第3話 完璧の裏側
「えー、お前ら。席につけ」
担任の木原先生が教室に入ってくるなりその伸びに伸びた髭を触りながら気だるげに指示を飛ばす。
いつもより5分早い指示にクラス中からは不満の声が聞こえた。
高校生にとって朝の時間はとっても重要だ。
なぜなら、昨日の放課後彼と何があったとか、部活がどうだったとか、高校生の本文とも言える青春の1ページを一番の鮮度で語れる時間なのだから。
だが私は知っている。
これから起きることがどんな1ページよりも、鮮烈な1ページになることを。
「よーし、入ってきていいぞー」
その一言で、教室の視線は一斉にドアの方へと向いた。
それはそうだろう。
この流れからの先生のこの言葉は誰だって転校生!?と期待する。
しかも、その転校生は――――
「おはようございます。今日から転校することになりました、湊川真凛です。ご迷惑をおかけすることもあると思いますがよろしくお願いします」
あの真凛ちゃんだ。
教卓の前に立ち、全く緊張を感じさせないその自己紹介は、まさにスター。
「どぇぇぇぇぇぇ!?」
「本物!?やばくない!?」
「顔ちっちゃ〜い!!!」
さっきまでのあの雰囲気はどこにいったのやら。
ここにいる全員が目を輝かせて目の前の大人気レジェドルに夢中だった。
「えー、まぁ、普通に接して欲しいというのが本人の希望だ。本人の意思を尊重すること。いいな」
「はいはーい!恋愛禁止ですか?」
「おい!話を聞けや!」
秒で先生の言いつけを破る飯野くん。
ツンツンした髪の毛とは対照的に性格は馴染みやすくいつも笑いをとっているクラスのお調子者。
そんな飯野くんの先制攻撃を真凛ちゃんは……
「LIPはあくまで個人でやっているからそういうのはないわね」
「おお!ついに俺にも春が――――」
「でも、貴方とは絶対ムリだわ」
「絶対!?」
銃で撃たれたように倒れ込む飯野くん。
今日も彼お得意のオーバーリアクションでクラス中が笑いに包まれた。
ふふ!飯野め!ザマァみろ!
私の推しは渡さないんだから!(私は何もしてないが)
「はぁ、ったく……いきなり飛ばしやがって……」
「先生、早く続きを」
「ああ、そうだな。えーっとなんだっけ……」
木原先生は髭をいじくりながら天井を見上げている。
「案内役の話ではないでしょうか?」
「ああ、そう。それそれ。案内役」
「俺!以外に適任はいな――――」
「絶対ムリ」
「そんなぁぁぁぁ!」
「明日野。テストの罰だ。お前がやれ」
「え?」
「そんなぁぁぁぁぁ!」
「うるせぇ飯野!」
私が……?真凛ちゃんのガイド……?
「私がですか!?」
「ああ、そうだ。嫌か?」
「いえ……そういう訳では……ないです、けど」
私なんかが目立ったって馬鹿にされるに決まってる……。
それに、昨日は人がいなかったからよかったものの、真凛ちゃんの隣を堂々と歩く自信なんてないよ……。
もし目立っちゃたら加瀬さんに何させるか分からないし……。
空回って、失敗して、惨めになって。
小さくなった所をさらに叩かれて。
さらに自信がなくなっていくんだ。
そんな負の連鎖、容易に想像できる。
「明日野さん、頼めないかしら」
青天の霹靂。
先生からではなく、真凛ちゃんからの申し出に私の体はさらに強張った。
どうしよう……!
教室の静寂が私の胸を押しつぶしてしまいそうなぐらい苦しかった。
頭の中は真っ赤かで、どれだけ思考を巡らせても結論は出ないままだった。
皆んなが待ってる……このままじゃまた目立っちゃう……。
「ミラ、無理しなくても良いんだよ?」
「ッ!?」
前に座ってたゆずちゃんが私の右手をぎゅっと握った。
優しく握られたその手は、温かい。
そっか、ゆずちゃんは優しいんだ。
ずっとそうだったじゃないか。
私が守るって言ってくれてたんだ。
ずっとずっと前から。
けど、そんな私はもう嫌だから。
ちょっとだけ、勇気出してみるよ。
心配そうにこちらを見つめるゆずちゃんに軽く微笑んでみる。
やっぱり不安そうな視線は相変わらずだ。
でも、見てて?
「や、やります!」
いつもより少しだけ大きな声を出すと、クラス中の視線が一気に私に向いたのが分かった。
うう……キツすぎ……。
でも、逃げない!
胸に手を当て真凛ちゃんをキッと見据えて言い放つ。
「やらせてくだひゃい!!!」
うわっ、噛んじゃった〜!!!
ここ重要なのにぃ!
