11.へっぽこ召喚士、円卓会議に出席する



 月明かりが雲に隠された深い夜に支配された静寂を放つ森から、突如一筋の土煙と共に唸るような地響きがこだまする。地面を大きく抉るように出来上がった大穴は、地下深くまで伸びていた。


 一瞬にして静寂さを失った森からは緊張感が走り抜け、大穴から赤黒い霧が溢れ出した。霧は風を巧みに操り、面積を広げては森を蝕んでいく。


 呼吸をするように霧は森から生気を吸い取り、根を伸ばすように霧を広げていく。



『――ぬ、まだ、足りぬ……』



 大穴の奥底で蠢く何かが、苦しみ藻掻くように身を潜める。伸ばす霧が何者かの力によって封じられる感覚に、憎悪の渦がより一層霧を濃くさせた。


 闇の力に抗う術として永き間戦い続けたクリスタルが、霧の中で淡く輝くものの光は年々弱り続けている。張られた結界内で、眠り続けていた闇の力は相反するように、力を増幅させていく。



『憎い……人間が……憎イッ!!』



 感情共に霧は更に色を濃くし、枯れ果てた森を無惨に壊していく。息絶えた森の動物達は、骨となりそのまま灰として消えていく。


 二度と陽の光を浴びることもなくなった植物達は、貪られるまま跡形もなくなった。


 吸い取った森の生気により、強まった闇の力はクリスタルに亀裂を入れ……地面が再び揺れた。



『我は全てを喰らい尽くし、復讐するのだ……愚かな人間共に……』



 禍々しい力は咆哮し、その時をじっと待つかのように身を潜めた。ただ静かに、闇を膨らませながら。


 ――この夜、一つの森が消えた。


 かつて、賢者が生み出した、精霊の森は闇の力により全てを失ったのだった。













「わっ……!また揺れた……!」



 カタカタと壁に掛けてある物達が音を立て、上下左右に揺れる地震に魔獣達と身を寄せ合いながら、ミアは何とか冷静さを保っていた。落ち着かせるように魔獣達を撫でていると、引くように揺れは収まっていく。


 周囲に危険な箇所はないかを確認して、収まった揺れにほっと胸を撫で下ろす。怯える魔獣達は、ミアの優しい手つきによって安心感を与えられ、普段通りに甘えた声で鳴く。


 燦燦と降り注ぐ、真上に昇った太陽の日差しに目を細めながら、ミアは無意識に溜め息を零した。



「これで三回目か……」



 今朝から続いている地震に、思わず胸元を握りしめる。


 この地震の被害を確認するべく、リヒトを先頭に第四部隊の騎士達は日が昇って直ぐ、馬を走らせて騎士舎を出て行った。二回目の留守番を任されたミアは、不安で胸が張り裂けそうだった。


 魔族との戦闘はないにしても、地震に巻き込まれて帰って来なかったらと思うと、今すぐにでも安否を確認したいくらいだ。


 だが、残されたのにはきちんとした仕事が任されているからであって、その仕事を放棄するわけにはいかない。気持ちを切り替える為に、魔獣達の散歩がてらに、ミアは騎士舎に被害が出ていないか見て回ることにした。



「大丈夫そうだね」



 建物への被害も特に見当たらず、地割れ等の被害もない。確認が取れた所で、魔獣を一度獣舎に戻し、残された門番達に報告をしていると、遠くから馬の蹄の音が重なり合って聞こえてくる。


 見えてきたその姿に瞳を輝かせたミアは、大きく手を振った。



「おかえりなさい!」



 誰一人として欠けていないことに喜びつつ、出迎えの挨拶を発すると、固まっていた騎士達の表情が少しだけだが和らいだ。徐々に走る速度を落として門の前に辿り着き、馬から降りた騎士達の元へミアは駆け寄った。


 見る限り怪我人は誰一人としていないことに安心しつつ、彼らを取り纏めるリヒトの緊張感を漂わせる空気に、唯ならぬことが起きているのだと察する。



「調査ご苦労。班ごとに点呼を。点呼が取れた班から休憩を取れ」


「了解」



 リヒトの指示で一斉に動き出した騎士達の邪魔にならないよう、ミアも静かに動き出す。食堂へと向かい、女将と共に昼食の準備を整え、やって来た騎士達に昼食を運ぶ。


 ミアは労いの言葉を掛けながら昼食を手渡すと、騎士達は感謝の言葉を述べながら、彼女から昼食を受け取っていく。しかしいつもの活気は見られず、少し暗い食堂に女将と顔を見合わせた。


