第31話 半透明で向こうが見えるくらいの君
水ではない。
でも向こうが透けて見えるのだ。
影ではない。
でも存在はぼんやりしている。
ゆらめく陽炎ではない。
でも輪郭はゆらゆらとゆらめいている。
手応えはない。
でもそこにいるはず。
君ではない。
でも見た目はあの頃の君にそっくりなのだ。
君との出会いは僕がまだ小学生の頃だった。クラスに友達のいない僕は、いつも1人で家までの短いけど遠い道のりを下を向いて歩いていた。
そうすると、いつも決まって後ろから僕を走って追い越し、追い越す時に肩をぶつけて君は走り抜けたよね。
僕は相手が誰だかわかっていながら、ぬっと顔をあげて相手を確かめる。後ろからぶつかってくるような不躾な相手だから、もちろん笑顔なんてない。でも君はいつも嬉しそうだった。
あんまりあなたが俯いて、世界で1番つまらなさそうに歩いているからよ。なんて君は言うけれど、別にそんなことはなかった。ただ歩いて帰るという行為に余計な感情がなかっただけだ。
君はいつも楽しそうだったね。
いつもと同じ道、同じ風景、同じ空気。なんにも面白いことなんてないのに、君は毎日何かしらの変化を見つけては僕に教えてきた。
昨日まで咲いてなかった花が咲こうが、ようやく公園横の家が完成しようが、別に僕たちには関係がないのに、君は一つ一つを発見し丁寧に記憶していた。
だって世界は今も変化してるのよ、いつまでも変わろうとしないのはあなただけ。そうは言っても、変化なんてごく僅かで変わったんだかわかりもしない。
あの頃の僕は世界から一歩後ろを歩いていた。生きた人間というよりかは死者に近くて、でも生きてはいたからいわば半透明な状態だった。そんな状態は心地よかったけれど、いつまでもできたものではなかったね。
変化は小さなものだけど、気づけば僕の身長はぐんと伸びたし髭だって生えた。恋だってしたし、失恋だってした。何か大事なものを失って、かけがえのない家族をつくった。気づけば僕は立派な生者だった。
お盆の季節、僕は毎年君のお墓に線香をあげる。懐かしい匂いが鼻腔をつきながら、煙となって空へと立ち昇る。生そのものだった君が今や死そのもので、半透明だった僕が汗を流しながら生を体現している。この逆転現象も君からしたら面白い変化の一つだろうか。僕にはなんにも面白くないけれど。
きっと君はあの頃の僕みたいに、この世界から一歩外れたところにいるのだろう。近いようで遠いこの距離感がもどかしい。叶うのであればあの頃君が僕にしてくれたように、わざと肩をぶつけてあげて、君はここにいるよ。僕には君が見えているよと伝えてあげたい。でも君は半透明で夏の湧き立つ雲が透けて見えるような、この世のものでない存在。ならばせめてこの季節だけでも迎えいれてあげよう。いつもいつもお帰りなさいと手を合わせよう。あなたのことは忘れないから。どうかこころ安らかに、また会う日まで。
半透明な君の向こうで、煌々と「大」の字が点火される。
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