第26話 夢みる少年

外は雨が降っている。昼頃から降り出した雨は、その勢い衰えることなく夜半になっても降り続いている。地面にできた水溜まりの上を車が通るたびに、ばしゃっと跳ねる音が少年の耳に届いた。その音は不思議と少年を安心させた。遠くから近づいてくるエンジンの音。そして、前輪と後輪がそれぞれ順序よく水を跳ね上げる様子は、今この瞬間もつつがなく世界が動いていることを知らせてくれているように感じていた。


少年は壁の薄いアパートで暮らしていた。

家の目の前を少し大きな道路が通っていて、裏手は線路になっていた。今日はもう最終の時間を過ぎていたので、少年が包まる布団ごとガタガタと揺れる心配はなかった。今もまた水を跳ねる音が聞こえた。


少年は母と二人で暮らしている。

母は明け方まで仕事で帰ってこないので、少年の夜はいつも一人だった。少年にとって夜はいつも孤独と隣合わせだった。夜の闇はどこまでも暗く、部屋の電気をどれだけ明るくしても外に広がる闇を想像した瞬間、少年は世界にぽつんと取り残された印象を受けるのだった。それはまるで深海に生きるチョウチンアンコウのように、どこまでも孤独で悲しく素敵だった。また水が跳ねた。


少年には夢がある。

将来はサッカー選手になりたいと考えていた。昼の明るい間は友人たちとグラウンドを走り回り、人一倍汗を流した。空から降り注ぐ陽の光が、少年の汗をきらきらと輝かせた。少年は駆けた、夜の間に染み付いた闇の冷たさを置き去りにするかのように。遍く世界を照らす太陽の元では、見えないものなど何もなく。世界はどこまでも広がっていた。今度は大きな車が水溜まりを踏んだようだった。


少年には希望がある。

いつかは自分が大きくなって、母に楽をさせたいと考えていた。そのためにはサッカー選手という夢が現実的ではないこともとっくに理解していた。今はまだ母の庇護の下で生きていられるが、いつかそうではなくなる日のことを恐れた。だから、自分で切り拓く必要性があったのだ。その暁には、こんな風に道ゆく車の音が聞こえない、電車が通るたびにコップのお茶が溢れないか心配する必要のない部屋に母を住まわせることができるに違いない。ばしゃ。


少年は頭の中がぐるぐるとした。

今考えていることが夢か現か。

闇を透かして、少年は未来をみた。

未来は夢であり、夢は過去である。

少年は薄い布団の中で、現在に位置していた。

現在はぐらぐらと揺れ動き、側では水が跳ね踊った。少年は心地よかった。


ようやく眠りについた少年の横顔に、カーテンの隙間から次の一日が差し込んだ。

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