 ……何があったんだろう。


 初めて感じる重たい空気に、詳しい事情を聞きたくなるのをぐっと堪えた。


 彼らは今、休憩中だ。疲れて帰ってきているというのに、あれこれ聞いたら疲労が積み重なるだけだと、ミアは食堂を後にする。


 何か出来ることはないかと考え、思いついた騎士達の馬の世話をしようと外に出ようとすると、丁度中に入ってきたリヒトとぶつかりそうになる。



「ご、ごめんなさい……!」



 咄嗟に身を引いて道を開けようとするが、突然手を掴まれた。



「お前を探しに来た所だ。着いて来い」



 返事をする暇もなく、手を引かれるまま外に出ると、リヒトが乗っていた黒い馬が大人しく騎士舎の前で待っていた。頭を下げる馬は彼に懐いているのだと関心していると、ふわりとミアの身体は軽くなり宙に浮いた。



「わっ!」



 動揺するミアを他所に、リヒトはミアを抱き上げそのまま馬の背へと座らせた。そのまま横向きに座ったミアの腰を片腕で抱き、もう一方の手で手綱を掴んで馬を走らせる。


 突如近くなった距離感に、心構えも何もしていなかったミアの心臓は、うるさい程に全身に心音を響かせる。悠々と駆ける馬の背に揺られる彼女の身体は、いつになく熱い。



「団、団長……!あの、一体っ……!」



 何故かドキドキする気持ちと、慣れない馬の揺れに言葉を詰まらせていると、耳元で囁かれる力強い声にミアの身体が不思議と震えた。



「舌を噛みたくなかったら黙ってろ」


「……っ!」


「これから全部隊の隊長及び、各隊の召喚士長と共に円卓会議を行う。厄介な事にお前も参加対象だ。くれぐれも口を慎むように……いいな?」



 静かに黙って頷くと、抱きしめられる力がほんの僅かに優しくなる。リヒトの手から伝わってくる熱に、不思議と心が落ち着いていく。風を感じながら、少し乱れた呼吸を整えた。


 見慣れない景色はより一層華やかしさを増していくのに気づき、見えてきた王宮に息を飲む。


 まさかとは思うけど……向かってる場所って、もしかして……?


 馬を走らせる方向は、明らかに王宮目掛けて一直線だ。迷うことなくリヒトは道を選び、そのまま風を切って進んでいく。


 ヘマだけはしないと自分に言い聞かせ続けていると、気づけば王宮へと辿り着いていた。一般庶民であるミアが訪れることはまずない王宮を前に、自然と口が開いてしまう。


 リヒトがするりと馬から降りていったのも気づかずに、豪華絢爛な王宮を眺めていると、ぐいと手を再び引かれた。横座りのために簡単に体勢は崩れ、ミアは気がつけばリヒトの腕の中にいた。



「団長……?」


「少し黙れ」



荒々しく吐き出したリヒトの声に、口をつぐんでしまったがミアは動揺を隠しきれないでいた。降りるのが遅いミアを無理くり降ろした、ならまだ分かる。


 だが、リヒトは両腕でミアを抱えたまま一向に離す気配がない。



「この場にお前を連れてきたくは無かったが……」


「?」


「俺が傍にいる。何があっても離れるなよ」



 こんな王宮を前にして単独行動を取るほど間抜けに見えているのだろうかと、自分が情けなくなっていると、優しい手が頭を撫でた。



「行くぞ」



 いつにも増して真剣な面立ちで瞳を覗かれ、背筋が伸びる。離された腕に、少しだけ寂しさを覚えつつ、リヒトが進む道を辿るようにミアも王宮の敷地内に足を踏み入れた。


 リヒトは胸元のバッチを門番に見せると、そのまますんなりと奥へと通される。


 広い敷地内を迷うことなく進んでいく彼の背中を追いかけながら、一生を賭けても返せない額になるであろう装飾品を前に背筋に冷や汗が流れる。決して何かに触れることをせず、せっせと後を追いかけて辿り着いた先には、重厚感のある古めかしい扉が待っていた。


