7.へっぽこ召喚士、躾を試みる




 いつも通りの変わらぬ朝を迎え、魔獣達の世話が一通り終わったミアは、フェンリルの檻の前で仁王立ちしていた。


 そんな彼女に全く反応しないフェンリルは、大きな欠伸をして、背を向けるように体勢を変えた。



「ねえ。昨日みたいにちょっとお喋りしない?私、あなたのことを、もっと色々知りたいの」


『……』


「ねえってばあー……」



 昨日の出来事を語れる相手は、目の前にいるフェンリルしかいないというのに、向こうにはその気はないらしい。


 親子コカトリスの騒動に一人で首を突っ込んだ件に加え、街での多数のフェンリルを目撃情報とくれば、当然リヒトからの長い説教を受ける羽目になった。


 魔獣騎士の相棒にもなっていない、全く人馴れしていない魔獣を外に出したのだ。怒られるのも無理はない。


 街の民を守る魔獣騎士団が、民を傷つけていたかもしれないと言うリヒトの気持ちも良く分かるのだが、その言葉には少し胸が傷んだ。



「私を守ってくれたあなたが、街の人を襲うなんてことありえないのに……。こんなにも賢い子なのに。ね?あなたもそう思わない?」



 自分が来る前の魔物達の様子は分からないが、少なからず現状はとにかく穏やかで、危険行動を取ったことはない魔獣達に、ミアはこの子達はいい子だと胸を張って言えるつもりだ。


 確かに絶対に安全という言葉は使える自信は今のところはない。ただ、ここにいる魔獣達を信頼しているミアには、その絶対を約束したい気持ちが溢れる。


 裏切られた挙句捨てられ、日々怯えながら生きてきた魔獣達に、危険な生き物というレッテルを貼られたくなかった。召喚士として、魔獣達を騎士達の良き相棒にすれば、魔獣達に向ける視線は変わってくるはずだ。


 今の私に出来ること……それは、躾をしてあげる事。


 本来魔獣と心を通わせることの出来る騎士がやるべき事だが、騎士達に心を閉ざしている以上、ミアしかやれる人材はいないのだ。こうして檻の中にずっと居続ける彼らに、本来召喚された目的である役目を果たさせるのも自分の仕事だと、ミアは意気込んでいた。


 コカトリスから貰った羽をお守り代わりに常に持ち歩くことにした彼女は、制服の上からお守りをそっと撫でて、もう一度フェンリルを見つめる。


 躾をするにあたって、昨日会話をすることが出来たフェンリルから試そうと思ってはいたものの、中々反応を示してはくれない。だからと言って、ミアは挑戦を諦めるようなことはしない。



「まずは、散歩にでも行こっか!」



 好きなものから誘導していって、まずは檻の外に出して距離を縮めることから始めた。ミアが用意する首輪を嫌々ながらも着けさせてくれ、手綱を握るとすぐさま檻の外へと力強く前進していく。


 外で感じる風が好きなのか、吹いてくる風に気持ちよさそうに目を細めた。



「もうちょっとだけでいいから、ゆっくり歩いてくれない?」



 手綱に掛かる力に顔を顰めるミアに、フェンリルはふんっと鼻を鳴らすと、抵抗するかのようにぐいっと前へと進む。あまりの力の強さに為す術なく、見事に芝生の上に尻もちをついたミアをフェンリルは、優雅に見下ろした。