周囲の鋭い視線が丸くなった気がした。
やっぱり私を小馬鹿にするような声がコソコソと聞こえる。
でも、
「ありがとう。助かるわ」
真凛ちゃんの笑顔だけは、私の頑張りを褒めてくれているような気がしたのだ。
「よし。決まったな。じゃあ、湊川。明日野の隣の席に座れ。ちょうど空いてるしな」
「はい」
最後に一礼だけすると真凛ちゃんは私の隣の席へと座った。
昨日まで画面越しでしか見ていなかったのに急に隣に座っているという夢のような現実に、私はただ背筋を姿勢を良くすることしかできなかった。
◇
「よし、じゃあ……この問題を……湊川さん。解いてくれるかしら?」
「はい」
2時間目の数学の授業で真凛ちゃんは指名されて颯爽と前に出る。
黒板に迷いなく答えを書くたびに揺れる青髪がまるで清流のようで綺麗だった。
「やっぱ、レジェドルは違うね〜」
「うんうん。板書してるだけで絵になるもんね〜」
「あんなに可愛くて勉強までできるとか最強すぎん?」
「それな!マジ羨ましい!」
空席のその向こうの会話が耳に入る。
やっぱり、みんなの目にもそう写ってるんだ。
四字熟語が沢山並びそうな女の子。
それが湊川真凛。
画面越しでも現実でもそれは全く変わらないのだ。
そんな彼女はこちらに戻ってくる為に歩くだけで様になっていた。
先生が黒板に書かれた式を一つ一つ確認していく。
「えー、惜しいですね!」
星丘先生の高い声が響いて、みんなが顔を見合わせた。
「ここがちょっとだけ違います。こうすれば……どうなりますか?湊川さん?」
「15人、でしょうか?」
私も予想外のことに視線が正面に移った。
いや、誰でも間違いの一つや二つ……。
「んん〜残念!他に答えはあるかな?」
「すみません……分かりません……」
お財布を落とした少女みたいに真凛ちゃんは俯いた。
きっと問題が難しかったんだ。
そう思い教科書に視線を落としてみるけど、何回確認してもそこに書いてあるのは基礎問題の四文字だった。
「はい。じゃあ、茜さん」
「はい。11人です」
「うん。正解です」
そうしているうちに解答権が移りゆずちゃんの答えが正解となった。
いや、先生!流れ的に言ったら次は私なんですけど!?
もう見捨てられてる!?
まぁ、わからなかったから良いんだけども。
基礎問題の答え合わせが終わりそこで授業は終了となった。
伸びをしながら息抜き程度にふと隣を見ると真凛ちゃんのノートが見える。
さっきのは偶然なんだろうなと思い覗いてみるが、黒文字でビッシリ埋まっているものの赤でチェックばっかりで、まるで私のテストの答案用紙みたいだった。
偶然じゃ、なかった?
真凛ちゃんがノートを閉じると私は慌てて窓のほうを見た。
「意外、だったかしら?」
「い、いやいや。ってあ。そうじゃなくて!」
「ふふ。別に怒ってるわけじゃ無いわ」
そこまで答えると窓と私の間に真凛ちゃんが割り込んでくる。
う、うわ!あ、足ぃ!綺麗すぎんだろ……。
「放課後、案内お願いできるかしら?」
「放課後!?あ、うん。もちろん」
「そう、ありがと」
そんな会話だけを交わして真凛ちゃんは席に戻った。
その後も変わらず真凛ちゃんが正解することは無かった。
◇
「明日は体力テストだ。体操着忘れんなよー」
最後に木原先生が一言告げるとホームルームは終了して、放課後となった。
だはぁ!ようやく終わった〜!
なんだか今日はとてつもなく長く感じた。
心地の良い解放感を覚え私は大きく伸びをした。
ふぁあ、気持ちー!
「ミラ!一緒に帰ろ!掃除手伝うからさぁ!」
「あ、ゆずちゃん」
「掃除だろ?ウチ今日は手伝うよ!」
「あ〜それなんだけど……」
「なんかあるの?」
「うん、ほら、真凛ちゃんの案内を……」
チラリと隣の真凛ちゃんを見てみる。
私の視線に気づいたのか髪を耳にかけながら微笑んだ。
かわわ!
少しの間見惚れていると正面からすごい圧を感じた。
ゆずちゃんがハムスターのように膨らませて私に近づいていたのだ。
……怖い……可愛いけど、怖いなぁ……加瀬さん並みに顔が近いよう…………。
その圧力に耐えているとキュピンと一つの考えが舞い降りてきた。
「あ、そうだ!もしよかったら3人で行こうよ!」
コレよ!こうすればきっとゆずちゃんも――――
「今日は先帰るもん!」
「ゆずちゃあぁぁん!」
背中を向けたゆずちゃんを後ろから抱きしめて必死に呼び止める。
ダメだった!