 リヒトは躊躇うことなくその扉を開けると、部屋の中には大きな円卓に座る五人の部隊長と、その後ろに控えるようにして立つ五人の召喚士達がミア達を待っていた。



「ようやく団長のお出ましか」


「道草して来たわけではなさそうだな?」


「まあこれで出席者は揃いましたから、良しとしましょう」


「――すまない。遅くなってしまったようだな」



 ミアと同じような制服に袖を通し部隊長の証であるバッチを着けた彼らは、リヒトが入ってくるや否やどこか呆れたような声で投げかけてくる。彼らの声を全て無視して、席に着いたリヒトは短く息を吐いては、短い言葉で彼らを黙らせる。


 他の召喚士の真似をするように、席に着いたリヒトの隣に立ち、周囲をチラチラと見渡した。


 あの人って世界で初めて、同時に五体も召喚獣を召喚したクリヒルトンさん?!それにあっちにいるのは、魔獣医の資格も持つセパーレさんだ……見渡す限りの有名召喚士……何ここ!


 簡潔に集まっている人を話されたとは言え、名の知れた有名な召喚士の姿を目にしてミアは緊張感が高ぶる。教科書や、新聞にまで取り上げられている天才達と同じ空間にいることが信じらなかった。


 しかし、隣に座るリヒトが会議を始めた途端、現実に引き戻される。



「本日集まって貰ったのは他でもない。昨日の精霊の森の消失についてだ」



 ミア以外のこの場にいる者は、どうやら状況を把握しているらしく、顔色一つ変えずにリヒトの話に耳を傾けていた。何も知らされていないミアだけが、大きく目を見開いた。



「あの森は大昔に賢者がバハムートを封印した地。年々その封印の力が弱まっているのは、皆知っているだろう」


「魔物の増加、出現頻度……全てがそれに繋がっていますからね」


「どこかの部隊が召喚獣なしに戦うもんだから、困ったもんだけどなあ?」



 わざとらしく吐き出した一人の部隊長が、リヒトをキツく睨みつけてくる。



「それで?そこに突っ立ってる女が、第四部隊の召喚士?」


「見たところ、まだ幼いように思えますが……経験もないのでしょうね」


「被害が大きくなっているっていうのに、第四部隊だけが足引きずっているんですよ?団長、そろそろいい加減に使える部隊にしてくれませんか?」


「団長は本部に戻るべきだ。何故そこまでしてあの部隊に執着する?」



 次から次へと溜まっていた何かを吐き出すように、自分達よりも上に立つリヒトに言葉をぶつけてくる。普段のリヒトなら、それをねじ伏せて黙らせるというのに、それを一切することはない。


 本題が一向に進まず、不満ばかりが飛び交う部屋の中で、何かにじっと堪えるリヒトはミアの知らない表情を浮かべていた。


 様子がおかしいリヒトに声を掛けようとしたその時、遮るように扉が開いた。



「何やら騒がしいようですが、如何なさいました?」



 純白の豪華な貴族衣装に身を包んだ細目の男性が、会議に参加する者達を見渡して、わざとらしく微笑んだ。止める者は誰もおらず、中へと入ってくる男性に目を伏せる。



「魔獣騎士団長たる貴方が、部下達に対し言いたい放題にするとは、どうかされたのですか?」


「グレモート卿……どうして此処へ?」


「国の状況を把握するのは、私の務めですから。まあ……殿下からの通達を頂いたからというのが、本当の所ですがね」



 冷静さを保とうとするリヒトの顔が僅かながらに歪むのを、ミアは見逃さなかった。それどころかリヒトを前にして、堂々たる態度を取る男――グレモート卿に、ミアは不信感を覚える。


 なんか……嫌な人。


 疑いを向けてくるような視線。ねっとりと纒わり付くような声。どこか嘲笑うような口元。


 見た目だけで人を判断してはいけないと分かってはいても、彼から与えられる印象は近寄り難いものばかり。ミアの不信感を抱いた目に気づいたのか、グレモート卿は彼女に身体を向けた。


