8.へっぽこ召喚士の相性探し



 雲一つない空の下、ミアは魔獣達を一匹ずつ檻の外に出して、騎士達に手綱を引き渡していた。


 騎士達に怯える魔獣達だが、フェンリルの鋭い視線に逃げ出すのをぐっと我慢している。これも成長していくための一歩だと、ミアは心を鬼にしてその光景を眺めて気を引き締める。


 フェンリルに言われた通り、不機嫌なリヒトをどうにか説得させることに成功し、今日の訓練の日程を組むことができたのだ。無駄にはするものかと、一人静かに燃えていた。


 この子達だって、立派な魔獣だもの。ここに居る理由はちゃんとあるんだから。


 己よりも強い魔力を持つ獣人の騎士達を前に、魔獣は服従するしかできず、目を合わせることもなくじっとしている。そんな彼らに心からエールを送っていると、今日の指揮官を買って出たユネスが真剣な表情のまま合図を出した。



「始め!」



 ユネスの合図に騎士達は、自分の魔力に魔獣を共鳴させるために全身から力を放出させる。目に映る魔力の光は幻想的で、思わずミアは感嘆のため息を零す。


 自分の召喚術を使う際の魔法陣を展開する時とはまた違った魔力の形に、胸の高鳴りが止まらなかった。


 だが幻想的な光景とは裏腹に、魔獣達は見せつけられる魔力の大きさに、遂に我慢出来ずに後退るや否や暴れ出す。



「あっ!」



 集中力が切れたように、プツリと騎士達の魔力の光は消え、心が乱れた魔獣が引っ張る力にバランスを崩す者が続出していく。攻撃まではしてこないが、明らかに警戒心を丸出しにして威嚇するグリフォンに、思わずミアは止めに動く。


 落ち着かせるように優しく撫でると、何とか暴れずには済んだものの、もう家に帰りたいと鳴き始める。



「ビックリしちゃったね。少し檻の中に戻してあげ――」


『ガルル……』


「うう……」



 ついつい甘やかしそうになるミアは、フェンリルからの圧に逆らえずに、とりあえず一匹ずつ落ち着かせるだけ落ち着かせて、後は騎士に任せることにした。


 何度も繰り返し心を通わせようと試みるが、時間ばかりが過ぎていくだけで、どの組も成功までは至らない。


 騎士達の集中力も切れてきて、額には汗が滲んでいる。魔力の解放を繰り返し行うことは、体力を使い続ける。


 ユネスは全体の空気が重たくなったのを仕切り直すために、再び指示を出す。



「そこまで!一旦休憩にしよう。ミアちゃん、魔獣達の事頼んでもいいかな?」


「はっ、はい!」



 言われた通り騎士達から手綱を預かると、ミアの元に帰ってこれた安心感を顕にするように魔獣達は、彼女にベッタリとくっついた。


 豹変する魔獣達の様子に、騎士達は若干嫌気がさすかのような表情を浮かべたのをミアは見逃さなかった。



「これじゃあ何時までたっても平行線のまま……よね」



 かと言って、無理やり心を通わせたとして、人間に不信感しか抱かない魔獣が共に戦えるわけが無い。



『相性が悪い』


「え……?」



 檻の前で魔獣達を寛がせていると、一連の様子を傍観していたフェンリルがいきなり声を掛けてきた。


 人前でフェンリルと話せることがバレたら、それはそれで問題になる。ミアは、周囲を気にしながらもフェンリルに小声で反応する。



「相性って……?」


『そのままの意味だ。人間達が持ち合わせる魔力とこいつらの魔力が合っていない』


「そうなの?」



 普段とどことなく様子が違うフェンリルの顔を覗くと、真っ直ぐに怯えた魔獣達を厳しく、だが決して見放すことはしない、彼の見守るような瞳が輝いていた。


 ミアに覗かれていることにようやく気がついたフェンリルは、不貞腐れたような表情を向けて、わざとらしくため息を着く。



『いいか。グリフォンは風を操ることができる力がある。その風で空を飛び、空中からの攻撃を得意とする。さっきあいつを任された騎士は、グリフォンの特性を拒絶する何かがあって、グリフォンが反応したんだ』