「くぅ〜っ……意地悪」



 倒れ込んでいる間は大人しく座って、ミアが立ち上がるのを待つ。その目は明らかに小馬鹿にしているが、ミアは構うことなく手綱を強く握りしめた。


 大丈夫、この子は賢い子。この子を信じて、向き合わなきゃ。


 嫌がって首輪を外すことも、手綱を噛みちぎって逃げ出すこともしない。フェンリルは人間は嫌ってはいるが、こうしてミアを受け入れようと葛藤しているように見えた。



「まだよ。もう一回、チャレンジ!」



 立ち上がったミアを見て、どこか驚いた様子のフェンリルはバツの悪そうな顔をしたかと思えば顔を逸らした。


 そこから幾度とミアの指示が通るように、何度も手綱を握りし直しては、躾を試みた。


 引っ張るようなら、無理に抵抗して引っ張るのではなく、一度立ち止まってみると転びそうになるミアを見て、フェンリルは力を緩め進むのを止める。


 止まってくれたことに対して体を撫で、目一杯に褒めると、満更でもないと小さく尻尾を振るが、すぐさま毛を逆立てる。


 繰り返すミアに、半ば諦めがついたのか騎士達が昼の休憩がてらに覗きに来た頃には、フェンリルはミアの隣を守るようにして歩いていた。



「いい子。やっぱりあなたは賢い子ね!」



 何度目の褒め言葉かもよく分からない言葉に、フェンリルはふんっと鼻を鳴らす。


 指示が入るようになったフェンリルを檻の中へと誘導し、ご褒美におやつを与えると嗜むように上品に頬張ってくれた。


 自分も休憩に入ろうと支度を整えていると、獣舎の扉が叩かれ、思わず肩を震わせた。またリヒトが尋ねてきたらどうしようと、身構えていると柔らかい声が掛けられる。



「ミアちゃん。ご苦労さま」



 振り返ると獣舎の入口に立っていたのは、一匹の全身深緑の毛で覆われた可愛らしい犬のような魔獣を連れたユネスだった。



「昨日は色々大変だったみたいだけど大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です」



 リヒトに怒られたこと以外は一応丸く収まったと自分に言い聞かせながらも、ユネスが連れる魔獣を見つめた。



「あの、その子は?」


「他の部隊で生まれたクーシーという妖精犬だよ。そこの部隊の召喚士が、病気で寝込んでいてね。まだ相棒を見つけていないから、数週間うちの部隊で預かって、訓練させているんだ」


「へえ〜!可愛いですね!」


「まだ子供だからこの大きさだけど、成長したら牛ぐらい立派な大きさになるよ」


「へえ〜!それはそれで、たまらなくモフモフしそうですね!」



 瞳を輝かせるミアに、ユネスはくつくつと喉を鳴らしながら笑う。



「本当、ミアちゃんって魔獣が好きだね」


「そりゃあ、モフモフ達の魅力は凄まじいですから!」


「……リヒトが気に入るのも、何となく分かる気がするよ」


「え?」



 小さく呟いたユネスの言葉は、檻の中の魔獣達の甘える鳴き声によってかき消された。


 首を傾げるミアに、ユネスはなんでもないよと小さく微笑む。



「ところで、今から休憩かな?」


「はい。そのつもりでした」


「休憩が終わったら、良かったらこの子の訓練の見学に来る?」



 自分以外の他の騎士達が魔獣達と関わっている姿は見たことがなかったミアは、その提案に食いつくように頷いた。



「是非!参考にさせて貰いたいです!」


「息抜きのつもりで誘ってみたんだけど、なんか凄い気合い入ってるね。じゃあ、休憩が終わったら訓練所までおいで。待ってるから」



 そう言って一足先に獣舎を去っていくユネスを見送り、ミアは急いで騎士舎の食堂へと向かった。休憩が重なったシュエルや、顔馴染みの騎士達と共に食事を囲む。


 食堂の女将さんの作る栄養満点の美味しい昼食を頬張り、お腹の虫も落ち着いた所でシュエルの案内の元、ミアは初めて訓練所へと足を運んだ。


 シュエルは午後の鍛錬へと向かい、ミアは言われた通りの道を進むと訓練所へとたどり着く。騎士達の訓練所の横に、魔獣達専用の訓練場が設けられ、そこにクーシーに訓練をさせているユネス達を見つけた。


 訓練中ということもあって、クーシーの集中力を乱さないように声を掛けることはせずに、遠くから訓練を見学した。匂いを覚えさせ、それを探索するという訓練は見事なもので、覚えた匂いを辿り、的確に見つけていくクーシーは、百発百中だった。



「す、すごい……」



 それに加え、お互いを信頼し通じあっているからこその素早い動きは、今のミアにとって衝撃と感動を与えた。


 訓練に一区切りが着いたのか、訓練に感心していたミアの元へユネスがやって来ると、彼女の顔を覗き込む。



「どうだった?」


「数週間しか関わってないのが嘘みたいです……」


「心を通わせられる魔獣の本来の動きだよ。うちの魔獣達も本来であれば、相棒を見つけてこうやって動いてくれるんだけどね」


「相棒か……」


「ミアちゃんがいい魔獣を召喚してくれれば、それで全て丸く収まるから大丈夫、大丈夫。リヒトからしばらく召喚術禁止させられてるから、先の話にはなるだろうけど」



 ユネスの言葉に、喉を詰まらせたミアは思わず咳き込んでから、新鮮な空気を肺に送り込む。ユネスの言う通り本来であれば、新しい魔獣を召喚するのが当たり前の召喚士の役目だ。


 しかしミアにとっては、この部隊にいる魔獣達がいらないと言われているようで悔しかった。心を通わせ、共に戦う相棒を召喚士であるミアがこの地に喚ぶ……本来のやり方が正しいが、一生懸命世話をしている魔獣達を除け者には絶対にさせたくない。