「なんて、冗談。今度ジュース奢ってよね?」
「ゆずちゃん……」
「じゃ、私帰るから!」
ゆずちゃんはそう言って駆け足で教室を出ていった。
「仲、良いのね。茜さんと」
「まぁ、ね。ゆずちゃんは色々と気にしてくれてるんだよね。私があれこれされてることとかさ」
「へぇ。幼馴染かしら?」
「うん!小学校からずっと一緒なんだ!この高校に入学できたのもゆずちゃんのおかげ!」
私が自慢げに真凛ちゃんに向かってピースしてみると優しく微笑んで首を傾げた。
「彼女、頭いいのね」
「うん!勉強だけじゃないよ!運動もなんでもできちゃうの!所謂天才ってやつ!」
「羨ましいわね。私もあとで勉強でも教えてもらおうかしら」
「お!いいねぇ!勉強会!」
そんな話をしていたら教室に誰もいなくなっていたので掃除を開始することにした。
◇
「ふぅ。こんなものかしら」
「うん。ごめんね。付き合わせちゃって」
「いえ、私がお願いしたのだからこれが当たり前だわ」
肩にかかった青髪を後ろに払いながら微笑む真凛ちゃんは可愛さよりもかっこよさが出ていて思わず口が開いてしまった。
おっと、危ない危ない。
間抜け顔を見せるわけにゃあいけない。
「さて、案内お願いできるかしら」
「うん。じゃ、行こっか」
とりあえず私は上の階から行くことにした。
◇
「えっとね、3階は3年生の教室ね。この階は特別教室とかはないから私たちには関係ないよ」
この学校は一棟しか無いため非常に単純な構造で特に迷ったりすることはない。
そんな事を話しながら4階へと到着した。
「4階はまぁ会議室とか生徒会室とか。文化部の教室とかもこの階だね」
「空き教室とかはあったりするのかしら?」
「あ〜どうだろう……多分あるんじゃないかなウチは文化部よりも運動部だし」
何か部でも作るつもりだろうか。
真凛ちゃん……部活……。
「もしかして、アイドル部でも作るの!?いや、レジェドル部?ん?リッ部?」
「何を上手いこと言ってるのかしら。リズムが良くてちょっと笑いそうになったわ」
真凛ちゃんが私のギャグで笑った!?
この笑顔が観れるのならば私は専属お笑い芸人でもなろうかしら?
「そういうわけじゃなくて、単純に練習場所が欲しいのよ。外で練習してるとほら、ギャラリーがね」
「おお!流石トップレジェドル!」
「私なんかまだまだよ。ランキングだってまだ1位をとったことがないもの。それに歌もダンスも表情だって……できてないことばっかだわ」
そういうものなのだろうか?
観てる側からしたらどれもが完璧なのに。
まぁ、確かにコメントではそういう意見もたまに見かけるけど……。
「でも、私は好きだよ?マリンちゃんが」
「え!?」
私の正直な気持ちを伝えると真凛ちゃんが気の抜けた声を上げた。
真凛ちゃんを見ると何やら下を俯きモジモジしてる。
普段絶対に見せないその仕草に耐えきれなくなり私は窓を開ける。
私も羞恥でどうにかなってしまいそうだったが続けた。
「マリンちゃんの動画を見るとね、胸の奥がごーって熱くなるの。なんていうんだろうなぁ……」
「もう限界?って聞かれて聞かれてる気がしてさ……すっごくキラキラしてるの!」
「それでね……私も、マリンちゃんみたくなりたい!って見るたびに思うんだ」
「私になりたい?」
「うん。そうだよ。マリンちゃんみたく強くなれたらなって。誰かを笑顔にできたらなって。そう、おもうんだ」
「けど、私はそんな良い人間じゃないわ」
「え?」
「本当はそんな良い人間なんかじゃない。私は貴方が考えてるよりも私は空っぽだわ」
「そんなこと」
「あるわ!私は……」
「まぁいいわ。この話はお終いよ」
「ちょ、真凛ちゃ」
「褒めてくれてありがとう。最後に空き教室を教えてくれるかしら?」
ありがとう。
前を歩く真凛ちゃんからはいつものような温かさは感じられず、最後に見せた青い大きな瞳は鋭くて、何よりも寂しそうだった。
◇
「えっと、ここが空き教室のはず……」
自分の記憶と照らし合わせながら私は教室の扉をスライドさせた。
あれ?この空き教室妙に綺麗だな……。
私に生じたモヤモヤに応えるかのように机の下から誰かがにゅっと顔を出した。
「え?加瀬、さん……」
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