら、落ち着いた足取りでやって来るフェンリルは明らかに機嫌が悪そうだ。



「フェンリル、おはよう。起こしちゃった?」


『誰かさんの煙のせいでな』


「えっと、それは……ごめん」



 苦笑いを浮かべることしか出来ないミアは、失敗した魔法陣を隠すようにその場に座り込んだ。



『まったく……力み過ぎだ。何をどうしたらそうなる?』


「それが分かってたら苦労しないんだけど……」



 そうボヤくと呆れ顔を浮かべたフェンリルに、俯くしかない。憧れていた召喚士になったというのに、思い描いていた理想と現実がかけ離れていて、今すぐにでも自己否定に走りそうになる。


 そんな感情が渦を巻かけていたが、フワリと優しい温もりと気持ちのいい毛並みがミアに触れた。俯いていた顔を上げれば、遠くを見つめるフェンリルが傍に寄り添っていた。



『何故、あいつ達が閉ざしていた心を騎士達に開いたか分かるか』


「え……?」



 突然の問いにフェンリルに釘付けになっていると、心地のいい風が二人の間を流れた。静かに時間が過ぎていき、眩しい朝日が街を照らし始める。


 その輝きに反射するフェンリルの毛並みが、眩しくて思わず目を細めた。



『答えはあんただ。ミア』


「わた、し……?」


『あんたが褒めてくれるから、あんたの喜ぶ顔が見たいから――あんたに認められたいから、あいつらは我武者羅に頑張ってるんだ』



 言葉を紡ぐフェンリルは遠くを見つめていた視線を、ミアへと移すと今までに見たこともない優しい表情で彼女を見つめた。寄り添うフェンリルの熱が直に伝わり、まるで抱き寄せられているような感覚にミアの心は溶かされていく。



『ここ数日の間で何があったのかオレは知らない。ただ、あんたが一生懸命になっている姿をオレらは知っている。凍えたオレらに温もりを与えてくれたのは間違いなくミア、あんただ。そんなあんたの、落ち込んでいる姿を見たいとは思わない。だから何かあれば手伝う。一人で抱え込もうとするな。オレ達は――家族、だろ』


「フェンリル……」



 真っ直ぐ見つめてくるミアに、急に目を逸らしたフェンリルは荒く鼻を鳴らした。



『ったく、調子狂うな……』



 そっぽを向いたフェンリルが何を言ったのか聞き取れなかったミアだったが、彼の言葉に胸の奥で渦巻く何かが綺麗サッパリ消え去っていくのを感じる。それが温かく胸に溶け込んでいって、ぎゅっと胸元を握りしめた。



「ありがとう、フェンリル」



 フェンリルを力強く抱きしめると、離れろと言わんばかりに抵抗してくるのを無視して顔を擦り付けた。嫌がるフェンリルから離れて、今自分達が直面している問題を説明する。


 第四部隊の言われように、精霊の森の消失に森を消失させた何かが動いていること、それに対抗する力が今ここにはないこと。


 他の部隊の召喚士は名のある者ばかり。神獣は彼らに任せるのが普通だと言われるのは分かりきっている。



「ここにいる皆が積み重ねてきた努力を、馬鹿にされたくない。それに、私だって召喚士よ。やってみなきゃ分からないもの」


 僅かな可能性がある限り諦めたくはないと、心の奥底の想いをフェンリルは黙って聞いていた。


 何としてでも神獣をこの手で召喚してみせる……!


 彼に甘えるように、心の奥底に眠る想いを伝えていると、ふとまだ手付かずの本日分の仕事に気づき、慌てて仕事に取り掛かる。


 朝から上機嫌のミアにとことん甘える魔獣達から愛情を貰い受けていると、フェンリルは何やら魔獣達に声を掛けていた。それを気にしつつも粗方朝の仕事が終わる頃には、魔獣達は騎士達と共に、街近くの森での魔物討伐の依頼をこなしに出かけて行った。


 皆が居なくなった獣舎の掃除が終わり、一息ついた所で召喚術の特訓を始めることにした。



『さて。オレはあんたの監督をしておいてやる』


「すっごく心強い」


『そう言っててまた弱音吐いたら、暫くの間はブラッシングさせないからな』


「ひどいっ!!」



 頬を膨らませながらも、軽くなった心と共に召喚術を発動させるための魔法陣を描く。そこまでは完璧と言っても良かったが、術を発動させた途端に失敗を知らせる煙が上がった。