「あんなに威嚇したのは、そのせいだったのね……」


『騎士達の相性を見極める必要があるが、その前にこいつらの気力が持たないだろうな』



 ミアに癒しを求める魔獣達は、休憩している騎士達に背を向け、彼らを見ようともしない。フェンリルの言う通り、このまま訓練を続行し続けるには、早めに相性が合う相棒を見つけ出さないと、完全に魔獣達は騎士達に、最悪人間に敵意を向けてしまう。


 心配そうな顔で仲間を見つめるフェンリルに、思わず笑みを零したミアは勢い任せにフェンリルを撫でた。



「ちゃんと、フェンリルは皆のことをちゃんと知って、見てくれているんだね」


『……別に』


「昨日だって、ケルベロスのこと詳しく教えてくれたじゃない」


『いいから、あんたは騎士達の相性を見極めることに専念しろ!』



 何故か大きな声を上げて、自分の檻の中に戻っていくフェンリルの背中をミアは黙って見つめる。召喚士に捨てられて、傷ついた心を持ちながらも、仲間と共にここで戦って来た彼は、どうにかして現状を変えたいと思っているのだろう。


 会話ができるようになった理由も、詳しいことは教えてくれないが、きっと会話できるようになったのも、フェンリルの想いがあってこそだ。


 言い方は少々荒々しい所もあるが、根は優しい子なんだと、ミアは嬉しくなった。



「よし!私も頑張ってみる!大丈夫、絶対にいい相棒を見つけてあげるからね!」



 励ますように一匹ずつ抱き締めてやると、魔獣達も意気込んで、背を向けていた騎士達の様子を伺い始めた。ただ、必要以上に怖い相手と付き合わせるのではなく、他のやり方を探してみることにしたミアは、一先ず魔獣を檻の中に戻して休ませる。


 何をするのだろうと見つめてくる魔獣達に、微笑んで手を振ると、彼らを残して走り出す。


 一人、騎士達の元へと向かったミアは、目の合った騎士の元へと近づいて、深呼吸してから言葉を投げかけた。



「あの!あなたのことが知りたいです!私と一緒に少し、散歩とかどうですか?」


「「はあ?!」」



 突然の申し出に声をかけられた騎士だけでなく、周りにいた騎士達も一斉に声を上げてミア達に注目する。


 あれ?私、なんかおかしな事でも言っちゃったかな……?


 相性を探るに当たって、騎士団で務めるようになってから魔獣達にしか時間を費やしていないミアにとっては、騎士達のことは何も知らない。相手を知るためには、時間を掛けて自分のことを話して知ってもらうことが必要になると考えたのだ。