 ミアを楽しそうに見つめるグレモート卿の視線を遮るようにして、リヒトが席を立った。



「第四部隊に配属された召喚士です。この会議で挨拶させようと連れて参りました」


「これはこれは……”飼い犬”の元へ新しい”玩具”が用意されたのですね」


「お言葉ですが、彼女への侮辱は控えていただきたい」


「侮辱?玩具というのは事実でしょう。どうせ、すぐに貴方達が壊すのですから。そのせいでどれだけ他の部隊に、任務の負担が回っているかご存知なはずだ」


「……」


「いい加減理解してください。第四部隊はお荷物なんです。部隊解体をお勧め致しますよ」



 グレモート卿の言葉にリヒトはきつく睨みつけるが、それ以上食いつこうとはしない。


 ゆっくりとリヒトの元へと近づいて来て、見下す目を向けると、ミアとリヒトにだけ聞こえるように囁いた。



「力を有しているからと言って、貴方達が穢れた血を持っているのには変わりはない。物好きな殿下のお陰で生き長らえていることをそろそろお分かりになりなさい――飼い犬共が」



 飼い犬、それが獣人としての血を受け継ぐ彼らに対しての侮辱であることを理解した途端、ミアは間髪を容れずにグレモート卿の前に立った。



「お初にお目に掛かります、第四部隊の召喚士をしております、ミア・スカーレットと申します。失礼ながら先程のお言葉、撤回して貰えませんでしょうか」


「おやおや……これは活きのいいお嬢さんだ」



 ミアの言葉に、部屋の中が僅かにざわめきが起こる。だからと言って、ミアは屈することなくグレモート卿を見据えた。


 リヒトが止めようとするが、ミアは無視して言葉を続ける。



「先日のゴブリン退治では、第四部隊の騎士達が残された魔獣達と共に戦いました。本来であれば召喚主の元にいるべきはずの魔獣達は、第四部隊の騎士達のお陰で本来の魔獣の姿を取り戻したんです。そんな彼らをお荷物だと言って欲しくはありません」


「ほう……遂に手懐けたのですか。あの厄介な魔獣達を」



 驚くグレモート卿に続くように、あれだけ文句を零していた他の部隊長達も、動揺を隠しきれていない様子で各々目配せをしている。



「しかしですね、ミアさん。ゴブリン退治如きで浮かれる騎士団はそういませんよ。加えて事は深刻なんです。どこの誰が召喚したかも分からない魔獣を訓練させている間に、悪き力によりこの国は滅びかねない」


「っ……」


「分かりますか?お荷物はお荷物のままなんですよ。あなた方の部隊には、事態に抵抗する為の策を持ち合わせていない。お荷物だと言われたくなければ、賢者が召喚した神獣でも召喚してから言って下さい。まあ、そんな人間離れしたこと、まだ世間を知らない貴方には不可能でしょうけど」



 彼の言葉に爪がくい込み、今にも血が流れそうになる程の力を込めて拳を握りしめる。怒りの感情が、ある一つの意志を生み出した。


 ……そこまで言うなら、やってみようじゃないの。これ以上皆を、団長の事を悪く言わせないんだから。


 固い絆で結ばれた仲間想いの彼らを侮辱された怒りは、ミアにとって大きな原動力へと変わっていく。


 ミアが言い返すことを諦めたのだと判断したのか、グリモート卿がこれまでの被害を粗方説明し、今後の動きについて、胸元から折りたたまれた書類を取り出して読み上げる。



「では気を取り直して、殿下からのご通達です。国民の避難を最優先にしながら調査を行うこと。事が動き出したら、直ちに全部隊出動とのことです。くれぐれも抜かりないよう万全な状態で挑むこと……良いですね」


「――御意に」



 リヒトが目を伏せて頷くと、颯爽と扉へと向かうグレモート卿は、これからの余興を楽しむように笑みを零し去っていく。それが挑発されているのだと分かり、怒りを静かに飲み込んだ。


 彼の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、リヒトが静かに口を開いた。



「考えるに……この事態が大きく動き出すまで、ざっと二週間といった所だ。各部隊、気を引き締めて行け。以上で会議を終了する。では、解散」



 その言葉で、円卓会議は呆気なく幕を閉じた。


 動揺が未だに部屋中に流れる中、ミアに行くぞと声を掛けて動き出すリヒトの背を、黙って追いかけることしか出来なかった。


 

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