 くしゃみをして伏せるフェンリルに、慌てて駆け寄った。



「ごっごめん!!」


『いい。この煙にも慣れてきた』



 もう少し説教じみた嫌味を言われるかと思ったが、フェンリルの表情は真剣そのものだ。



『あんたの魔力は、どうも引き寄せる力が足りない』


「引き寄せる、力?」


『召喚には共鳴が必要だろう。だというのに、あんたから放たれる魔力はどうも引きが弱い。強く召喚したい対象を思い浮かべて、来いと喚べ。今は神獣は後回しだ。比較的気性の穏やかなペガサスでいいから強く思い浮かべて喚べ』


「分かったわ」


『召喚士として未熟なのは分かるが、もう少し自信を持て。怖がる気持ちが相手にも伝わるんだ。あんたの優しさに触れれば、召喚獣なんかいとも簡単に懐く。いい例がここには沢山いるだろ?』


「ふふ。ありがとう。じゃあ……やってみるね」



 吹き抜ける風に任せるように魔法陣の光を泳がせ、術を生み出す。緻密に描かれていく魔法陣の文字達は、意志を持つかのように動き出す。


 言われた通りに来て欲しいことを強く願いながら、静かに目を閉じてペガサスの姿形を思い浮かべた。


 真っ白で品のある毛並みに、スラリと長い脚。そして特徴的な大きな翼に、額の角。幼い頃に絵本の中に描かれていたペガサスを思い浮かべると、自分の魔力の中に何かが近寄ってくる感覚がした。


 私、頼りない召喚士なんだけど……どうか、姿を現してくれないかな?


 願わくば共鳴して欲しい、そう願った途端魔力が絡みついた。


 ――ご主人様は温かくて優しいね。いいよ。僕が傍に行ってあげる。


 頭の中に流れ込むように聞こえてきた声に、はっと目を開ければ、魔法陣の上には抱き抱えられる程の小ささではあるが、翼を持ったペガサスがそこに居た。



「ヒン!」


「嘘っ!出来た……!!」



 胸へと飛び込んでくるペガサスを抱き留めると、宝石のように輝く瞳を瞬かせた。


 柔らかい翼の手触りの心地良さに、思わず顔が緩む。



「やったよフェンリル!!私、私っ召喚出来た……!」


『誰が子供を召喚しろって言った。これじゃ戦力にならないだろうが――』


「可愛い〜!!今日からよろしくね!」



 フェンリルの声はミアの耳に届くことはなく、彼女は愛くるしい声で鳴くペガサスに夢中になる。


 忌々しい煙も、咳き込みもない。初めて成功した召喚術への喜びが湧いて出てくる中、何故か彼の姿が過ぎる。


 団長に褒めて貰いたい、なんて……なんでこんなこと思うの?


 頑張る姿を誰かに認めてもらいたい、そう思わないこともなかったが、初めて感じる感情に戸惑いを隠せない。自分を見て欲しいという感情がいつの間にか暴れ出し、いつしか彼に会いたいとまで思ってしまう。


 なんだろう、胸がドキドキする。団長を思うだけで――なんか苦しい。


 リヒトに触れられた髪や頬にまだ温もりが残っているようで、妙に擽ったい。彼を思えば思うほど、自分の中で何かの歯止めが利かなくなる。


 これ以上考えてはダメだと首を横に振って、知らぬ間に上がってきた体温を下げようと試みる。それがペガサスには面白かったのか、真似て楽しそうに首を振った。そして、やれやれと言った呆れ顔のフェンリルも首を横に振った。


 呆れて立ち上がるフェンリルは、檻の中へと戻ろうとするが僅かに足取りがおかしい。


 ペガサスに夢中のミアをいい事に、フェンリルはバレないようにしながら獣舎の影に隠れていった。








 満天の星が広がる夜空を見上げながら、ミアは昼間確かに自分が召喚した感覚が熱となり、落ち着かない体を冷まそうと、騎士舎近くの原っぱで横になっていた。


 常に持ち歩いているお守り、コカトリスから貰った赤い羽根を星空に透かしては、あの時から確実に成長している自分に、思わず笑みが零れる。


 これまで学校でも落第生と称されてきたミアにとって、これ以上の喜びはない。幼き頃の憧れのままに突っ走てきたというのに、召喚術をまともに扱えないなど想像はしていなかった。


 ただ今は違う。大きな一歩を踏み出せたのだ。



「はあ……これが夢だったらどうしよう。また一からやり直しは堪えるなあ」



 羽根を優しく握りしめる手の感覚はちゃんとある。ペガサスを抱き締めた感覚も、初めて魔獣と共鳴した感覚も鮮明に覚えている。


 夢ではないんだと自分に言い聞かせて、今にも笑みが零れそうになったその時、地面を踏みしめる足音が一つ近づいてきた。



「寝れないのか?」



 耳を擽るその声に、急いで身体を起こすと会いたいと願ってしまったリヒトがすぐそこにいた。


 ……っ!身だしなみ整えてないっ!