 

 第一、私が魔獣を召喚出来るわけないし……って、それもおかしな話しなんだけど。


 自分の落ち度にへこたれそうになるが、ミアは気合いを入れ直す。


 こうしている時間も、魔獣達のことを常に考えて、彼らが持つ力を発揮させるために動くしかない。ミアはユネスにお礼を言って、再び獣舎へと戻る。


 気持ちよさそうに寝ていた魔獣達はミアの足音を目覚まし代わりにゆっくりと起きて、おかえりとでも言うように小さく鳴いた。


 ぐるりと一周檻の中にいる魔獣達を見て、一つの檻へと近づいた。



「ちょっとだけ、いいかな?」



 頭が三つあるケルベロスの檻の前に立ち、首輪を着けて獣舎の外へと出す。散歩と勘違いしたのか、どこか嬉しそうなケルベロスを優しく撫でる。


 ポケットに入れていたハンカチを取り出し、ケルベロスに匂いを嗅がせて、その反応を見る。



「この匂いを覚えて、今から私がこのハンカチを隠すから取りに行って欲しいの」



 そう伝えて準備する間はフェンリルと違って、待てが出来るケルベロスに指示をすると大人しく座りミアの様子を伺っていた。


 茂みに隠したハンカチを風で飛ばされないように縛り付けて、準備を整え終わるとケルベロスの元へと向かい、もう一度指示を出す。



「さっきのハンカチを探してきてくれない?」


「???」


「匂いを辿って、取ってきて欲しいの」



 三つの顔がこてんと首を傾げる愛くるしい仕草に、ミアは正解を教えたくなる衝動をぐっと抑えた。


 何度も説明と指示を繰り返すが、クーシーのように探索をしようとしないケルベロスは、ミアの匂いを嗅いで三つの顔がそれぞれ喉を鳴らすように小さく吠えた。


 恐らくミアの匂いはここにあると伝えようとしていることを悟ったミアは、苦笑するしかない。


真っ直ぐに向き合って教えたつもりだったが、全く指示は入らない。試行錯誤しても上手く行かず、日は徐々に傾いていく。


 ダメかあ……。同じ犬種族の魔獣だから上手くいくかなあって思ったんだけど。


 考えに付き合ってくれたケルベロスに、ミアは全力で撫で回してありがとうと気持ちを伝える。



「まあ、そんなすぐに出来るわけないもんね。地道にやっていこう」


『残念だが、アンタにはそれは出来ない』


「えっ?」



 声の主を探すように辺りを見渡せば、いつの間にか獣舎の外に出てきて、日向ぼっこをしているフェンリルが芝生の上で寝そべっていた。当たり前のようにそこで寛いで居るものだから、気配すら感じられなかったのだ。



「フェンリル?!あなたどうやって檻の外に……!」


『それは教えない。別に脱走する気もないから安心しろ』


「というか、何でさっきは会話してくれなかったの?!」


『面倒だったから、それだけだ』



 ふんっと鼻を鳴らしたフェンリルは、そっぽを向いて風を感じるのを楽しんでいる。また誰かに見られたら怒られるどころじゃ済まないと、慌ててフェンリルに首輪を着けた。



「それで……どうかしたの?自檻の外に出てきて、その上私に話しかけくるなんて」


『あんたのそのやり方に少しイライラしていただけ』


「やり方?」


『突然始めた訓練だよ。それぞれ得意不得意ってものががあるだろ。オレ達と心を通わせて、各々がやりやすいようにやらなければ、訓練の意味を成さない。それに言っておくが、ケルベロスは頭が三つあるから匂いを覚えるのに個体差が生じて、正確な判断が出来ないんだぞ』


「そ、そうなの?」


『あんたにはそんな訓練はできない。出来るのは騎士達だけだ』



 知らなかった事実と自分の無力さにバッチを握りしめると、フェンリルはため息を着くかのように鼻を鳴らす。



『まったく……見てられないから、オレからここにいる奴らに、騎士達との訓練を開始するように伝える。あんたも、あのクソ獣人に伝えておけ』


「えっ?え?」


『あーもー!協力するって言ってんだよ!明日、騎士達との合同訓練を行う。いいか!』


「はっはい!」



 声を荒らげたフェンリルに、びくりと反応する。ミアが返事するのと同じように、獣舎の中の魔獣達もフェンリルの指示に反応するように鳴いた。


 突然出来たもう一人の上司のような存在に、立場が良く分からなくなったミアは、表情を固くするケルベロスの三つの顔と目配せすることしかできなかったのだった。




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