第21話 印象増大機

「みろ!ついに完成したぞ!」


「博士、次はどんなガラクタを生み出したんですか?」


「ばかもん!今度こそはガラクタなどではない。これは世界を揺るがす大発明じゃ!」


「またいつものやつだよ、もう、博士がそんなことばっかり言ってるから今でも残っているのは僕だけなんですからね!」


「うむ、、」


「だいたい博士はいつも、、、


「でも、、」


「でももへったくれもありませんよ!そもそもね、、、




これはいつもの風景だった。

いつもと違うのは博士の目の前に置かれた銀色に輝く小型の装置だ。ティッシュ箱くらいのサイズにいくつも飛び出すアンテナ。大小様々なボタンは彩り鮮やかに並んでいる。

博士はこれを「印象増大機」と名付けた。


その名の通り、それは操作した人のある一側面を増大し、人々に印象づけることができる。善人はより善人に、悪人はより悪人に印象づけることが可能となるのだ。



「いつまでたってもそれじゃね!」


「わかったわかった、待ってくれ。もう十分私のダメなところはわかった。とにかくこの装置を見てから話をしよう。やっと完成したんじゃ」


「まあ、わかりましたよ。でその装置はなにができるんですか?」


「これはの、印象増大機というものじゃ」


「はい?」


「印象増大機といってな、操作した人の印象を限界まで増大させることができる」


「なんのためにそんなことをする必要があるんですか」


「たとえば、政治家がこれを使用したとする。有権者に対していくら真摯に語りかけたとて伝わってこなかった熱い思いが、その人の印象となって強く与えられる。そうするとどうじゃ、あの人ならやってくれそうだと人々は感じるじゃろう」


「なるほど」


「他にも色々あるぞ。とにかく人は印象が大事なのじゃ。実態がどうあれ周囲の人々はその人のことを印象で捉えておる。その印象さえ良ければ大抵のことはクリアされるのじゃ」


「じゃあ博士がそれを使えば、怠惰で怠け者でドジな奴という印象が極限に達するということですね」


「お前さん、私のことをそんな風に見てあったのか、、まあでもそういうことじゃ。これは印象を良くする装置ではない。元々あった印象を増大させる機械なのじゃから」


「危険じゃないですか?」


「とても危険じゃ。だが最初の印象さえクリアすればこれほど素晴らしいものはないといえる。使い方さえ間違えなければどんなものでも世紀の発明じゃ。いつも間違えるのは人間じゃからの」


「そんなものをこれからどうするつもりですか?」


「私たちが信用できる人物のみ使用を許可するとしよう」


それから博士と一人の助手は使用に耐える人物を探した。なかなか見合う人はいなかったがついに一人の候補を見つけた。それは最近人気が出始めたお笑い芸人だった。


「突然すみません、私たちはこういうものです」


「はい?どういった御用でしょうか」


「訝しがるのは当然だと思います。私たちは発明を生業としておりまして、この度人の印象を増大させる機械を発明いたしました。これを使用すればあなたの人気は急上昇すること間違いありません」


「ははは、変なことを言いますね。普通ならそんな怪しい話すぐに断るところでしょうが、僕はお笑い芸人だ。これも芸の肥やしになるでしょう。いいですよ、何をすればいいですか?」


「こちらから持ちかけておいてなんですが、本当にいいんですか?」


「いいですよ、ただしお金なんかは払いませんからね」


「もちろんです、むしろ協力いただけるのならこちらから謝礼を、、、」


「結構です。そういうの事務所がうるさいんですよ。で、何をすればいいですか」


「でしたら、こちらのボタンを押していただいたのち、こちらのボタンを3秒以上長押ししてください。それからこちらのボタンを5回連打していただきますと最後に真ん中の赤いボタンが光り出します。それを押していただきますと完了でございます」


「ボタンばっかりですね、、まあやってみましょう」


一同は固唾を飲んで見守った。

赤いボタンを押した直後、特に変わったことは起きていないようだった。


「何か起きたんでしょうか?」


「んーおそらく博士が言うには成功のはずですね」


「特に変化はないようですが」


「そのようですね」


「ははは、まあいい経験でした」


「そう言っていただけて幸いです、それで本当に謝礼は、、、」


「結構です」


「そうですか、ではここで失礼いたします。ありがとうございました」



このときはまだ誰も気づいていなかった。

最初に異変が起きたのはインターネットの中でのことだった。


【芸だけじゃなく人間性が最高!】

【人として好き!】

【こんなにいい人は他にいない】

【存在が神】

【虫も殺したことなさそう】

【あなたみたいになりたいです】

【生まれてきてくれてありがとう】


動画投稿サイトのコメント欄が芸人への賛辞で埋め尽くされたのだ。

これに最も驚いたのが本人であることは言うまでもない。

最初は何かの間違いかと思ったが、ふと先日の怪しい機械を持って現れた老人と小柄な男を思い出した。


「まさか、、」


芸人の人気ぶりは飛ぶ鳥も落とす勢いで上昇していった。

彼の全ての言動が、世間の人々から好印象として受け止められるのである。


【こけそうになった共演者をそっと支えてあげてた!】

【落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れてた】

【彼の芸と人間味に救われた】

【人の目を見て話を聞いてた!】


些細なことも人々からすれば彼を印象付ける格好のチャンスなのだ。彼の一挙手一投足に好奇の視線が注がれ続けた。


【こんなにいい人がいるだなんて!】

【絶対に悪いことなんてしたことがないはずだ】

【彼が悪人なら私は人が信じられなくなってしまうよ】

【まさに聖人君子だ】

【人としてこれほど素晴らしい人はいない】

【〇〇(芸人の名前)=神】


彼は舞い上がり続けた。人々は彼を持ち上げ続けた。

そして研究室では次のような会話がなされた。



「博士、あの装置の威力は絶大ですね」


「ああ、恐ろしいことだ。私はあの機械を破壊してしまったよ」


「どうしてですか!勿体無い!」


「私は重大なミスを犯してしまったのじゃ」


「なんですか」


「装置を終わらせるボタンをつけ忘れたのじゃ」


「まあ別にいいじゃないですか、押した本人だってこの人気が止むようなこと望まないでしょう」


「ならいいのじゃが、、、」


「大丈夫ですよ、それよりこの装置に名前をつけましょうよ」


「だから印象増大機と、、、」


「ダメですよ、カッコ良くない。僕がつけてもいいですか?」


「ああ、、、」


「じゃあ私たち三人の苗字の頭文字を取って、これを“SNS”と名づけることにします」


「ほう、、、」


「それから、これを誰でも使用できるようインターネットを通じて無料で配布しましょう」


「いかん!!それはダメじゃ」


「もう遅いですよ博士。既に手続きは済んでいます。ネットの海に拡散されれば回収不可能であることは博士もご存知でしょう。ほら見てください。もうこんなにも多くの人が操作を開始している、、、、、

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