第4話 偶然は嫌なことも呼んできやがる


「は?なんでゴミクズがここに居んだよ……お前、もしかしてドMなの?」

「罵られんのが気持ちいいんじゃね?」

「やっぱやべ―わ。コイツ」


 阿良さんが言葉を挟むと加瀬さんは、ははっと馬鹿にするかの如く笑った。


 どうしよう……何て言ったらいいんだろう……。


 また変にしてたら叩かれたり、ひどいことされちゃう……どうしよう、どうしよう…………。


「おいおい、まただんまりかよ……」


 加瀬さんがジリジリとこちらに寄ってくる。


「あ、っと、えっと………」


 言葉が出ててこない……けど、伝えなきゃ。


 やめてってはっきりと言わないと……真凜ちゃんが見てる……もうカッコ悪い所は見せたくない。


「喋らないならこうするしかないって昨日教えたよなぁ!」


 加瀬さんは強く床を蹴って私に急接近してくる。


 私が戸惑う姿を見て満足なのか加瀬さんの口角は上がっている。


 変わらず隅に居る阿良さんはスマホを私の方に向けている。多分動画を撮ってる。


 口から心臓が出そうだ。


 汗でべっとりとくっついたYシャツがまるで鎧のように重い。


 それでも、伝えなきゃ。


 口に出さなきゃ。


 形にしなきゃ、何も、何も変わらない。


 どんなに小さくてもいいから踏み出せ。


 他人には見えなくても、私にとっては大きな一歩だ。


 だから一歩だけ、踏み出せ――――


 勇気を精一杯振り絞って鋭く迫る加瀬さんを見据える。


 そのギラギラした眼光と目があって、息が詰まる。


 あ、やっぱ、無理かも――――


「あなた達、いい加減にしなさい!」


 私に詰め寄る加瀬さんの動きがピタッと止まった。


 後ろにいた真凜ちゃんが私と加瀬さんの間に入る。


「どうして直ぐに暴力に走ろうとするのかしら?」

「ちっ、またお前かよ。ウゼェな……」


 加瀬さんは心から嫌そうにため息を吐いた。


 真凜ちゃんはやったらやり返されることがわかっているからきっと加瀬さんは手を出さない。


 そう考えると言葉のぶつけ合いになるわけだが、真凜ちゃんの正論に加瀬さん達は勝てないだろう。


 そうなってくると加瀬さんからしたら真凜ちゃんは本当に嫌な相手だろう。


「おい、阿良」

「ウィ」


 加瀬さんは顎で合図すると、阿良さんは2人分の荷物を持って教室から出てった。


「聞いたぜ、お前。一丁前なのは見た目だけで、頭はこのゴミクズと一緒らしいじゃねぇか」

「ッ!?」」


 痛い所を突かれた、とでも言うように真凜ちゃんはサッと顔を伏せた。


「確かに、私は勉強は苦手よ。でもそこで明日野さんを出す必要はないでしょう?」

「はは、そういう顔もできんじゃん!いつものクールですって感じの顔が崩れたな!」

「それが、どうしたっていうの……!」


 真凜ちゃんは顔を上げ、キッと鋭い目つきで加瀬さんを睨んだ。


「おお、怖!とてもアイドルとは思えねぇな!」

「別に関係、ないでしょ……!」

「あ、れじぇどる?っていうんだっけ?まぁいいや」


 私がなんか言えれば……言い返せたら、こんなことにはならなかった……真凜ちゃんが傷つくことはなかった……。


「いいこと思いついた!お前、清楚で売り出してんだろ?」


 甲高い不愉快な声がより一層高くなる。


「お前のアカウント、荒らしてやるよ!コイツには男がいま〜すって書き込むわ。このれじぇどるは金さえ払えば誰でも好き勝手できま〜すって、はは。念願の初1位とれるんじゃね?」

「そんな、根も噂もないこと……」


 加瀬さんは格上を追い詰めるのが気持ちいのかまるで1人で踊っているかのように手振り身振り、興奮気味に語る。


 どうして、真凜ちゃんがこんな目に遭わないといけないんだろう?


 悪いのは私なのに……。


 弱くて、小さくて、情けない私のせいで……真凜ちゃんまで加瀬さんにこんなこと……。


 私のノートは真っ白でも、真凜ちゃんのノートは真っ黒なんだよ?


 真凜ちゃんは分からない問題でも諦めてないよ?


 間違ったって堂々としてるよ?


 そのことを、加瀬さんは知らない。


 違うクラスの加瀬さんが知ってるわけない。


 そんなくだらない噂話だけを間に受けて真凜ちゃんを罵倒するな。


 けど、私は知ってる。


 真凜ちゃんの横顔がいつも真剣な事を。


 面倒見がいいことを、守ってくれることを、いい匂いがすることを、優しいことを、真凜ちゃんが笑うと、心の内側からポカポカすることを私は知っている。


 じゃあ、知ってるやつが言わないで、誰が言うんだ?


 そんなの、他にいない。


 私が言わなくちゃ。


 今、ここで、バカにするなって。


 ずっと殻に閉じこもってた気持ちを言わなきゃ、ダメだろう!


「あ、コラ画像とかもいいかもな!っておいおい、下向くなよ。こんなに面白いんだからさ、お前も話聞けって」


 加瀬さんが真凜ちゃんのまるで天の川のように綺麗な髪に手を伸ばして掴んだ。


 もう、迷わない。

 

 躊躇らったりもしない。


 少しだけ、自虐気味に笑ってみる。


 だって、これ以上、堕落しようがないから!


「真凜ちゃんを、バカにするなぁぁぁ――!」


 喉が焼けそう。


 脳がガンガン揺れる。


 胸が苦しい。


 足が震える。


 でも、


 自然と気分は悪くない!