 だからと言って、騎士達に演説するかのように自分語りしても意味はない。まずは個々での距離を縮めるための行動として、二人きりの時間を過ごすことに決めたのだった。


 だが、恋に女に飢えている野獣の騎士達は年頃の少女の取る行動を……つまりは、そう受け止めてしまうのだ。



「えっ?!俺?!そんな会話もしたことのない、俺?!」


「はい、もちろん!」


「なんで俺じゃねえんだよー!」


「ミアちゃーん!俺とも散歩デートしようよー!」


「え?!あの、順番に皆さんのこと知りたいので、お時間頂けますか?」



 よく分からない単語を投げかけられて、てんやわんやしていると、あちこちから声が掛かる。慣れない状況に困惑していると、ユネスまでも参戦してきた。


 とりあえず皆と仲良くなりたい純粋な気持ちと、魔獣達のこれからのことについて話すと、快く彼らはミアと接してくれた。


 獣人が住む村のことや、家族や大切な人。これまでの騎士としての仕事の話。得意なことや苦手なこと。気さくに話してくれる彼らに、距離感がぐっと近づいた気がした。


 そのお陰で、グリフォンと心を通わせようとした騎士は、高いところが苦手ということが分かり、空を飛ぶグリフォンにはそれが伝わって拒絶し合ったのだと紐解いた。


 こうして話していくうちに、魔獣達との相性のヒントが次々と見つかっていく。


 ミア自身も自分のことをぽつりぽつりと話した。召喚士に憧れた幼き頃の話から、学生時代の話。そして……自分があまり召喚術が上手くないこと。


 いつか本当の事を話さなければいけないと、どこか負い目を感じていたのだ。この機会を逃したら、ずっとこの場に居づらい気持ちを抱えていくことになると。



「……なんか、騙すような感じでここで働いてしまってすみません」


「そんな気にしないでよ。学園を出たばかりの召喚士なんて、経験もなければ術もあまり安定しない子がほとんどなんだから」



 震えそうになる声を我慢して事実を話したミアに、ユネスは彼女の背中を撫でるように優しい声音で包み込んだ。



「で、でも……昨日、私が居たらいい魔獣を召喚してくれるって、ユネスさん言ってたじゃないですか」


「あーあれ?それはもちろん。だって召喚殺しの異名を持つ獣人しかいない騎士団だっていうのに、健気なミアちゃんは逃げずに頑張ってるじゃないか。そんな子が成長しないわけないでしょ?」



 小さく笑うユネスは、端からミアが召喚術が苦手なことを知っていたのだ。周りの騎士達もユネスの意見に同意だと、首を縦に振ってくれていた。


 期待されているという事実に、目頭が微かに熱くなる。

 

 私……もっと頑張らなきゃ!!


 温かい気持ちに包まれながら、その日の訓練はとりあえずお試しということで、解散になった。


 翌日からミアは魔獣達との時間だけでなく、仕事の合間に騎士達の元にも足を運んだ。


 訓練の様子を見て、どの騎士がどんな立ち回り方が得意なのか、何を苦手とするのか。それを知った上で、魔獣達の特性を調べ上げ、相性の組み合わせに試行錯誤を繰り返す。付き合いを続けて一週間も経てば、何となく相性が見えてきていた。


 それだけでなく騎士達にも協力を仰いで、少しでも人馴れするように魔獣達と接する時間を作ってもらった。日を重ねる毎に、怯えていた魔獣達も徐々にだが警戒心を解いていく。