 お守りの羽根を懐に仕舞い、寝転がってくしゃくしゃになった髪を慌てて整えていると、リヒトは有無も言わせず隣に座ってきた。



「どうした。何かあったのか」



 顔を覗かれ、近い距離に体温が上がる。月明かりに照らされて輝くリヒトの髪が、風に吹かれて頬に触れた。ただそれだけで、胸が熱くなる。


 いつもならどうにか距離を取ろうとするはずなのに、そうしたくないという気持ちが心の奥底から湧き出てくる。昼間の出来事を、リヒトに伝えたい。その思いのまま、震える声を我慢しながら言葉を口にした。



「団長……!その、私、今日召喚を成功させたんです!ペガサスの子供で、戦力には……ならないんですけど……」



 褒めてもらいたい感情はあるというのに、召喚士として当たり前のことだと言われそうで、言葉の最後はどうしても弱々しくなってしまう。第四部隊の団長を召喚したという、問題児として見られているに違いないと目を伏せた。


 団長には召喚術使っちゃダメって言われたのに、約束破ったんだから怒られるよね……。


 ただ思っていた反応とは裏腹に、リヒトは優しくミアの頭を撫でてきた。その手の温もりに思わず視線を向けると、微笑む彼と目が合った。



「なんだ、やれば出来るんじゃないか」


「え、あの、怒らないんですか?」


「これでもう一度、俺を召喚していたら即刻クビにしていただろうな」


「ひぃっ……!」



 容赦ない言葉に身を竦めるが、安心感を与えてくれるリヒトの手に心が解されていく。ただどこか切なそうに目を細めた彼は、ゆっくりと口を開いた。



「今の俺には、ミアがいない日常なんか想像できないんだから、そう怯えるなよ」


「団長……?」


「ひたむきに努力して、失敗したとてめげることなく突き進む。そんな召喚士が俺の仲間ということが誇らしい」


「……!」



 全身を脈打つような大きな鼓動が鳴り響く。俯いた顔が赤く染まったのがバレない程の明るさの月明かりに、何度もありがとうと念じた。


 褒められたんだ……へっぽこなこの私が。


 褒められた喜びと驚きが合い混じって、不思議な気持ちに膝を抱えて顔を埋めた。



「ミアの存在に救われた仲間がここには沢山いる。胸を張れ。俺だってミアに助けられた一人だ」


「私……団長を助けた覚えはありませんよ?」


「馬鹿を言え。先日の会議の時、俺達を庇ってグレモート卿に刃向かったのはミアだろうが」


「あっあれは、刃向かったつもりじゃ……!」


「本来、あの場で皆をまとめるのは騎士団長であるこの俺だ。だが、獣人であるということを知っているグレモート卿相手には、大人しくしていなければ騎士達を危険に晒すことになる。例えどんな侮辱だろうと、俺は受け止めてきた。だが……ミアは違う。俺の大切な居場所を作り出してくれる仲間を、俺を守ってくれた」



 あの時の自分を思い返せば、かなりの権力者相手に噛み付いた自分は中々の怖いもの知らずだっただろう。でも、彼らは獣人という立場であっても国を、民を守る誇り高き騎士達だ。


 そんな彼らと共に歩んでいくべき国のお偉い様が、侮辱の言葉を口にするなど以ての外だったのだ。



「顔を上げろ。ミア」



 リヒトの言葉に、吹き抜けてくる風を感じながら顔を上げると、真っ直ぐに見つめるアイオライトの瞳があった。



「ペガサスだろうとなんだろうと、召喚獣は召喚獣だ。ここではミア、お前一人にしか出来ない事だ。魔獣達もミアがここに来てくれたお陰で、共に隣を歩める相棒を見つけた。ミアが全部、己の力で成し遂げたんだ。その力でどれだけ俺達が助けられたか。いいか?思いっきり胸を張れ。そして――」



 いきなり近づいてきた顔に思わず目を閉じると、額に優しい温もりが触れた。気配が遠のいていき、恐る恐る目を開けると、満足げに微笑むリヒトがゆっくりと立ち上がっていた。



「これからも傍で、俺を支えろ。これは、団長命令だからな」


「……」


「なんだ?今の命令に不満があるなら、減給してやろうか?」


「ちょ!ちょっとそれはッ……!!」



 リヒトに認められていることが擽ったくニヤけてしまうのに、減給という言葉に青ざめながら、くつくつと笑って騎士舎に戻っていく彼の後ろを追いかけたのだった。


 浮かぶ銀白の月は、そんな二人を優しく照らしていた。

 

 

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