「は?何お前。ゴミクズには話してねぇよ。勝手盗み聞きしてんじゃねぇよ」


 これまでにないぐらいに鋭く睨みを効かせて近寄ってくる。


 いつもなら、ここで下がってた。


 でも、今日は。


 私は胸を張ってみる。


 多分胸なんか張っても小さいだろう。


 それでも、一歩前に足を出してみた。


「へぇ?上等だよ、ゴミクズ」

 

 お互いに近づいて行く。


 すると、加瀬さんのスマホが鳴った。


「ちっ、ここまでか。命拾いしたな、ゴミクズ。お前も、覚えとけよ?」


 私たちに一言ずつ言い残してその亜麻色を翻して去っていった。


 上履きのきゅっ、きゅっ、と擦れる音が遠のいていく。


「真凜ちゃん、大丈夫?」

「……」


 反応がない。


 それもそうだ。あんなの口論でも何でもないただの脅しだ。そこに正しさ何てものはなかったのだから。


「真凜ちゃん……」

「え……た……」

「え?」


 細々しく聞こえる声に耳を澄まして聞き取ろうとする。


「震えた!明日野さん!最高に震えたわ!」

「え、ちょ、真凜ちゃん!?」


 全然大丈夫だった!?


 今の真凜ちゃん、すっごい目がキラキラ光ってる。


 めちゃくちゃ興奮してるのがわかる。


「真凜ちゃん大丈夫なの!?」

「何がぁ?」


 いやいや、何って……あんなに酷いこと言われてたじゃんか……何でそんなひょうひょうとしてるのさ!?


「アカウントが何とか……」

「ああ、あれね。全然良いわ。やったらやったでその誤解を解けば良いだけ。痛くも痒くもないわ」

「へ―ソウデスカ……」


 痛くも痒くもないなら勇気を出す必要なかった!?


 ただ私が痛いだけだったんじゃ!?


 うわ、恥ずかし!!!


「でも、あのままだったら私、何したか自分でもわからなかったから明日野さんには感謝しかないわ」

「うぇ!?そう、かな……」


 そう言われるとやはり嬉しい。


 頬が緩むのを抑えきれなかった。


 って、いやいや、自分でも何したかわからなかったって何?怖すぎるよ……。


「ええ。ありがとね」


 少し怖そうに見えても、相変わらずありがとうと言う彼女の笑顔は輝いていた。


 

 他の空き教室もある為そこもまわった後、真凜ちゃんにジュースを奢ってもらって案内は終了となった。


 私は遠慮したんだけど真凜ちゃんがどうしてもって顎クイで迫ってきたので首を縦に振るしかなかった。


 顎クイされてさらにジュースまで奢って貰えるならいくらでも手伝おうと私は心に決めました。ご馳走様です。


「さて、飲み終わったし帰りましょうか」

「うん。ごめんね。奢って貰っちゃって」


 私が缶をBOXに入れながら言うと、真凜ちゃんと目があった。


 じとーっと見つめてくる。


 え、なになに!?なぜ急にジト目?


「ど、どうしたのかな?真凜ちゃん」

「別に……ちょっと気がついただけだわ……」

「な、何に……?」

「……やっぱ無意識……」


 えぇ!?私が何かしたのか!?全っ然わっかんない!


 じとーっと刺さる視線が凄く痛い。


 うう……不安だ……。


 でも、ジト目もやっぱイイね!


 画面ではやっぱ清楚クールって感じだからこうした一面はとても貴重だ。


 そう思ったらむしろ気持ちいいよね。ジト目!


誇らしげにえっへんと胸を張ってみると吹き出す声が隣から聞こえて、私は自分の前髪をペシャリと上から潰した。


「な、何よ〜、急に吹き出しちゃって……」

「いや、だって、明日野さんったら、睨まれてるのになんか偉そうだし……」

「いや、だって、気持ち、よかった、もん……」

「なんで変な所で区切るのかしら怪しく聞こえるからやめなさいというか気持ちいいってなによ」


 おおう、すっごい早口……息継ぎなしにスラスラ言えるのはやっぱり普段から発声練習を欠かさないからだろうか。


「ほら、バカなこと言ってないでさっさと帰りましょう」


 呆れ顔で、でもちょっとだけ嬉しそうに真凛ちゃんは私に笑った。


 真凜ちゃんが上履きを下駄箱にしまう。


 嬉しそうなのに行動はテキパキしてるため私も遅れを取らないように気持ち早めに上履きを脱いだ。


 なんだか最近、胸がちょっと軽い気がする。


 いやいや、物理的にではなくて……。


 真凜ちゃんといるとなんだから胸がスッとするというか、少しだけ強くなれるというか。


 なんていうんだろう……言葉にするのは中々難しいな。


 知らない自分が沢山見つかる……みたいな。


 自分の世界が広がるような気がするんだ。


 太陽が少しだけ明るく見える。


 みんなの視線が少しだけ柔らかく感じる。


 自分の弱さが少しだけ腹立たしくなってくる。


 他の人に言わせれば「何となく」で片付いてしまうありふれた小さな出来事。


 それはきっと歳を重ねればいつかは感じなくなっちゃうような少し透明なもので。


 けど私にとってすっごく大切なんだ。


 私が色づいていくみたいですっごくわくわくするんだ!


 だからね、私。


 考えないようにしていたことを、どうにもならないって思ってたことを、無駄だって思ってたことを少しだけ、頑張ってみようかな。


 上履きを手に取り、下駄箱に入れようとしたところで私は異変に気がついた。


「え……?」





 


 


 

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