第11話 地球型親善大使一号

夜が明けると世界中に同じ看板が立てられていた。

おかしなことに誰も見たことのない形をした文字なのだが、誰もが読んで理解できる文字でその内容は書かれていた。



「我々は、地球日本国における一ヶ月後首都東京に着陸する異星人だ。」


ここまで読んで日本、特に東京がざわめいたのは言うまでもない。



「安心したまえ、我々に敵意はない。」


人々はほっと胸を撫で下ろす。



「しかし、」


人々の目には緊張が走る。



「我々は最高のもてなしを受けることが大好きだ」


ある人は大量のご馳走を妄想し、ある人は大勢の美男美女を妄想した。



「我々は紳士的で諸宇宙に出しても恥ずかしくない歓迎を期待する」


ある人は満面の笑顔を浮かべたある国の大統領を妄想し、ある人は強かさで有名なある国の総統を妄想した。



「もし万が一にも、我々の期待を裏切るような事態へと発展すれば、、、いやその先はやめておこう。我々は友好的な関係を期待するのだから」


人々は「友好的」の三文字に計り知れない敵意と恐怖を感じた。

人類に失敗は許されない。失敗は即ち宇宙規模でのトラブルへと発展してしまうことが目に見えてわかっていたからだ。それはつまり、自分達の星以外に知的生命体がいるとは今日の今日まで知らなかった私たち「地球人」のデビューが失敗に終わることを意味し、それはとどのつまり、この先々に亘って「地球人」が隷属的立場に追いやられる可能性をも示唆していた。



期間は一ヶ月しかない。

この限られた時間の中で人類はその命運をかけるに値する人物を見つけなければいけないのだ。一億人の「地球人」の運命を背負った人物。


この国家を跨いだ大規模プロジェクトは一つの名で呼ばれた。

「地球型親善大使を探せ」と。


まさに地球を代表する決定的な人物だ。どこだ、どこにいる。違う、お前じゃない。いや、お前か。いや違う。


「地球型親善大使」探しは難航を極めた。

言わずもがな、まだ見ぬ宇宙人が求める「最高のもてなし」などいくら頭を捻ってても出てくるものではないのだから。


1日、1週間、半月。。。

時は容赦なく過ぎていく。


国連が主催する「地球型親善大使発掘委員会」では、国を代表する選りすぐりの人物たちを査定し、多くの試験を課し、模擬接待まで行った。


しかし、見つからない。


どの人物もどこか非常に微妙な点において欠けるところがあるのだ。


これはダメかもしれない。

いっそ攻撃でも仕掛けてやろうか。こんな物騒な言葉も誰ともなしに囁かれる有様であった。




人々の不安がピークに達する宇宙人来訪前日。

一人の世界的権威が委員会の扉を叩いた。

彼はロボット工学の権威である。


「博士、一体なんですかこんな時に」

委員会のメンバーはすでに憔悴しきっていた。


「地球型親善大使を連れてきた」

博士は変に威張るでもなく、ごく自然と告げた。


「ご冗談を。これだけ探しても見つからなかったのです。そもそも正解がわからない」


「そうだろう。だから作ったのだ」


「作った?」


「ああ、私はロボット工学が専門だ。地球上に適当な人物がいなければ作ればよい」


「おお、その発想はなかった。それでどこにいるのですか彼は?」


「彼ではない。彼女でもない。そうだな、強いて言うのであれば地球型親善大使一号とでも呼ぼうか」


「この際、呼び方などをどうでもよいのです。早く、早く見してください」


「いやいや呼び方は重要だぞ。仮に名前を、、、」


「いいから、早く。時間がないのです」


「仕方ない、見せてやろう。これが地球型親善大使一号じゃ」


果たしてそこには一人の人間?が立っていた。

博士の指差す方を見て初めてそこにいることに気づいたが、間違いなくさっきからそこに居た、はずだ。

はずだと言うのは、誰も自信がなかったからだ。

それは確かに男でも女でもない。

背が高いような低いような、

どこかで見たことがあるようなないような、

懐かしいような嫌悪するような、

自分に似ているような全く別者であるような、

好きなような嫌いなような人物だった。


「これが、、、地球型親善大使一号、、、」

人々は狐につままれたような妙に納得するようなそうでないような気持ちに襲われた。


「ああ、これこそが最高のおもてなしを行う、地球の運命を任せることができる唯一の存在じゃ」


「でも、、、本当に、、、」


「任せなさい。君が今感じているそうであるようなないような感覚。これこそが宇宙人攻略の鍵なのだよ」


「と言いますと、、、」


「人には好きも嫌いもある。間違いなく宇宙人にもあるだろう。だから君たちの親善大使探しは難航したんだろう?」


確かにそうだ。仮にAという人物が認めてもBという人物が認めるとは限らない。だから決まり切らなかったのだ。


「ならばして、なぜ好きや嫌いという感情が起こってしまうのか。それがこの研究の出発点じゃった」


人々は固唾を飲んで聞き入った。


「それは、対象に何かしらのきっかけを見ることで誘発され自然と湧き上がる感情であると判明した。ならば、全てのきっかけを削ぎ落とせばよい。そうすれば、見るものに何ら感情を抱かせないことに成功するのではないか。そして私はやってのけた。これは例えるなら水のような物質でできておるのじゃ。水は決まった形を持たぬ。四角い箱に入れれば四角くなるし、丸い箱に入れれば、、、という具合じゃ。こいつは絶えず流動的に変化をしている。目には見えないごく微小の世界での出来事じゃがな」


博士の話もまたわかるようなわからないものだった。


「とにかく、もうすぐにやってくる宇宙人に対してこれは最高のもてなしを供することができるのですね?」


「ああ、私が請け負う」


「ではやってみましょう」

こうして、「地球型親善大使一号」による宇宙人歓迎の時がきたのだ。



予定されていた通りの時間、場所に一台の円盤が音もなく飛来した。

人々が見守る中、「地球型親善大使一号」の目の前に緑色の体をした宇宙人が降り立った。


「地球型親善大使一号」に近づいた宇宙人は何やら身振り手振りを交えながら音を発している。その音は非常に高く、人間に聞こえるレベルではなかった。

一切動じる様子のない「地球型親善大使一号」。当たり前だ、こいつはロボットなのだから。

やがて宇宙人が奇妙な様相を呈する。少し震えているのだ。その表情からは人類に共通する感情を読み取ることが非常に難しいが、なぜだか怯えているように見えた。

そしてついに、宇宙人は「地球型親善大使一号」に背を向け走り去ってしまった。人々が見守る中、宇宙船に飛び乗った宇宙人は来た時と同じく、音もなく飛び去ってしまった。


人々が呆気にとられる中、博士が満足そうな表情を浮かべ歩み出た。


「やあやあみなさん、これで地球は救われましたぞ。私はこいつを発明した人間です。宇宙人はこいつの摩訶不思議な様相に面を喰らって、ケツを巻いて逃げ帰ってしまいました。ご安心ください。危機は去ったのです」


人々は歓喜の渦に包まれた。博士と「地球型親善大使一号」は地球を救った英雄として祭り上げられた。「博士!ぜひこいつの作り方を、、、」




その頃宇宙の片隅では、一台の円盤から全宇宙に向けあるメッセージが発信されていた。


「地球はすでに手遅れ。この惑星の生物は生き物として必要なものを著しく欠如している。我々は間に合わなかった。一刻も早く、惑星撤去の依頼を、、、」




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