「おお〜前に比べて近づいてきてくれたぞ!」


「俺なんか、お辞儀を返してくれたぜ」


「賢い奴らばかりだな〜」



 ミアのようにベッタリと懐く様子はまだ見られないが、騎士達も心を開き始めた魔獣達に、嬉しそうな笑顔を浮かべるようになった。


 微笑ましい光景だなあ〜。まあ、後は……。


 奥の檻に顔を向けると、騎士達に背を向けて眠るフェンリルの姿がぽつりとあった。今回の訓練を提案した張本人だというのに、依然頑なに人間を嫌っている。


 無理強いはさせるつもりもないミアは、彼も時間を掛けて人馴れさせていこうと計画を練ることにした。


 あっという間に騎士達の休憩時間も残り僅かになり、一番人馴れしているスノウベアを檻から出して、散歩がてら騎士達を訓練場まで見送ることにした。



「ミアちゃんがここに来てから、色々と変わったなあ」


「そうなんですか?」


「魔獣達の世話係で揉めたりとかあったからさ。その分、平和になったというか」


「心が穏やかになった。うん、すごく穏やかになった」


「団長も何か変わったような?」


「何かと訓練場にも顔出すようになったよな。冷や汗止まんねえけど……」



 リヒトに怯えるのは自分だけではないんだと苦笑しつつ、訓練場に戻っていく騎士達を見送り、気持ちいい風を浴びながら、人気のない道を選んで散歩する。


 時折聞こえてくる騎士たちの声に、いつかあの訓練場で魔獣達と一緒に訓練する皆を想像したら、不思議と気持ちが弾む。



「ふぎゅっ」


「ん?どうしたの?」



 想像を膨らませていたミアに、突然スノウベアが後ろに隠れるように移動して、我に返る。気がつけば、ぐるりと一周してきたようですぐそこに獣舎が見えた。


 様子がおかしく、中々動こうとしないスノウベアを、仕方なく抱き上げて獣舎へと戻る。震えるスノウベアを宥めるように、獣舎の中へ入った途端、ミアの体もビクリと震えた。



「どうやら……サボっていたわけではなさそうだな」



 扉に背を預けて、帰ってきたミアに半ば呆れ声で声を掛けたリヒトの姿に、背筋が伸びる。



「だ、団長……なんで、その、ここに?」


「上司が部下の様子を見に来ることが、そんなにおかしいか?」


「すっ、すみません!」


「相性探しだか知らないが、一体何を企んでいるつもりだ」


「それは理由がありまして……!」



 説明するものの先日の説教のことだけでなく、部屋のしかもベッドの中に入り込んできたリヒトと、どう顔を合わせていいのか分からないミアは、目を泳がせるしかできない。


 その場から動こうとしないミアに、溜め息を零しながら近づいてくるリヒトは明らかに不機嫌だ。


 相性調べで、何かやっちゃった……?!


 これまでの自分の行動を改めて思い返すが、これといって思い当たる節がない。だが、目の前にいる上司が不機嫌ということは、何かやらかしている可能性が高い。


 怒られる覚悟で下唇を噛み締めていると、力強く腕を引かれ、リヒトとの距離が急激に縮まる。



「魔獣達の訓練……か」


「……?!」


「その相性調べのせいか、無性にお前に腹が立っている……あいつらと楽しそうに会話している時なんか特にだ」


「えっ、えっと……??」



 怒りの原因が不明すぎるあまり、ミアは思わず困惑を滲ませた声を漏らし、見下ろしてくるリヒトの顔の近さに全身が熱くなる。


 前に見た甘えた瞳とはまた違う、力強いその瞳に吸い込まれそうになるのをぐっと堪えるので精一杯だ。


 っ……溺れてしまいそうっ……。


 その深い青に息をするのも忘れてしまいそうになる、全てを飲み込むその瞳。一度目を合わせたら、絶対に逸らせなかった。


 ミアのペリドットの瞳がキラリと揺れ、僅かにリヒトの眉が動き、彼の頭には尖った獣耳が顔を出す。



「だん、団長っ……耳がっ」



 声を振り絞るミアに、自由を与えるかのように自分から一瞬だけ目を逸らしたリヒトは、そのまま勢いよく彼女を抱きしめた。


 先日の自室での出来事といい、何がどうなっているのか分からず、されるがままのミアは頭がパンクしそうだ。


 悲鳴を上げようにも、魔獣達が反応してしまう事を考えて必死に我慢していると、離れたリヒトはミアの頭をぐしゃりと撫で回したかと思えば、不敵に笑う。



「続きはまた明日だ。じゃあな」



 どこか満足そうに去っていく彼の後ろ姿が見えなくなった所で、檻に背を預けながらズルズルと崩れ落ちる。


 な、なんだったの……。


 高鳴る心臓は落ち着くことなく、体は熱を帯びる。腕の中で鳴くスノウベアが、その体を擦り付けて冷まそうと試みるが、中々熱は引かない。


 真っ赤になった顔を誰にも見られなくて良かったと思いながらも、リヒトが言った明日が少し不安になる。


 夕方、獣舎に訪れたユネスが、野外での訓練を明日行うことを知らされた上に、リヒトからとある指示を出されたミアは、頭を抱えることしかできなかった。



 

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